(幕間) 九条 瑛汰の 宝石箱
変則的な 《男性目線》の お話で、今回は ツンデレ・瑛汰のお話です。
あれは、確か 自分が 五歳くらいの歳だったと思う。
親の会社で開かれた、退屈な パーティーで。
いつものように、ぶすっと ふてくされた顔をしながら、仕方なく 父に連れられて あいさつ回りをしていた。
愛相のいい 兄は、にこやかに、そつなく 挨拶を返す。
そんな 姿を見るだけで、自分は いっそう おもしろくなくなるのだ。
このくらいの 年齢になれば、周囲が ささやいている 《自分に対しての評価》の、 《意味》がわかってくる。
優秀な 兄・葵と、必ず 比べられて。
勝ち目なんて、あるわけがない。
今でこそ、兄は 自分の 《自慢》ではあるが、こうした 幼い頃というものは、劣等感を刺激する、厄介な相手…… という認識しか できないでいた。
三才になったばかりの 妹は、無邪気で 可愛い。
妹だけは、まだ 何も知らぬまま、《瑛ちゃん》と呼んで 後をくっついてくる。
母は、妹を産んで すぐに亡くなってしまったが、妹の 存在があるおかげで、寂しさは ずいぶんと 緩和されていた。
あぁ、早く 家に帰りたい。
そろそろ、妹が お昼寝から 起きる時間だ。
家政婦はいても、目覚めたときに 家族が誰もいないということは、思っている以上に 悲しいことだ。
オトナたちの 話など 聞き流しながら、不機嫌 丸出しで 会場を見渡していると―――。
視線の先に、一人の 女の子が 目に入る。
自分と 同じように、笑顔は無く、パーテイーに 飽きているのが 一目了然だった。
「…………」
視界が、開けたような 感覚。
ざわつく 周囲の音は、何も 聞こえなくなるほど、その 女の子に 釘づけになった。
「…… こら、瑛汰! ぼーっとしていないで、ご挨拶しなさい」
父に つつかれて、我に返ると。
その女の子の 父親が、挨拶をしに 近付いて来たのだ。
席を外していた兄は、いま この場にはいない。
息子として、それなりの 《挨拶》をしなければいけないのは、一応 わかってはいたのに。
言葉が、何も 出てこなかった。
無言のまま、目の前までやってきた 女の子の、顔を見るのが 精一杯で。
「すみません、月城さん。 コレは 二男なんですが…… どうやら、お嬢さんに見惚れてしまって、何も 言えないみたいです」
笑いながら、父が 横で言っている。
《見惚れている》という言葉に、恥ずかしさと わけのわからない 悔しさとがこみ上げて。
「ばっ…… そんなわけ、ないだろ! こんな ブス女なんか!」
気が付けば、そんな言葉が 自分の口から とび出ていたのだ。
※ ※ ※
二十七歳になった 今でも。
あのときの、女の子の顔が 忘れられない。
《ブス女》なんて、言うつもりはなかった。
そんなこと、自分の感情とは まったくの 反対であって。
それまで、妹 以外に 《可愛い》とは感じなかった、幼い 自分が。
他人に対して、初めて 可愛いと 思ってしまったのに。
女の子は、泣かなかった。
くしゃっと 表情を歪ませたが、泣かずに――― その場から、走り去ってしまった。
傷付けたと、理解した。
傷付けるつもりなんて、少しも なかったのに。
父が ひら謝りしている中、彼女の去った 方向を 茫然と見ていると。
何かが、床に 落ちていることに 気が付く。
ふらりと そばに行ってみれば、それは 小さな 花の形の イヤリングだった。
「これは……」
あの女の子が、つけていたものだ。 間違えない。
次に 会ったときに、必ず 返そう。
次に 会えたら、今度は 謝ろう。
ブスなんて、ひどいことを 言って、ごめんと。
本当は、今まで 見たこともないくらい、誰よりも 可愛いと。
そして、今度こそ。
あの子の、笑顔が 見てみたい。
きっと、笑ったら もっと 可愛いに決まっている。
大きな後悔と、淡い 期待とを 胸に秘め、持ち帰ったイヤリングは、母の形見という 《宝石箱》に 、大切にしまい込んだ。
※ ※ ※
あれから、ほどなくして。
彼女の 父親の会社が、倒産したことを 知った。
パーティーに 出席したのは、あのとき 一度きり。
二度と、彼女には 会えないまま、長い時間が 過ぎていき。
クリーム色の 子供用ドレスに、花の形の 小さなイヤリング。
自分と同じような 吊り目気味の瞳は、ネコのように 可愛いかった、あの女の子。
海外にも留学して、モデルとしても活躍して、様々な 美人たちを見てきても。
彼女のような 《ツンとした可愛さ》は、誰 ひとりとして いなかった。
「月城 レン ……」
先週のパーティーで出会った、 一人の女性。
当時の 面影を そのまま残した顔と、変わっていない 名前。
間違えなく、彼女は あの女の子なのだ。
そう 気が付いたのに、まだ 一度も、彼女とは まともに 話ができていない。
顔を見るだけで、まるで 当時の 幼い自分にタイムスリップしたかのように、上手く 言葉が出てこないのだ。
早く、謝りたい。 そう、思うのに。
今日だって、せっかく、雅からの 《いい提案》だったのだ。
服を選ぶ間、一時間も あったのに、ささいな会話しかできずに終ってしまうなんて。
――― 情けなさすぎる。
「次に、会ったときには……」
次こそは、彼女と ちゃんと 話をしよう。
昔のことなんて、覚えていなくても。
※ ※ ※
年季の入った 母の宝石箱には、今でも あのイヤリングが しまってある。
このことは、兄も知らない。
兄は、あの場には いなかったから、《そういうことが、あった》ということだけ、父から話に聞いているだけのはずだ。
数年ぶりに 開けたフタを、もう一度 ゆっくりと閉じて。
その日は、眠りにつくのだった。
瑛汰に関して、印象の薄い方は、ぜひ 第6話を読み返して見て下さいね。
挙動不審な 彼のことが、この話によって、少しだけ 見えてくると思います。
アリスの読者様、もう少し お待ち下さい。
新章の 書き出しで 苦しんでおりますが、始めさえ 突破すれば、また普段通り、続きが書けると思うので…。
この話は、本当に 不定期で 更新します。
たまには、ふらっと お立ち寄り下さいね。




