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スピンメモリーズ  作者: 陽向妃夏
第1章
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プロローグ

そう、これはこの世界に存在する、数ある始まりの物語のうちの一つ……。




――フレストの街・ストケシア商会本店受付――――




「やあやあ、ラークス様ではないですか!お久しゅうございますね、いらっしゃいませ! 毎度ごひいきにありがとうございます」


声高に明るい声で迎え入れるのは、この国の市場を牛耳るストケシア商会の支店長であるロナルドだ。

清らかで顧客への奉仕を一番に、という彼らの大義名分は誰もが耳にするだろうが、それだけではここまで大きなものは築けなかっただろう。

まずは交渉がしやすい様に笑顔で元気良く、人を信用させるところから入る。さすがここまでのものを一代で築き上げるだけあって、見習いからなにからなにまであざとい。


「む……ロナルド殿か。悪いが今日は商談の命を受けてきたわけでも何か買うわけでもないのだ」


悪いな、と苦笑しつつラークスが謝る。

だがロナルドの方も、もちろんそれだけではないのでしょう?とわかったかのような笑みで相槌を打つ。


「ロナルド殿、忙しい所にすまぬが“三時のマフィン”を……頼むとさせていただく」


「ほぉ……では“三時のマフィン”ですね。承りました、では後々」


二人共、顔を合わせて二言、三言。三時のマフィンという単語だけを残すと、ラークスはその場をゆっくりと去っていく。


ラークスは店の外へと出る頃には少しずつこみ上げてくるくつくつとした笑いが止まらなくなっていた。

普段の剣を携えた壮健たるこの姿は屈強な騎士に見えたであろうが、現在の彼を傍から見たものは、頭のいかれた狂人に見えたに違いない。

彼にとって、旧友との再開とはそのくらい愉快で素晴らしいものであった。



――街のはずれ・ふたりだけの思い出の草原――――




丑三つ時。日が暮れひんやりとした芝は、昼間の暖かなソレとは違った方向で心地良い。空に浮かぶ月は傾き、もう少しで明け方である。

”三時のマフィン“とはそんな夜更けにこの場所へと二人だけで集合することだった。

周りの他の人間に一切悟られたくない、二人だけの秘密があるときは昔からいつもこの暗号を使っていた。

親にも内緒で……と言っても孤児の二人は、行方不明未遂で良く親代わりのテレサおばさんに心配をかけて育った中でもあった。


「よお……ラークスの旦那」


ゆっくりと歩いて来ながらもロナルドにはその出立ちで簡単にわかった。騎士の日々の鍛練でとことん絞られたのであろう筋肉質な身体なのもそうだが、騎士団一と言われるその身長の高さであった。およそ7フィートはあろうか……?

こんな屈強でいかにもな騎士は、いまやこの国でもラークス一人しかいまい。


ただ唯一気になるのは、大切そうに抱えたカゴのようなものだ。丁寧に布でくるまれていて、中身まではわからない。


「うむ。ロナルド、久しぶりだな?今回の戦争の煽りを受けて不況だとか聞いていたが、まだ無事に商人をやっていたのだな」


「へへ、久しぶりもなにもかれこれ三年ぶりだよ馬鹿野郎!本当、お前生きてたのかよ?今度こそやばかったって聞いて心配してたのによ!」


互いに違いないと笑い合う。二人共、いつも通りのこの瞬間が好きだった。

一通り馬鹿話を終え、笑い終えるとそれで……とロナルドが先手を打つ。


「まさかとは思うがこれだけじゃないんだろ?なにか本当に面白い土産があるんじゃねえのか?」


お見通しだ、と言わんばかりにニヤリと笑いかける。


「まあ……そうなのだが。他言しないと約束できるか?」


ラークスがぽりぽりと頬をかき、目を逸らす。昔から困ったときなどはこの癖が出るのはまったく変わっちゃいない。


「なんだよ?勿体ぶってないで教えろい!」

「う……む……それ、ならば……この中を見てくれ」


先程のカゴだ。

気になって仕方のないロナルドは遠慮などなしに布をめくり上げる……が、あまりの結果に商人である彼も唖然とした表情に打って変わる。


「なんだよ、これ……?」


「うむ。可愛いであろう?」


完全にくるんでいた布をとっぱらう。

そこにはまだ一つにも満たないであろう赤子が入れられていた。


「お、おいおいおい。ラークス、まさかとは思うがお前の子じゃねえだろうな!?」


「あ、当たり前だ!俺がそんなことにうつつを抜かす時間なんてない」


「だよな?女嫌いのお前にそんな度胸が……それじゃあ一体誰の子なんだ?」


なんの冗談だ、と顔を青ざめさせるがそんなことお構いなしにラークスが続ける。


「悪魔と人との……合の子らしい。今回の国土全域に及ぶ、一斉悪魔祓いの際に孤立していた一匹の下級悪魔と思われる個体が、一人の人間女性を身ごもらせた……らしいのだ」


ラークスが言い終わると優しさの溢れる穏やかな笑みを浮かべながら赤子の頬を一撫でする。


「らしいのだ、じゃなくてな!?普通、そういうのっていくら人の形を取っていても殺さなきゃないんじゃ……」


「可愛いのだ。お前の言う通り、俺に託された。だが……俺には出来ない」


自らの赤子を優しく見守る父の様にゆっくりと続ける。

確かにこの子は愛しく弱々しい……その様子は、眺めているロナルドまでもが顔を緩ませてしまいそうな程度の威力があった。


「だ、だけどよ!いつか……もしものことがあったら……?」


「その時はその時だ。もしそうなったならばこの俺自ら剣を取る……そのくらいの覚悟はできてる」


これほどまでのラークスの真剣な眼差しを見たのはどれくらいぶりだろう。ふと、そう思った。

彼ならずっと育てるだろう。男に二言はないから。困ったことがあれば支え、間違った道に外れれば良い教えを説くだろう。

ただ、このような神に背く行為をして、なにか罰が当たらなければいいのだが。


「はあ……負けたよ……わかった、困った時はお互い様だ。精一杯サポートさせてもらうぜ、親友!」


「ロナルド……ありがとう、助かる」


何故かお互いに感極まって抱きしめ合う。ラークスに至っては、子供のように鼻水をすすりながら涙を溢れさせているが、大の男のこういう姿は中々に滑稽だったのではないだろうか。


「おいおい……ったくよ。そんで名前は決まってんのか?この子の」


「っ……あ、ああ。決めてある」


涙を拭い、良い名があると微笑みかける。



「この子の名前は……」

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