三題噺 お題「パイロット・PC・南の島」
南の島の小さな航空会社のたったひとりのパイロット。それが俺の仕事だ。
この会社は島の上空を旋回しながら風景を見せるというツアーしか取り扱っていない。飛行機もセスナが二機あるだけだ。
島への観光客は決して多くはない。しかし、そのうちの半数がうちのツアーを利用する。繁盛していないと言ったら贅沢だ。
社員は社長と俺の二人だけ。そのせいか、事務仕事まで俺の仕事だ。必然的に予約の管理も俺の仕事。予約はインターネット上のサイトからしか受けていないが、その日は奇妙な電話が来た。
『すみません。ツアーの予約がしたいのですが』
ツアーの予約確認の電話はよくあるが、直接の電話は珍しい。受話器の向こうの声は女性のものだった。
サイトからしか予約を受けていない旨を伝えると、こう返ってきた。
『あ、え、そうなんですか!すみません』
せっかく電話してくれたのだから、こちらで予約を入れると言うと申し訳なさそうだった。
『あ、ありがとうございます!でも、その……私一人だけなんです』
そう、予約は二人以上からしか受けていない。だが同じ日に他のお客が予約を入れていれば、一人でも予約ができる。今のところ、指定された日にちに予約は入っていない。
予約の締め切りは一週間前までだから、その日になったら折り返し、メールか電話をすると伝えてその日は電話を切った。
予約の日の一週間前。彼女以外の予約はなかった。
時計を見ると、もう八時を回っている。外は真っ暗だ。
PCのメールを立ち上げ、予約のキャンセルを伝えるメールを打ち込んでいく。五分ほどで終え、文面を二度読み返してから送信ボタンを押す。
せっかくの予約をキャンセルするのは心苦しいが、取り決めなのだから仕方がない。俺は一人でもいいと思うのだが。
PCの電源を切っていると、電話が鳴った。受話器を取ると、あの女性だった。
『あ、あの!ルールだって分かっているんですけど、どうしても一人じゃダメなんですか?』
いきなりこんなことを言われ、一瞬固まったが、意識を電話に戻し女性に少し待っていて欲しいと伝える。
電話を保留にし、自分の携帯を取り出して社長に電話する。事情を話すと、「ああ、いいんじゃないか?」と承諾してくれた。
携帯を切り、電話に戻る。女性に、今回は特別です、と伝えると嬉しそうな返事が返ってきた。
『ありがとうございます!楽しみにしてます!』
電話を切ると、フッと笑みがこぼれた。
俺は薄々気付いていたのかもしれない。
予約の当日。発着場に現れた女性は俺の知っている人物だった。大学時代の彼女だ。
服装は、薄手のシャツにホットパンツという、ラフな目の向けどころに困るものだった。
彼女を普段は客を乗せないパイロットのとなりの席に座らせる。一応周りのものに触れないように注意をしておく。
飛行中は騒音のせいで、アナウンスでないと声を届けられない。彼女にもインカムを渡し、付けさせる。これで、無線で喋ることができる。
機体を上昇させる。いつもの高度まで昇って行き、旋回を始める。まずは解説なしで風景を楽しんでもらう。
『今日はありがとう』
と、彼女が切り出した。
『別れようって言ったのは私の方からだったけど、本当はちょっぴり後悔してたの』
どういう訳か聞かされていなかったが、別れは突然で、別れ以降一度も構内で彼女を見ることはなかった。
深入りするのを躊躇い、黙っておく。
『今日はあなたの誕生日でしょう?だから、お祝いしたいと思ったの。でも、いきなり行っても迷惑だと思ったから……』
ツッコミ待ちなのか?俺の誕生日は一ヶ月後。合っているのは日付だけだ。
まあいい、そのことは置いておこう。それよりも、なぜ俺の職場が知っているのかが分からない。そのことを問う。
『あれ、知らなかったの?あなたの航空会社の社長は私のお父さんだよ』
呆然とした。本当に知らなかったのだ。
『お母さんが亡くなって、大学をやめて就職したんだけど、なかなかこっちに帰って来られなくて。お父さんから新入社員の名前を聞いてびっくりしたの。それで、卑怯だと思ったけど、あんなことしたの』
そうだったのか。まあ、悪い気分はしない。
『もし、もしもだよ?あなたがいいと言ってくれるなら、私はあなたともう一度ちゃんと付き合いたいと思ってるの』
それに対してなんと答えたのかは、覚えていない。
それから解説のために二周、おまけに一周島の上空を旋回して、地上に戻った。
機体から降りると社長が倉庫の前で仁王立ちしていた。
「そうか、君は私の娘に手を出していたのか」
無線が本社に飛んでいることをすっかり忘れていた。
「だが、君になら任せてもいいと思えるよ。娘をよろしく頼む」
唐突過ぎて頭がこの出来事を認識できていない。唯一認識できたのは、俺の右手を握る彼女の少し熱い体温だけだった。
いろいろ反省中です(鳴森が)。