ここやばいってェーッ!
ガルクスさんと一緒に帰宅すると、遅い昼食をとる。すっかり冷めてしまっていたが、お腹が空いていたので美味しく感じられた。
「なあ、あそこではああ言って取り繕ったが、実際のところどうやって倒したんだ?」
食事を終えてくつろいでいると、唐突にガルクスさんに聞かれた。なかなか核心を突いてくる。
「自分でもよくわからないんです。……そうですね、ガルクスさんにはお世話になっているので正直に話します。実は、ベルマーに跳びかかられてもうダメかと思っ時、周囲に翠色の粒が集まってきたんです。それが胸元に吸い込まれた直後、ベルマーはああなっていました」
これ以外は俺も本当にわからない。あれが魔法だったかということは、所詮、俺の推測なので黙っておく。
「翠の粒だと? なるほどな……。そりゃ、おそらく魔法だろうな。俺も土の魔法を使って石を積み上げる時、身体から染み出てくる。俺のは土の魔法だから灰色っぽいが、翠は風だな」
ああ、やはり、あれが魔法だったのか。
でも待てよ。魔法に色もクソもあるのか?
「魔法に色なんてあるんですか?」
「ああ。さっきも言った通り土は灰、風は翠、水は青で火は深紅色だ。もちろん個人差も結構あるがな。とすると紅は風の魔法を使えるのか。あれ、でも詠唱する暇も余裕も無かったはずだよな?」
詠唱だって? ゲームにあるみたいに魔法を発現させる一種の言霊のようなものだろうか。
「僕は魔法についてガルクスさんに聞いたことしか知らないんですが、おそらく詠唱のようなことはしてませんね。というよりできなかったです」
「だよな、ハンターでもあるまいし、すばしこいあいつを前に詠唱はほぼ不可能だ。となるとすごいな。詠唱無しであいつを殺ったのか?」
「あの場にガルクスさんと僕しかいなかったので、僕がやったんだと思います。でも全くそんな自覚ないですよ」
かすかに粒々が集まってくるときに高揚感のようなものはあった気がするが、問題の場面は目を瞑っててわからなかった。でもおそらく、その時何かがあった、いや何かをしたんだろう。
「詠唱無しで魔法を使うってのはすごく難しいことなんだ。俺みたいに生活にかかわる地味な魔法はそんなに難しくないし、当然かなり繰り返すから感覚を掴んで詠唱無しでもできるようになるんだな。でも紅の場合はそうじゃあない。あんな威力の魔法をしかもぶっつけ本番に詠唱無しでできるなんぞ、それこそ達人技だ。ひょっとして才能あるんじゃないか? 魔法の」
「そんな事情があるんですか。魔法の知識が乏しいのでいまいち分かりませんね。でも、魔法の才能が無いわけではなくてよかったです」
ギルドにも魔法のことが知りたくて出向いたんだもんな。絡まれただけで聞くの忘れてたけど。少々不謹慎だが、ガルクスさんの言う事を改めて考えると少しワクワクしてきた。
「ははははっ! ベルマーなんかに襲われて色々心配だったが、案外お前は前向きだな! おおそうだ。畑仕事は午前中だし、午後は魔法の練習でもしたらどうだ? 案外いけるかもしれんぞ」
「それはいいですね!! あ、魔法ですけど風の魔法ですよね?」
「そうだな。人間は一系統の魔法しか使えないからな。あのとき風の魔法を使ったとすると、それがいい。たまに見せてくれよ、練習の成果ってやつをさ!」
「はい!」
今日はまだ昼過ぎなので、早速やってみようか。
***
自分の家で寝っ転がって少し休憩したあと、こんな天気のいい日に部屋の中にいるのも癪なので、ぶらぶらと外を散歩することにした。腹もこなれるだろう。
すぐ川についた。ベルマーに襲われたのはもう少し下流側なので、一応キョロキョロと辺りを見回してからどっかりと腰を下ろす。
「さてと。風の魔法っていってもどうやればできるんだろ。あの時は偶然だったもんな」
そう独り言をつぶやき、色々と考えを巡らす。
(偶然か……。たしかに偶然だったよな。待てよ、偶然を引き起こしたのってやっぱりあんなことになったからだよな。とすると差し迫った状況になればいいのか。でもそれは無理だし、んなことしたくない)
魔法に命までかけてられるか。それじゃあ詠唱とやらか。詠唱の内容だけガルクスさんに聞けばもしかしてオッケーとか?
落ち着いて考えてみると、そんなはずないことが分かる。そんなに簡単なら村の人たちがそこらじゅうで使ってるだろう。ベルマーに怯えたりもしない。世の中そんなに甘くないはずだ。
(これじゃあ埒があかないな)
早く魔法を自在に使って空中散歩でもかましたいところだが、気持ちだけが前に行ってしまって八方塞だ。さあどうしよう。
行き詰って足元に転がっている小石を拾い、川にひょいと投げ入れる。小石は水面をぴょんぴょん器用に渡っていく。俺もあんな風に川を渡ってみたいと思った。
「そうだ」
閃いた。今、小悪党が何か企んでいるような悪い顔をしているに違いない。思わず二ヤつく。
(川に飛び込んでみれば差し迫った状況の出来上がりじゃないか!!)
そう、俺は正真正銘のアホだった。しかし、歴史上の名だたる天才だって誰もが、バカバカしいと思って忠告をされても、実行に移してきたではないか。もっとも俺は天才などではなく、大人げないただのアホである。
とは言うものの、水深は結構深いので、何度もフォームだけ勇ましい助走を行った。
いや、水に飛び込むのって結構怖いんだぜ!
「3、2、1、ッシャアアアアアアアアア!!!!!!」
意気込みよろしくダンっと跳び込むと、そこの水面は深い紺色だった。よりにもよって、一番深いところに跳び込んでしまったようだ。
「ここやばいってェーッ!」
あ、今こだました。聞こえました?
***
彼、望月紅は、川底に立っていた。川底である。
「あれ?」
実に緑が綺麗だが、自分の立ち位置を把握すると、間抜けな声が飛び出す。
その瞬間、モーゼの十戒の如く高く両岸に俺を避けていた水の壁が、怒涛の勢いで襲ってきた。
「ふぃっじょ2@:ifwifびゅぷっ」
俺は水の中でもみくちゃにされて、村中に流れる川の晒し者になった。
「ママー、何あれぇ?」
「見ちゃダメ、ほら」
「おい、どざえもんが流れてるぞ!!!」
「あ? ……マジかよッ!!」
10分程優雅な川の旅を堪能した俺は、無事に村人に救助されたのだった。
「おい、大丈夫か!!? 意識はあるか!? おいッ!!」
「あ……だ、だいじょブです。びゅるっ!」
口から小魚が元気に飛び出した。
たまに見かけた子達かな。住みかを荒らしてしまってごめんなさい。
「はあ、よかった……。どざえもんかと思ったぞ。どっから流れてきたんだ?」
「えっと、ガルクスさんの家の近くです。その、勢い余って落ちてしまったというか……」
もちろん、川を魔法の靴で駆けてみたくて跳びこみましたとは言えない。
「ひえー、ガルクスのとこから流されてきたのか。でも無事でよかったな。水深はそんなに深くはないが、水の中は意外と流れが速いんだぜ。今度は気をつけろよ!」
ありがたいお言葉をいただく。身体を拭く布もいただくと、俺はとぼとぼと水の滴る体を引きずって家を目指したのだった。