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異世界情調紀行<凍結>  作者:
風の国編-はじまりの村
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1日の終わり

 元来た道を引き返して歩いて行く。歩いている最中というのは不思議なもので、色々と思案がはかどる。時折すれ違う村人達に挨拶をする以外は、注意は自分の頭の中にあった。


(あの時、掃除をしている時に何があったんだ? そもそもあの渦巻きは何だったんだ? 異世界に来てしまったのはほぼ間違いないとして、帰れるのか? どうやって。そうだ、またあの渦巻きに触れればいいのか。どこにあるんだろ。あ、森のあの場所か! でも待てよ。あの場にガルクスさんもいたけど、渦巻きみたいなの があったら普通気づくよなあ。でもそんなことなかった。じゃあどうやって……)

 

 思案に暮れるうちにガルクスさんの家が見えた。そこで、考えるのを中断する。明日にでも、畑仕事を手伝ったあと、ガルクスさんに頼み込んで連れて行ってもらうのも手だ。


 それからまた色々考えよう。

 

*** 


 家に着くと、ガルクスさんはどうやら不在のようだった。


 これといってすることがないので、ノビルモドキの草むらに繰り出して、この世界にもバッタがいないか物色する。


「お、いたいた!」

 

 ぴょんっと、緑色の小さなバッタが足元から飛び出した。


 腕を素早くふるって捕まえると、どうやら、おんぶバッタのようだ。勢いよく捕まえたので、尻からドス黒い液体が出てきた。


 なるほど、この世界にもバッタはいるらしい。


「ははんっ、いいこと思いついた!」


 俺はニヤついて一人ごちると、バッタを片手に軽快に川へと向かう。何をしようかはお分かりだろう。

 

 川についた。相変わらずこの辺りは空気が澄んでいて気持ちがいい。


 獲物を持った腕を前に勢い良く振るうと、オンブバッタは力無く水面に投げ出される。多少良心の呵責はあったが、好奇心の方が優った。前はおそらくこんなことはできなかったとも思う。


 投げ出されたバッタは、一瞬、その背景の緑と重なって見えなくなったが、すぐに水面へと着陸した。結構深いところに落ちたようだ。静かなその水面には、波紋が広がっていく。見た目以上に流れは緩慢なようだ。


 波紋がこちら岸に押し寄せる直前、それは、姿を現した。


 どぼんッ。


 瞬く間にバッタは魚の中に吸い込まれた。一連の流れで、穏やかだった水面はたちまち躍動する。


「おぉ!! ガルクスさんの言った通りだ! 今の25cmはあった! なんていう魚だろう、あんなにデカイのがいるのか。あー釣りたいな~」


 おそらくあの魚体から察するに、マスの一種だろう。一瞬だが、綺麗な斑点が見えた。こんなのが家の周りを流れる川にいるとわかると、途端に心が踊ってくる。


 そうしていると、自分の珍妙な身の上をしばらく忘れることができたのだった。

 

***


 2時間ほど自然に親しんでいたところ、ガルクスさんが用事から帰ってきたようだ。右手に何か持っている。ビク? だろうか。


「おう、戻ったぞ。ほれ!」


 得意げにそう言うと、ガルクスさんは右手を掲げる。


「なんですか、それ? ビクですよね。魚ですか?」

「ああそうだ。村の奴にお前のことを紹介がてら、例のイノシシの魔物を片付けたことを報告したんだがな。そしたらこれよ。俺はギルドからもう十分に報酬を貰ってるからって言ったんだが、どうしてもって言うんでな」


 あの件でか。あんなのが村の近くにいたらおっかないもんな。


 ビクの中身が気になりかけ寄る。


「うわッ、すごいですね! これってマスですよね? まさかあの川で獲れたんですか?」


 30cmくらいの立派なマスだった。若干太っていて銀色が鮮やかだが、例えるならイワナに近い。


「そうだと言ってたぞ。それでもこのくらいの大きさのものは滅多に獲れないんだけどな。ちょうどいい、今晩はこれにするか」


 是非食べてみたい。ニジマスなら結構食べたことはあるが、イワナは1度しかない。


 身が繊細で美味しいんだよな……。


「はい! すごく楽しみです!」


 どうやって食べるのかは後のお楽しみにしておこう。


「あ、そうだそうだ。まだ日は落ちないが、荷物持ち込むのそろそろ始めるか?」

「あ、はい! 何からお手伝いすればいいでしょうか?」

「そうだな。じゃあまずは布団から運ぶか。食事は俺のとこで取ればいいし、他は必要になったらでいいしな。ああ、あと服入れるタンスも必要か。ちょっと小さいけどいいよな」


 確かにそうだ。服はこの上下のジャージと下着しかない。着替えとかどうすればいいのだろう。それは自分で考えなくてはならない。


「よしじゃあ、早めと始めるか」

「はい!」

 

***


 20分もすれば一通り必要なものは運び終えてしまった。布団はガルクスさんが旅をしているときに携帯していたものらしいが、十分しっかりしている。野宿に比べれば天国である。


「ふぅこんなもんか。あと何か必要なものが出来たら言えよ」

「はい、ありがとうございました!」


 ガルクスさんにはお世話になりっぱなしだ。疲れたが、それでもガルクスさんのおかげで負担は格段に少なかった。


 ガルクスさんは額に浮かべた汗を振り払ながら言う。


「さーて、もう少ししたら夕食にするか。何かはお楽しみだ。今日は俺一人でやるが、できたら明日から紅も手伝ってくれ」

「わかりました」


 正直一人暮らしも2カ月くらいしかしてなかったから、料理の腕前なんて電子レンジでチンに毛が生えたくらいだ。でも、ぶつ切り担当くらいはこなせるだろう。できることをやればいい。

 

 お言葉に甘え料理をガルクスさんに任せると、またもや手持無沙汰になってしまった。マスの餌付けにも今日は飽きてしまったし、夕食まで何をしていようか。


 そんなことを考えながら、早速整った我が家で寝転がっていると、こうしているのもいいなあと思えてくる。


 開け放った窓から少し涼しくなった風が頬を撫でる。


 そうしていると、ボーッとこれからのことが頭によぎるが、風に身を任せると、不思議とそんな考えもどこかにいってしまったのだった。


*** 


「おーい、できたぞ」


 ガルクスさんがドアを豪快にノックにして俺を呼ぶ。風に当たりながら、何をするのではなく横になっているのはとても気持ちがいいので、もう夕食の時間になってしまったようだ。


「はい、すぐ行きます!」


 ぴょんと立ち上がると、そそくさにガルクスさんの方へ向かう。ガルクスさんの家の前に着いたときにとてもいい匂いがした。

 

 早速お邪魔させてもらうと、右奥のテーブルに料理が並べられていた。


 用意された丸椅子に座ると、このテーブルが上等なものだと触って分かった。台風の目のような木目が3個浮き出ており、桐材を想わせる。なんとも素敵だ。


「午前中に家の脇で摘んできたミョウガと、さっきのマスしかほとんど使ってないけどな。いつもはその辺で食ってくるからこんなものしかできなくて悪いな」


 ガルクスさんの言葉に、さっそく俺は手を擦り合わせ、テーブルの上を見る。


 本日の夕食は3品である。マスのムニエルとマスと野菜のサラダ、それにミョウガの味噌汁である。


 大豆畑があったから、味噌も作れるのだろうか。


「ご馳走じゃないですか! 昼はお肉でしたから、魚だとばっちりですよね。いただいていいですか?」

「ああ、いいぞ。それじゃあいただこう」


 いただきますはさすがにしないようだったが、俺は静かに手を合わせてから食べ始める。


 まずはメインディッシュのムニエルから。


 あれ、かなりいける。


 イワナの身は脆くて崩れてしまうのではないかと思ったが、絶秒な焼き加減だ。フワッとハーブのようなおしゃれな香りも感じられた。


 次は汁物。ミョウガなんて久しぶりだ。


 昔婆ちゃんが庭で取ったとかでよく持ってきてくれたが、味噌汁に合うんだよな。若干ピリッとするが、すごくサッパリしていた。婆ちゃん生きてるかな。


 サラダもマスがほんのり炙ってあって箸がすすんだ。


「すごく、美味しかったです。ガルクスさんって料理上手なんですね。大満足でした」


 俺の食欲は極めて旺盛で、あっという間にお腹に収まってしまった。


「はは、そりゃ作ってよかった。そんなに喜んでくれるなら、ちょくちょく家でこうやって食うか」


 そういえばガルクスさん一人の時は、外で簡単に済ませてくるって言ってたっけ。


 気を使わせてしまって申し訳なくはあるが、自然の恵みは非常に魅力的である。


「はい! 今度は僕にも手伝わせてくださいね。あ、雑用しかできないかもですが。それじゃあガルクスさんも食べ終わったことですし、あとは僕がやりますね」

「おお、ありがたい。頼んだ」


 料理場に行くと、大きい樽に水がためられていたので、桶ですくって2人分の皿を洗った。これぐらいはやらないと。

 

***


 皿洗いを終えるとガルクスさんは眠そうにしていた。


 お前も今日は早めに休めと言われたので、その言葉にしたがって我が家に戻った。


 すっかり日が落ちている。月明かりを頼りにろうそくに火を灯す。炎が夜風に揺られてゆらゆらと踊っている。


(今日は色々あったな……。あの押し入れ事件から半日ちょっとしか経ってないだもんな。ホントに色々あって長い1日だった。これからどうなるのかな。まあ明日になってみればわかるか……)

 

 布団に入ってろうそくの灯を消す。じきに煙がくすぶり、月明かりを鈍く覆った。


 これから本当にどうなるか分からない。だが、こうしてひっそりと夜の闇に溶け込んでいると、不思議と、心細くなるのではなく、落ち着いてくる。


 そして、何度か寝がえりを打ったのを記憶の最後に、その日は深い眠りについた。

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