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異世界情調紀行<凍結>  作者:
風の国編-風の街シュルツ
46/46

楽しかった採集依頼――あわや穴ぼこだらけ

「今のうち、あげて、あげて!!」

「はい! んがああああああああ」


 爆釣だった。


 釣り始めるまでは少し掛かったが、フィルドが立派なレイクミールを釣り上げたあとからは、投げて少しもすればもう釣れるという有り様だった。


「おいおい、最初のよりデカいんじゃないか?!! 下手したら引きずり込まれるぞ!!」


 必死に格闘するディオン君。俺は慣れぬディオン君にその都度指示をとばすが、いかんせん刻一刻と戦況は移り変わる。残り糸が少なくなってくると、興奮した様子でゼラスさんも檄を飛ばす。


 しかし、このままではまずい。残り糸は3mくらいを切った。じきにそれも湖の底に引きずり込まれるだろう。だが始まって以来の大物。凄まじい両者の攻防を見たところ、60cmはゆうに超えていると感じる。惜しい。逃げられてしまうのは、あまりにも惜しい。


「ディオン君!! なんか役立つ魔法無いの?!」

「ない、ですよ! そんなの!」


 ディオン君は息も絶え絶えで答える。


 やはりダメか。魔法は対魔物の戦闘に特化したものが多いのだ。ダメもとで魔法で策を講じようとしたが、それも叶わないようだ。


 そうしている間にも、糸はどんどん持っていかれる。残り約1m。あと10数秒もすれば二度と獲物の顔を拝むことはできないだろう。


 何かないか。どうしたらいいか。


 ハイテクな機械などは無い。既存の魔法をそのまま使っても無理だ。


 何か、何か……。


(あ、これ、なら!!!)


「ディオン君、この短剣片手で握ってみて!」


 その言葉に、ディオンはもちろん、フィルドやシルフィ、そしてゼラスさんまでもがポカンとする。


 気が狂ったわけではない。クィルンの一件で、この短剣を握ると魔力が高まるような感覚があったのだ。もちろん、魔力の正体は素子だろうが、それがあの危機の一瞬で爆発的に集まってきたのだ。


「それを持って、湖に向けて全力で冷気魔法を放つんだ! さ、早く! 逃げられちゃう」


 俺の焦燥にディオン君は一瞬戸惑ったが、すがるようにしてすぐに短剣を受け取った。そして、残り糸があと僅かになったとほぼ同時、糸を一瞬放り、余った手で湖面に手を浸して叫んだ。


〈われらの水の神よ! 汝のお力で刹那凍てつかせ賜え!! アクアコールド〉


 瞬間、青白い神の光が、ディオン君の掌からほとばしる。やがて、すぐに白いモヤが湖面から立ち上り、さらに船上の俺達の体温を急激に奪っていく。それは数秒の間だったが、辺りの寒冷さにディオン君はものともせず、再び釣り糸を手に取り巻き取りだす。


(すごい……)


 予想通り、俺の短剣は魔力を増幅させた。いや、し過ぎた。


 辺りから吸い寄られる暖かい空気が、今となっては心地が良い。舟上の有り様はカオスだ。白い濃密なモヤがより広範囲に及び、すっぽり俺たち互いの顔を覆っている。


 ようやく元の温度に戻ったかという時、ディオン君が雄叫びをあげた。


「網、お願いします!!」


 そして、すかさずゼラスさんは、湖面に大きな網を掬い入れたのだった。


***


 釣り上げた魚――巨大レイクミール。舟の甲板に上がっても尚、激しくその身をのたうち回らせる巨体は、ゆうに60cmは超えていると見える。


 大人しくなった隙に俺が覗きこんだところ、なんと自分の肩幅二つ分あった。下手したら80cmに達しているのではないか。


「やったわね、ディオン!」


 フィルドはディオン君の頭を荒く撫でつける。シルフィも興奮し、満面の笑みでしきりに頷いている。


 ゼラスさんも混じり、ひとしきりディオン君の健闘をたたえ後、ディオン君はふと思い出したような顔をした。


「それにしても、その短剣、魔剣なんですか?」


 ディオン君は甲板にほったらかしたままの得物を指さす。


 ディオン君が発した冷気魔法〈アクアコールド〉。それは水の初級の攻撃魔法に位置し、本来ならば至近範囲の敵の行動を鈍くする程度のものなのだ。それが、湖の水をつたい、遠く離れたレイクミールの行動をほとんど封じたというのだから、短剣の威力はすさまじいものである。


「魔剣? かどうかは分からないけど、かなりの業物みたいだよ。これのおかげでクィルンの一件で命を救われたようなものだし」


 この短剣はいつかのアケト村の露店で買った(・・・)ものだ。曰くつきの代物らしく、頭の禿げた店主は、半ば強引に俺に押しつけてきたのだった。くすんだ鶯色のグリップに、すらっと伸びた幅広の刀身。全身は50cmほど。様々な意匠が全体でうまく調和し、最後にはやはり、恐ろしいほど研ぎ澄まされている刀身に目が行き着く。


「おそらくそういう物の類だろう。それで魔法の威力が増幅されたと考えられる」


 とシルフィ。


「でもそういうのって、大体使用者を選ぶんでしょ? そんな強力な代物なら、ディオンよく無事ね」

「たしかに……」


 ディオン君は興奮が冷め終わり、改めて短剣の方に見入っている。


「物騒な代物だな、ちゃんと仕舞っておけよ」


 すっかり蚊帳の外に追いやられたゼラスさんが口を開く。


「で、これからどうするよ。大漁だぜ」


 興奮が未だ冷めきらない様子のゼラスさんの視線の先には、生け簀の中で泳ぎ回る何匹もの黒い影があった。「超」が付く程の大漁である。ゼラスさんの話によると、全て立派なレイクミールだそうだ。大きさは30~80と様々だが、綺麗な虹の体表は皆お揃いだ。


 太陽は大分傾き始めている。もう良い頃合いだろう。


 俺たちは思い思いに仕掛けを巻き取ると、湖の恵みに感謝してから、ゆっくりと湖畔のたもとへ戻っていった。


***


『今日はありがとうございました』


 俺たちは、舟に乗せてくれた親切な漁師に礼を言う。舟上で釣ること数時間。その間、ゼラスさんは、航行に慣れない俺達をせっせとサポートしてくれたのだ。


 俺も楽しかった、とゼラスさんはすこし哀愁を漂わせながら言った。


「これ貰ってください。依頼には十分ですから」

「そうね、私たちだけでは食べきれないわ」


 フィルドと共に、俺達は手に持ったビクの中から、おかげ様でまだ元気なレイクミールを一匹ずつ差し出す。今日のせめてでものお礼の気持ちだ。それを見るキューは、手に掴まれたレイクミールの行方に執心だ。


「いいのか?」


 俺たちは優しく頷く。


「じゃあ有り難く貰っとくよ。ありがとな」


 全部で四匹のレイクミールをお裾分けした。うち一匹は、かなり大物だったので、ゼラスさんの家庭でもたくさん食べられるだろう。


 傾きかけた日を背に、ゼラスさんは去りゆく俺達を見送ってくれた。


(体調悪そうだったけど、レイクミールで精力つけてくれたらいいな)


 俺は時々そう思いながら、同時に右手に抱える自然の恵みを見遣る。手元のビクには全部で十五匹ほど入っている。全員のものを合わせれば、おそらく四十匹はいくはずだ。


 一度、北門脇の騎士団駐屯施設にレイクミール達を預け、俺たちは再びライカル湖へと向かう。


 日は大分傾き、俺たちが歩くたびに長い長い影もつられて躍動する。


「ねぇ、勝算はどれくらい?」


 はやる気持ちを抑えられず、フィルドは疲れも見せずに顔を向ける。


「ハハっ、それは分からんさ。紅がドジを踏めばおじゃんだ」


 シルフィはいつものように物騒なことを言う。


「紅さんの役目も重要ですけど、何より、チームワークが大切ですよね」


 ディオン君は少し疲れているようだが、この先に控える出来事に興奮気味だ。


 期待と緊張が入り混じった目に、キュッと締まった口元。ディオン君だけなく、皆が立派な狩人の顔つきをしている。


「そうだね。ギチギチの群れを上手くこの網で捕まえるには、自分の役割をしっかりこなして、手が空いたら連携することも大事だと思う。怪我しないように頑張ろう」


 俺が半ば自分に向けて呟くと、キューはやさしく、ほんのりと暖かい顔を擦り寄せてきた。


「ふん、そんなこと分かってるわよ。日が沈まないうちに。急ぐわよ」


 今度はせっかちなフィルドが先頭になり、一同は期待に胸を膨らませながら先を急ぐ。


 俺は、すっかり棒のように疲れた足を引きずりながら、それでもワクワクしてその後をついていったのだった。


***


 ライカル湖をぐるりと回る林道を歩く。


 北門側の入り口に近いところは、何処も踏み固められていて道がしっかりしていたが、さすがにしばらく歩いて行くと、ごつごつと足場が悪く、林道脇から鬱蒼とした草木が通行者の行く手を阻む。


 罠を仕掛けた目標個所からさほど遠くない位置。そこで、俺たちはふっと立ち止まる。


「じゃあ、皆は配置について。暗くなってきたから気を付けて」


 全員の配置場所は、罠を仕掛ける段階で入念に調べておいた。シルフィとフィルドは僅か後方の両側の巨木の枝上。ディオン君は、シルフィの側のノビルモドキが生い茂る藪の中。


 さすがハンター。俺の言葉を聞き、すかさず三人の影達が、音も無く夕闇にまぎれて行く。 


 途端に辺りはひっそりと静まり返る。静寂で敏感になった俺の耳に入るのは、草木が互いに擦れ合う音と、何処からともなく届く動物の低い鳴き声しか無かった。


(さてと、俺も万全にしなくちゃ)


 俺の役目は、罠に群がるギチギチを挑発し、フィルド達が控えるポイントまでうまく牽引すること。付かず離れず。それには、ウィンドステップを上手く加減して使わなければならない。とはいえ、ギチギチの飛行速度は全くもって分からない。


 もしもの時のために、右手には短剣を握ってある。予想外のスピードで迫られた時には、これで魔力を増幅させればいい。最悪でも、気休めにはなるはずだ。


「キュー、行こうか」


 キューは俺に身を寄せた。


 林を抜ける風が冷えてきた。皮鎧の隙間からスッと入ってくる。


 俺も更にキューに身を寄せた。お互い心細い。


(……?)


 かすかな夜の匂いを感じながら歩いてくと、薄暗闇の前方で、なにかが盛んに蠢く音が空気を震わせる。


 30m、20m、15m……。もう少し近寄った所で、俺は目先の事態を悟った。


「うそ、だろ」


 夕闇に不気味に浮かび出た深翠の体。黒光りのするぷっくりとした腹がちらちらと見える。


 大小さまざまなギチギチが、目の前の巨木の一面を覆い尽くしていた。


***


 ギチッギチッギチ……。


 巨木を覆い尽くさんばかりのギチギチがしきりに顎を鳴らしている。大きく口を開けていたはずのウロも、圧倒的なギチギチの数に、今はすっかり埋もれてしまっている。そこを中心にして、半径数十センチの範囲が真っ黒に覆われている。


 想像以上に数が多い。多すぎる。どう見積もっても五十匹はいる。


 だが今の俺に、占めての金の勘定をする余裕は無かった。


(ウィンドステップ!)


 目の前の光景にこらえ切れず、慌てて俺はウィンドステップを発動させる。そして、にわかに足周りが軽くなったところで、自分の周囲から石ころを2、3個拾い、左手に持ち替えた。


(ウィンドスロー)


 続けざまに投擲魔法を発動させた。瞬間、左手に浮遊感を感じた。


「ふん!!」


 バキッ。


 左手で放り投げた石は見事命中し、群がるギチギチを掻き分け、続いて巨木の幹に強く突き当たった。


『ギッギッギイイイイイイイ』


 恐ろしい程の黒い塊が一斉に飛翔する。数秒は、互いにぶつかり合いながら、ぶんぶんとパニックに陥ったように羽を震わせて騒いでいたが、数匹が俺を見つけるや否や、大挙してこちらに襲ってきた。


「キュー、いくよ!!」

「キュイ!!」


 最初の数匹が向かってきたとき、俺たちは勢い良く走りだした。キューは、万が一を想定し、上空に群れを少しずらして俺に並走させる。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 ちょこちょこ頬を草が掠めるが気にしない。気にしていられない。


 生温かいモノがゆっくりと伝ってくるが、それも気にしない。


 走る。走る。とにかく走る。


 ギチギチは予想以上に速く、かなりスピードを上げてもしつこく俺の背中に迫ってくる。


(ひ、えええ)


 この作戦を計画したのは俺である。計画した以上、毅然とした姿勢でそれを遂行しようと思っていた。


 だが、後方から度々迫り来るギチギチの羽音、顎をかみしめる音、そして腹をぶるぶると震わせる音。ひとたびそれを聞くと、そんな殊勝な考えも吹っ飛んでしまう。


 大丈夫、ダイジョブだ。ほら、上にはキューも並走しているじゃないか。二人・・ならやれるさ! やれるから!!


 心臓が動揺したように脈打つ。なのに、全身血の気が引いて、夜の闇、いや後ろの地獄の使者に飲み込まれそうな気がした。


 つまずいたら、死ぬ。確実に、あっという間に食い尽くされる。


 背水の陣の思いで、俺はすっかり日が落ちた林道を爆走した。


***


 俺は顔を鼻水と汗と涙でグチャグチャにして走る。そしてようやく、フィルド達が潜伏する地点が見えてきた。


「キュー!! 来て!!」


 投網で効率よくギチギチを捕まえるには、上空のキューによって二分した群れを、ここで再びひとつに集結させなければならない。


 タイミングが大切だ。上手くやれるか。


『今だァ!!!』


 フィルド達が潜む地点を通り過ぎる瞬間。俺はキューが下降するのを見届け、力の限り、捕獲のタイミングを仲間に知らせた。


 ザパァアアアアア。


 背後から広範囲にわたって網が投げられる音が聞こえた。


 やったか?!


 俺は停止し、振り返る。


 見ると、投網を投げられ、ギチギチ達の群れはその中に捕えられたようだ。ギチッギチッとおぞましい合唱がそこかしこから漏れ出ている。


 胸をなで下ろし、ディオン君が藪から躍り出るのを確認したとき。


 俺は、上空から弔い合戦に燃えるギチギチ達が迫っているのを見てしまった。


「う、うわぁああああああああああああああ」


 フィルドは、フィルドは……。


 残念ながらフィルドはまだ木の上だった。シルフィも同じ。ディオン君は青白い発光をさせて魔法を使っている。


 いつの間にか、キューは俺の肩に乗っていた。キューも一緒。でもキューと俺だけではだめだ。


 先頭のギチギチが数mまで迫った。


 終わった。食いちぎられて終わる。


(いいや、キューも、一緒だし)


 不思議と夢のような気がした。先ほどまでの激しい恐怖はすっかり何処かに消え去り、ふわふわと、このまま上へ上へと浮かんで行けるような気さえした。


 俺は、夢にしては散々な結末だな、と思った。


『紅!!!!!!!』


 フィルドの声だ。同時に肩に乗るキューから小突かれた。


 でももうギチギチは目の前だ。少し元気づけられたが、フィルドでもきっと間に合わない。


 ……考えてみれば、昆虫に食いちぎられて終わる夢は癪だし、最後の気力を振り絞って悪あがきしてやろう。


 いつか魔法便覧を読んだとき、前方向に障壁を発生させる防御魔法があった。物理衝撃は防げないらしいが、何もやらないよりはマシだろう。名前だけで詠唱文句は忘れた。


(!!)


 魔法の名称が頭に浮かんだとき、ふわふわしていた世界が、急に早まったような気がした。慌てて俺は言霊を発した。


〈ウィンドバックラァァァアアアアーー!!!!〉


 瞬間、俺の目の前に、翠の円形の力場が発生した。


 ビチビチッ、ブチュ。


 激しく収縮する力場にぶつかり、ギチギチは次から次へと地面にたたきつけられた。続いて、青臭い体液のようなものが勢いよくぶちまけられた。


 成功した。食いちぎられずに済んだ。


 翠の渦が消えて行くのを見て、へなへなと俺はその場に座り込んだ。


「ばか! まだ」 


 フィルドの声が近付く。


 続け様に詠唱の呪文のようなものが早口で唱えられた。


〈ファイアーピラー!!〉


 最後にフィルドがそう言い放った後、俺の目の前に一本の火柱が出現する。


 何かの皮膚が焼かれる音がした。何かが焦げる匂いがした。


 やがて火柱は消え失せ、その下の地面には、真っ黒に炭化したギチギチの姿があった。


***


「ひぃい! まだ、それ。それです! 動いてますって」


 ディオン君は、目の前で足をもぞもぞと動かすギチギチを指さす。


 終わったのだ。


 俺が運良く命拾いしている裏では、しっかりとシルフィ達は仕事をしていた。ギチギチ達がすっかり網にかかったのを確認し、ディオン君は藪から急いで這い出た。網の端から出ようとしているギチギチを、シルフィは片っ端から足で蹴飛ばし、その隙にディオン君は十分に集中して冷気魔法――アクアコールドを放った。一回、二回、そして三回もすると、もはや動き回る者はほんの数匹だったという。


「ふん!」


 シルフィは豪快にも、未だ蠢くギチギチの頭をすぱりと剣で斬り落とす。


「しかし、あんたホント肝が据わってるわよね。火事場の馬鹿力って奴?」

「あ、あはははは……」


 火事場の馬鹿力で効果が増幅され、通常は物理攻撃を防げないウィンドバックラーでも、ギチギチ12匹の猛攻を食い止めることが出来た。しかし、後続の者たちは自分達の骸を緩衝材として、ぶつかって地面に落ちても、すぐに身を起してこちらへ向かってきたのだ。


「でも助かったよ。あれが無ければ脚一本ボコボコに食い潰されてたかも」


 俺はフィルドに心からの礼を言った。フィルドの火魔法がなければ、今度こそ俺はギチギチの餌食になっていたのだ。


「それはいいわ。とにかく今は、こいつらが起きだす前に全て頭を落とさなきゃね」


 その言葉に、俺も黙ってナイフを使ってギチギチの頭を切り落としていく。甲殻や羽は貴重品だが、そこに突き立てさえしなければいいのだ。時折飛び散った緑の汁が、肩に乗るキューに襲い、そのたびにキューは甲高い声を発して抗議をする。


「ほう、思ったよりいたな」


 絡まる網から取り出し、頭を落として布に広げられたギチギチ達。その光景は不気味だが、同時に、壮観だった。


「これ、百匹はいますよね……」

「だね」


 ディオン君の呟きにうなずく。


 百匹はおろか、下手したら百五十匹くらいいるんじゃないだろうか。


(乱獲じゃないよ、決して\)


 いけない。ここは皆の健闘を清々しく分かち合うところなのに、卑しくも俺の心の中では諭吉がひらひらと舞い始めた。もっとも実際は金貨であるが。


 そうこうしている間に、日はすっかり落ちた。夜の匂いがたちこめる。


 フィルドが明かりを灯した。その光を頼りに、俺たちは獲物を肩に引っ提げ、力強くシュルツの街へと戻っていったのだった。

 

***


 昼間とは少し違う喧騒に溢れたギルド。すれ違うハンターたちの中には、きらびやかな皮鎧を纏っている者もいれば、目が吸い込まれるような色のローブに身を包んでいる者もいる。しかしその皆が、一仕事を終えてお互いの労をねぎらうかのような表情だ。


 そこに大量のビクと布包みを持ち込む者達が加わった。


 ギルド内の空気は一瞬緊張し、集った者達の目が一点に集中する。


「リリシアさん、これお願い」


 ドシンっと俺たちは次々にカウンターへ獲物達を並べて行く。カウンターのテーブルは瞬く間にそれらで占領された。


「わ!! えっと、確認させてもらいますね」


 リリシアさんが懸命に確信している最中、ギルドにいる者たちの視線はこちらに釘付けだった。ひそひそと何かを話し合う者、同業の大漁に自分のことのように喜びを浮かべる者――そして次の瞬間、その誰もがリリシアさんの声に歓声を上げた。


「43匹のレイクミールの納品、確認しました!!!」

『ウオオオオオオオオオオオオオ』


 そして今夜の思わぬ僥倖、百数匹の妖怪ギチギチ。


「甲殻昆虫ギチギチ、172匹です!!!」


 レイクミールの大漁に続き、もはや掃討作戦でもしたのかというギチギチの数に、シュルツの街のギルドは、割れんばかりの歓声で包まれた。


 なお、あまりの額の臨時収入に目ん玉を飛び出したガルクスさんを引き連れ、また、その場にいたギルドのハンター達を大勢招き、近くの酒場で深夜まで大盤振る舞いの酒盛りをしたのは、しばらく街の者達の記憶に新しいことだろう。


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