表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界情調紀行<凍結>  作者:
風の国編-風の街シュルツ
44/46

楽しい楽しい採集依頼-たかが採集依頼、されど採集依頼、きちんと準備はするべき編

 討伐依頼だけでなく、採集依頼にも入念な準備は必要である。


 そういうわけで、俺は今ディオン君と共にとガルクスさんの部屋で道具作りをしている。フィルドとシルフィには買い物を頼んだ。


 今日の目玉のレイクミールの採集。もとい釣り。レイクミールはなんと普通の個体でも30cmはザラだという。そこで従来の釣りの仕掛けでは荷重に耐えられないので、新たな仕掛けを考案する必要があった。


 まず竿である。レイクミールは船上で釣るというから、スラハ村産の棒きれでこしらえたものでは、長さ・強度共に不十分なのだ。ではどうするか。


「ぶっちゃけさ、竿なんていらないよね?」

「え、そ、それを僕に振るんですか?! 竿ですか……」


 つい脳内の自問を声に出してしまい、ディオン君は針を作る手を止めてしまう。ちなみにあっちの竿ではない。


 そして、大型のレイクミールを釣るという事で、新たに頑強な釣り針も必要になるのだ。


(水深も深いし、今までの釣りとは訳が違うよなぁ)


 今回の餌は小魚である。ゆえにウキもより浮力が強いものが必要になる。しかし発泡剤の類は期待できないだろう。なにせ剣と魔法の世界である。


 となると、竿・ウキ共に思い切って取っ払って、糸の先に釣り針とエサ、そしてオモリとなるようなものを付けるだけでいいかもしれない。想像するのは一本釣りである。


「ディオン君、手伝うよ」


 糸の調達はフィルド達に任せている。1本釣りとなれば、今は釣り針くらいしか作るものが無い。


 二人で鉄板を使って器用に針を曲げる。針は防具を縫う時に使うもので、さすがにかなり強度がある。ちなみにギルドの帰りに道具屋さんで買ったのだ。


 全体重をかけ、真っ赤になった指先に力を入れて針を曲げていると、ふと、ある魔法のことを思い出した。


「ディオン君、水の魔法で治癒するのがあるじゃない? あれってディオン君もできるの」

「はい、できますよ。初級のですけどね。アクアヒーリングって言うんです」


 たしか、アレンさんが使ったのはアクアキュアとかいうやつだった。アレンさんが使ったのはアクアキュアというものらしいので、アクアヒーリングはその下位魔法なのだろう。


 自分に縁のある風の魔法については、魔法便覧に一通り目を通したのだったが、他の属性の魔法については、精神的に余裕が無くてまだ見ていなかった。


「それ汎用魔法だよね。風の場合は、汎用だと策敵・身体能力向上が主だった気がするけど、水の魔法は治癒が中心なの?」


 まだ初級の魔法しか知識は無いが、便覧のおかげで、風の魔法については一通り知ることが出来た。それによると、攻撃魔法はともかく、防御魔法は初級だと物理以外を防げるそうだ。汎用魔法はウィンドステップ、ウィンドスローの身体能力を高めるものと、策敵能力を高めるウィンドサーチなど。もちろん他の属性については知らない。


「そう言う訳でもないんですよ。汚れを落としてくれるものとか、魔力=プラーナを高めてくれるものとかもあります。僕は使えませんが、地面をドロドロにするなんていうのもありますよ」


 ザ・ファンタジー!


 地面をドロドロにする魔法は、足場を悪くするためのものなのだろうか。汚れを落としてくれる魔法があるなんて、洗濯機いらずで素晴らしい。その聖なる魔法で、俺のピンク色の心の穢れを払ってもらいたいものである。


 今度便覧を見るときは、他の魔法についても色々調べておこうと思った。


 そうしてしばらくすると、買い物を終えたフィルド達が帰ってきた。


***


「で、レイクミールは釣りでいくんでしょ? ライカル湖って結構深いけど大丈夫?」

「大丈夫だと思うよ。おかげさまで糸も充実したし」


 シュルツの街中を歩いて北門に向かいながら、フィルドが俺に話しかけてくる。釣りが好きとはいえ、さすがに湖で釣りをするのは不安なのだろう。


 ところで、シュルツの北門を歩いたところにある湖はライカル湖という。水深はそこそこ深く、魚達の楽園だということで知られる。


 そして、漁獲の制限が厳しいことでも有名だという。国内どこでも投網の類は禁止されているが、ライカル湖では、騎士団が常に見回りをしているそうだ。ただし猟師たちの投網は許可制で認められているとのことだ。しかしそれでも漁獲量を国に厳しくチェックされるらしい。


 もっとも、個人が銛で突いたりする分にはまったく無問題である。今回はそれにあやかるのだ。


「糸はあれを使うのだろう? あれならば切れる心配は無いな」


 シルフィは歩きながら、満足そうな表情を浮かべる。


 俺たちが全体重をかけて釣り針をこしらえていた折、フィルドとシルフィは、道具屋に行って一番強い絹糸たぶんを見繕ってきたのだ。それを一つの仕掛けにつき数十mとし、俺が適当にその辺で買ってきた金属ブロック片をそれにくくり付け、その先に針を結んで出来上がり。あとはこれからの道中で仕入れる小魚をひっかければいい。


「でも、本当にそんなので採れるんですか? 深いし、そんな針じゃ刺さらないと思うのですが」


 チッチッチッと俺は疑うディオン君を抑える。


「船を借りて、フィルド達の様子を見てればわかるよ。ね、キュー」

「キュイー」


 キューは、これからありつけるであろう大好物にソワソワしている。最近は新鮮な魚にありつけていなかったので、さぞかし嬉しいのだろう。


 あとはレイクミールが仕掛けに食いついてくれるかである。通常、マスの類は警戒心が強く、糸もとても細い物を使う。だがこの世界にナイロン製やカーボン製の釣り糸はない。となれば、細さを犠牲にして強度を上げるしかない。そうすると、必然的に太い糸が魚の目に映ってしまう可能性が高くなる。


 とはいえ、この世界の魚は、警戒心が並べて低いようである。遺伝子の問題かは知らないが、今回はそれに救われることを祈ろう。


 問題は昆虫――ギチギチコウチュウの方である。誰が命名したのか小一時間問い詰めたいのはさておき、これについては少しばかり頭を捻らなくてはならない。


 依頼の達成のことなど何処吹く風といった様子のフィルドに、確認のためにもう一度ギチギチコウチュウ略してギチギチの生態をうかがう。


「ねぇ、あのさ、妖怪ギチギチって集団で行動するんでしょ? それってまずくない?」


 マジ、やばいしィ! というのが俺の心境である。


 というのも、ただの昆虫なら何も怖いことは無く、虫とり網を使った無慈悲な掃討作戦を行えるのだが、ギチギチは獰猛な小型、いや十分大型昆虫なのである。エメラルド色の胴体は優に15cmを超し、司令塔の頭の先には強靭な歯が備わっているとか……。これで恐れるに足らない小型昆虫など、この世界の他の種を想像すると戦慄が走る。


「その言い方やめて、キモチワルイから」


 本気で不快を顔に滲ませるフィルドは続ける。


「そうね。ギチギチは普通集団で活動するわ。そこにまともに向かっていけば、間違いなく全身を食いちぎられるでしょうね」


 俺は危うく失禁しそうになった。


 ディオン君達も話に混じり、その話に俺は聞き入る。


 それによると、ギチギチを捕まえるときは単独の個体を狙うという。集団で生活していると言っても、やはり偶には一匹取り残されてしまう者もいるらしい。人間社会と似たようなところか。


「え、じゃあそれ楽勝じゃない? だって一匹でしょ?」


 Cランク相当とは名ばかりではないか。俺は、そう軽く見た。


「そうとも言えないんですよ。探すまでが大変なんです。普通、探索魔法を上手く使いこなす風の魔法使いとパーティを組んで見つけるんです」

「あ、なるほど……」


 俺の淡い期待は打ち破れてしまった。


 そして最後の頼みの綱であるシルフィにも、さすがに昆虫一匹を魔法無しでみつけ出すのは至難だと言われてしまった。


(やばい、これじゃ釣りと一緒に気軽に依頼達成なんて無理だ)


 キューを含めすっかり遠足気分の一同の横で、俺は無い頭を必死に絞っていた。


***


 北門に差しかかろうとしたとき、俺は思わず歓喜の雄叫びをこぼした。


「これしかない!」


 なんだ? という他のメンバーの視線を尻目に、俺は再度自分の作戦に綻びが無いかを確認する。


 名づけて妖怪ギチギチをぎっちぎちにしてやる作戦。


 冗談はさておき、作戦の概要はこうである。


 まず、一個体を探し回るのは却下する。数日探し回っても採れないことはザラだと言うからだ。何故この依頼を受けようとする俺をフィルドは止めなかったのか、今更ながらに不満がふつふつと湧いてくるが、それはこの際置いておこう。


 一個体を否とするならば、相手は集団となる。もちろん真正面から噛みちぎられに行くような真似はしない。ではどうするか。


「まずですね、罠を使います、というかこれから作ります。完熟したピピの実って普通に売ってますよね? あとハチミツも」


 早口で俺は捲し立てる。


 そう、罠を使うのである。というのも、妖怪ギチギチは熟れた果実が大の好物で、時として、遠方から農場に集団で襲来するほどなのだ。その際は討伐対象として依頼掲示板に並ぶという。それを逆手にとって利用するのだ。


「え、あるけど。それって群れたギチギチをおびきだすってことでしょ? そんなことしたら……」

「全身に風穴を空けられるな」


 シルフィのつぶやきに、ヒィ!! っとディオン君は女々しい声を漏らす。キューも瞳孔を狭め、翼の毛を逆立てて驚いたような素振りをした。


 だが作戦には続きがあるのだ。


「もちろん、向かってくるギチギチに真正面から挑むような真似はしません。危険な役割もありますが、それは言いだしっぺの僕がやります」


 一通り俺の企てを説明すると、俺たちは再び街へ引き返していくのだった。


***


「揃ったわよ、これで全部?」

『そうみたいだ……』


 採集ツアーのメンバーは再び北門付近に集まった。地面にウン○座りをして戦利品を確認する。


 皆で協力・分担し、購入をしたのは以下の道具である。


①ピピの実(完熟済)×10

②重し

③狩猟用投網

④酒

⑤容器

⑥安物のハチミツ


 感の良い方ならお分かりだろう。


 まず①、④、⑤を使って罠を作る。容器にピピの実の実の部分だけをナイフでスライスし、そこに酒を投入して今度は得物の柄で中身をすり潰す。これにはフィルドのを使う。


 そしてそれを、人気が無く、かつ足場の良い適当な場所に仕掛け、釣りが終わったら確認しに行き……。


「でも、それだとやっぱり紅さんが危ないんじゃ?」

「いや、ウィンドスローも適宜使ってやるからそんなに危険でもないよ。それよりむしろ、シルフィ達の役回りの方がリスクがあるかも」


 嘘ではない。お楽しみの作戦の全容はもったいぶりたいので次回に持ち越すが、俺が鼻水をまき散らしながら全速力で逃げればいいのに対し、シルフィ達はそうもいかないのだ。この作戦の安全はフィルドにかかっていると言っても過言ではない。


「で、いざとなった時に私が必要なのね? フフンいいわ、任せておきなさい!」


 作戦がうまくいけば、10000リル金貨が山積みに貰えるのだ。やはり世の中銭である。


 それから俺たちは、準備に不備が無いか再度チェックをし、担ぐ投網を北門の騎士に訝しく見られながら、楽しい楽しい採集依頼に出発したのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ