楽しい楽しい採集依頼-受諾編
ウィンドスローの感覚を掴んだ翌日。早朝にもかかわらず、カンッとした暑さが窓から伝わってくる。
宿の1階で、いつものメンバーで朝食を囲んでいると、一足早く食べ終わったガルクスさんが思い出したような素振りをした。
「あ、そうだそうだ。今日、俺はちょっと用事がある。パーティ組んでて悪いが、すっぽかせない用事なんだ。一日依頼なり買い物なり好きにしててくれ」
言い終わると、ガルクスさんはキューに干しブドウで餌付けをする。
それに対し、フィルドが退屈そうな顔をして言った。
「どうする? 買い物も飽きたし簡単な依頼でもやっとく?」
たしかにもう買い物は飽きた。買う物も無い。昨日は魔法の練習をずっとやっていたし、今日も一日暇だと体がなまってしまう。
シルフィも、果実野菜をナイフで刺してこう言った。
「じゃあ代わりにディオンの奴でも誘って採集依頼でもしに行くか」
「それはいいですね」
採集依頼とは、ギルドが管轄する依頼の一種で、文字通り自然の産物を採集・納品する仕事である。薬草、木の実、果物、魚、そして昆虫の依頼まである。パーティで請け負える依頼は2つまでなので、他の依頼と共にこなすことも多いのだとか。ちなみに個人の場合は一つの依頼しか受諾できない。
干しブトウをもぐもぐ頬張るキューも不満は無いようだ。俺達三人が喋る度に首を伸ばして見ている。
正直、フィルド達が討伐依頼をしたいと言わなくて良かった。でも、いつまでもそんなことも言っていられないのが事実ではあるが。
かくして、ガルクスさんを除く俺たちは、ディオン君と共に採集依頼に向かうこととなった。
朝食を終え、ガルクスさんと別れてから準備を済まし、俺たちはディオン君のもとへと向かった。
***
「ディオン君~、いるー?」
俺は背中に二人と一匹を控え、ディオン君の部屋をこんこんとノックする。
ディオン君は俺たちの近くの宿に別に泊まっているのだ。フィルドが、引き払って私たちのとこに来なさい、と言ったのであるが、ディオン君は、しばらくの代金を払っているから、ということでこうしてこの宿にいる。
『え、あ、ちょっと待っててください!!!』
声が聞こえてすぐ、ガチャンッという何かをぶつける音がした。続けて陶器のようなものが床に盛大に落ちる音がして、数十秒後ようやく、不自然に額に髪を張りつかせるディオン君が姿を現した。
「な、なんでしょうか……?」
なにか、いつものディオン君とは違うようだ。いつもなら、ドアを開けてすぐに、笑顔と共に快活な挨拶をしてくるのに。
ディオン君は生まれたての子馬のように、下半身を不自然にもじもじさせている。
(あ、これは……)
俺は悟った。同時に気の毒に思った。
健全な男の子諸君は、誰しも通る道である。俺も通った。
ディオン君もお年頃なのだ。
「ディオン? 運動してたの?」
そうやってフィルドは容赦なく男の子の純情をえぐる。
シルフィは涼しい顔をしている。
そこで俺は助け船を出した。
「騎士団試験の対策してたんでしょ。熱心だよね、ちょっとここで待ってるから着替えてきたら?」
「あ、あ、そう、なんです。ちょっと待っててもらえますか」
しばらくすると、すっかり小奇麗になったディオン君がおずおず顔を覗かせる。
そして、どうぞ、と言われるままに俺たちは部屋に入った。部屋は俺たちの宿よりも随分と質素で、簡易な丸テーブルと、その奥のごじんまりとしたベッドの他は、家具と言えるようなものは他に無かった。
「随分と慎ましい生活を送っているのだな」
シルフィはぐるりと狭い部屋を見回す。
たしかに、うちの宿に比べると随分と安宿だ。
キューは、ベッドの下の布切れの方をクンクン嗅いでいるので、俺はやんわりとやめさせた。
聞くと、ディオン君はあまり貯金が無いのだという。いくらCランクとはいえ、フィルドに街で羽を伸ばしなさい、と言われたので、パーティのフィルドがいなかったこともあり、俺たちが来るまで偶にしか依頼をこなさなかったそうなのだ。
俺が、依頼に行かないかと言うと、ディオン君は複雑そうな顔をした。
「嬉しいですけど、いいんですか?」
「え、いいけど。何で?」
「だって、僕はお邪魔になりませんか? ガルクスさんはいないみたいですけど、紅さんたちがいるじゃないですか。足手まといにならないかな、って」
忘れていた。ディオン君はとても控えめな性格なのだ。控えめ過ぎるのだ。
しかしCランクなのに、格下の俺に気を遣う必要は無いのに。
「ウジウジしないの! もう15でしょ。一人前の歳なんだから、行くって言ったら行くの。分かった?」
「はい!」
この一年の間のディオン君の気苦労に同情しながらも、俺も、ディオンが一人前なことには頷いたのだった。
***
準備を終えたディオン君も加え、総勢四人と一匹はギルドに殴りこみへ向かう。目指すはハイリターンの採集依頼である。
魚か、それとも魚か。昆虫採集も楽しそうだ。
俺は珍しく隊の先頭に立ち、ギルドの扉を乱暴に開いてやった。
「あれ、空いてるね」
「キュ」
広いギルドのホールには、人が随分と少なかった。そのおかげか、カウンター中央部で手を振っているリリシアさんを一目でみつけることが出来た。
「どうも、今日も頑張ってますね」
俺は、午前中から職務を一生懸命全うするリリシアさんに、ねぎらいの言葉をかけた。
「まだここに来て間もないですからね! 頑張らないとっ」
そう言って、リリシアさんは両手に拳を作って、それを胸の前に持ってきてガッチリと意気込みを見せる。
リリシアさんが恐る恐るキューを撫でていると、後ろでドアが開く音がした。フィルド達である。
道すがら、ギルドへここまで歩きながら、ああだこうだ何の依頼を受けるか話し合っていたのだが、結局一つにはまとまらなかったが。
「ったく、今日は気合い入ってるわね! 紅」
言葉とは裏腹に、これから依頼を受けるということで、嬉しさが顔に滲み出ている。シルフィ、そして大人しいディオン君も同様だ。ディオン君は、討伐依頼ではないので安心なのかもしれない。
間もなくして、俺とキューを除く三人は、足早に依頼掲示板へ歩いていった。俺はガルクスさんの代わりとまではいかないが、情報収集の担当である。
「今日は採集依頼、できれば二つ受けたいんですが、俺たちのレベルに合うものでおススメってあります?」
「うーん、えっと……。たとえば、どんなタイプのものですか?」
「一つはできれば魚で、もう一つは面白そうだから昆虫かな」
「それだと、おススメありますよ!」
嬉しそうに顔をほころばせながら、リリシアさんは二つの依頼を紹介してくれる。
一つ目の魚の依頼。北門を出たところにある湖で、ちょうど昨晩に依頼があったという。内容はと言うと、レイクミールと呼ばれる魚をできるだけ多く納品せよというものだ。レイクミールとは前に俺たちが釣ったミールの亜種で、より体表が綺麗に、そしてまだら模様になり、細長いミールよりもでっぷりとした魚なのだそうだ。
「それは腕がなりそうだね。でも、できるだけ多く納品しろっていう依頼なんてあるんだ」
利点はある。爆釣で山ほど釣れた時には、全部一度に買い取ってくれるのだ。ちなみに一匹あたりは2000リルで買い取ってくれるそうだ。最低納品数を収められさえすれば、結構おいしい依頼なのだ。
「あんまり無いんですよ。でも今回のはちょっと特別です。それというのも、ここ風の国では1ノルに一回、定例の議会が設置されるのですが、今年はシュルツで行われるんですよ。そこで振舞われる料理に必要なんです」
更に聞くと、議会は貴族と上級騎士が出席するもので、国内の主要都市を使ってローテーションで行われるそうだ。
(貴族か~。関わりたくないけど、正直俺もその栄光にはありつきたいもんだよな)
ファンタジーの世界では貴族はごく自然である。しかしここは現実なのだ。ゆえに貴族社会は色々な策謀、利権の温床であるに間違いない。近寄らないに越したことは無いのである。だが、元の世界では全くの平民である俺には、同時に「貴族」という言葉は魅力的に映った。
他の採集の依頼については、温暖湿潤の風の国ならいいのがいっぱいありますよ、とリリシアさんに言われたので、俺は礼を言ってからカウンターをあとにした。
***
結局俺たちは、先ほどのレイクミール、そして小型昆虫の採集の依頼を受けることになった。レイクミールはDランク相当、昆虫の方はCランク相当だ。
「ってか、フィルドすごいね。女性なのに、昆虫嫌じゃないの?」
「ハンターが昆虫ごとき怖がってどうすんのよ? そんなの怖がってたら討伐依頼で失神するわ」
たしかに一理ある。
テーブルで座り、俺たちは依頼の内容について駄弁っている。小型昆虫の採集については、当初シルフィは渋っていたのだが、レイクミールを釣りながらでもできるよ、と教えると、小躍りしそうな勢いで了承した。
ちなみに、対象の昆虫は、小型昆虫といってもかなり大きいもののようである。鮮やかな数種類の色の甲殻が特徴で、調度品や装備の装飾に珍重されるという。買い取り価格はなんと30000リル。最低一匹、最高で十匹買い取ってくれるそうだ。
(これって、危険な討伐依頼より、採集依頼を何個もこなした方が、ローリスクで確実に稼げるんじゃ?)
ふと、そうした考えが浮かんだ。
いや、そうでもない。採集依頼は対象を全て納品してあの報酬であるが、討伐依頼は、報酬の他に換金部位のうまみがあるのだ。危険に見合うだけの価値はあるという事だ。ちなみにベルマーとクィルンの換金部位、その他使えそうな部位は、ガルクスさんに一任して管理してもらっている。金には困っていなし、売ろうと思えばいつでも売れるのだ。
そうして俺たちは、しばらく依頼について話し合い、簡単な作戦を立てていたのだった。




