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異世界情調紀行<凍結>  作者:
風の国編-風の街シュルツ
41/46

アレン・コールドウェル

 シュルツへ戻った。


 死線を越えて再び望む古都は、いつも通り仕事帰りの俺たち一行を迎えてくれる。


 ガルクスさんとフィルドが、ギルドへ依頼達成を報告しに行ってくれたので、俺とシルフィ、そしてキューは、一足先に宿屋へ着いた。


 基調のブロンズ色、整然とした石壁。これらは、ひどく昔に見た景色のように感じられた。


(なんか、久しぶりだな)


 無理もないかもしれない。


 シュルツでの滞在期間は、クィルンの依頼まででも一週ほどしかなかった。俺の故郷・・スラハ村とは少し事情が違うのだ。


「あぁ~疲れたー」


 同じく疲労を滲ませるキューを床に下ろすと、ボフッという音を立ててベッドに転がりこむ。布団はやわらかく、疲れた俺の全身をしっかりと受け止めてくれた。


(今日はさすがにダラダラしてよう。右手こんなだし)


 キューも旅路で疲れたのか、口を大きく開けて欠伸をした。くぐもった吐息の音がした途端、それっきり部屋はしんと静まった。 


 どれくらい経っただろうか。


 いつの間にかウトウトと夢心地になっているとき、開け放ったままのドアから声が聞こえてきた。


 シルフィである。


「失礼するぞ。今ガルクス達が帰って来たんだがな、私たちの部屋で話があるそうだ」

「……話? 分かりました」


 眠い目を開けて、隣のフィルド達の部屋へ向かう。一応ノックしてから入ると、そこには、普段着に着替えたガルクスさん達が集まっていた。


「よっ、依頼達成報告終わったぜ」


 ニッと笑うガルクスさんの横で、フィルドはジャラジャラと革袋をゆすって見せる。


「今回の報酬よ! 魔物を倒すときも腕がなるけど、報酬金貰う時も同じぐらいワクワクするわ」


 おぉ! と俺は表情を輝かせてフィルドを見る。


 手渡された革袋の中には、黄金の硬貨がかなり入っている。


「13枚、一人頭3枚でしたっけ?」

「そうだ! 4人で割ると1枚余るがな、それは紅、お前にやる。少ないが今回の埋め合わせだと思ってくれ」

「ありがとうございます!」


 一応、フィルドとシルフィの表情を窺うが、2人とも笑顔で受け取れと言ってくれた。


(4万リル、4万円……。ウハ、下手したらバイト一カ月分だ!)


 ベッドで疲れをとり、報酬を受け取ったことで、俺はすっかり気を良くしてしまった。


「ハッハ、右手も治ればもっと元気になるぞ!」


 いつかガルクスさんは言っていた。


 長大な時間の自然治癒を待たなくても、短い時間で右腕が治る手立てがあると。自然治癒以外、それはすなわち人為による治療である。無論、金はかかるが……。


「ディオンのツテだったか?」


 とシルフィ。


 そうよ、とフィルドが明るい顔で頷く。


「ディオンも私がいない間遊んでたばっかりじゃなかったのね。まあ多少お金はかかるけど、行ってみる価値はあるんじゃない?」


 背に腹は代えられない。金には余裕があるし、このままでは骨の形成がいびつになってしまうかもしれない。


「分かりました。早速行ってきます!」


 浅くない傷が目立つキューを起こすと、肩に乗せてディオン君のもとへと向かった。


***


「これで、大丈夫だろう」


 青白いまばゆい光が部屋を照らしたと思うと、残像残る瞼には、すっかり傷が消えて無くなったキューが映る。


 魔法――水の治癒魔法である。アクアヒーリングという魔法を詠唱したのは、この部屋の主、アレン・コールドウェルさんである。


「どれ、本命は次だな。包帯をとって腕をまくってくれ」

「はい」


 アレンさんは、フィルドの言っていたディオン君の知り合いである。


 あれからディオン君の所へまず行き、俺の容態を説明すると、ディオン君は急いでアレンさんのいる駐屯地まで案内してくれた。駐屯地。それは騎士団の……。


「ん? 心配しなくても良いぞ、少し痛むだけだ」


 アレンさんは、流れるような青い長髪を揺らし、スッとした涼しい顔を穏やかに傾ける。


「あ、いえ。お願いします!」


 俺は一緒にいるディオン君に包帯をとってもらい、今度は自分で服をまくってから、腕を目の前に突きだした。


 アレンさんは治癒魔法の使い手なのだ。それもかなり腕利きの。それで、若くしてこんなに立派な部屋をあてがわれているのだ。


 俺が突きだした腕を見ると、アレンさんは少し顔をゆがめる。しかしすぐに元の落ち着いた顔に戻し、左手を右掌に重ね、それを、俺のすっかり腫れ上がった腕に触れさせた。


「っ!!」


 俺は、突きだした右腕を襲う激痛に、思わず湿った声を漏らす。


 しかし、それは唐突に繰り出されたアレンさんの掛け声にかき消された。


「アクア・キュア!」


 先ほどより激しい青の閃光が、アレンさんの重ねた手のひらから輝いた。俺の腕を軸にほとばしる閃光は、半円状に空気を幾重にも貫き、そこで、俺は目を閉じた。


(い、痛ッ!!)


 目を閉じてすぐあと、腕の血肉の中で、経験したことがないような激痛が走った。肉、筋肉、そして骨の全てが、血流に逆らい患部に収斂していく錯覚を覚える。数秒の間、俺は歯をギッと噛みしめながらそれに耐え続けた。


「終わった。無事うまくいったようだ」


 痛みが引いた。まるで、嘘のように引いた。


 その奇妙な感覚に、思わず俺はグーやパー、そしてチョキまでを試してみる。


「痛くない、痛くないです!!!」


 若干の違和感は残るものの、動作にほぼ何の支障も無い。これなら日常生活なら問題なく送れるはずだ。ウィンドスローの練習だって……!


「いや、良かった。結構酷かったので少し心配だったのだがな。成功したようだ」


 だが、と舞い上がる俺にアレンさんは続ける。


「患部を酷使する運動。特に何かを投げたり、剣を振り回したりするのはしばらく控えた方が良いだろう。完治を急ぐなら安静にしていた方がむしろ良い」


 俺のささやかな希望は打ち砕かれた。


(でも、よかった。アレンさんに感謝しなきゃ)


 アレンさんがいなければ、ただでさえ慣れないこの世界での生活に、その都度かなり苦労していたことだろう。それも数カ月。これだけで十分だ。改めてお礼を述べなければならない。


「アレンさん、本当にありがとうございました」


 キューもアレンさんの前にちょこんと座り、しきりに首を上下に振っている。


「よかったですね、紅さん。アレンさん、ありがとうございました!」


 ディオン君と一緒にそう言いながら、俺は懐から財布を取り出そうとすると、アレンさんはスッとその細長い手のひらを出して俺を制す。


「金は要らない。私は騎士団員だから、金銭の受け取りは原則禁止されているのでな」


 アレンさんは顔に慈愛を感じさせる笑顔を浮かべる。


「少し疲れたが、ディオンの友人の役に立てて良かったよ。さて、私は職務に戻らなくてはいけない」


 額の汗をぬぐうアレンさんに俺はもう一度丁寧に礼をすると、立派な机に向かって書類を整理するアレンさんを尻目に、俺たちは荘厳な騎士団駐屯所をあとにした。


***


「ディオン君、ホントに助かったよ」


 屋台で買った、遅い朝食代わりの肉の串焼きを頬張り、隣をてくてく歩くディオン君に謝意を述べる。


 今日のシュルツは快晴だ。青々とした空の下、老若男女問わず、すれ違う人々の顔は明るかった。


 ディオン君は、俺がせめてでもと奢った同じ串焼きを1個ずつ器用に口に運んでいる。


「いえ、お役に立てて良かったです! 僕はその、もうガルクスさん達の役には立てないかもしれないので」


 あ! 役に立つなんてとんでもない、お世話になりっぱしでしたっと急いで続ける。


「紅さんは魔法の才能がピカイチだと聞きました。どうかフィルドさん達を守ってあげてください」


 俺も、今のところお世話になりっぱしだよ! という言葉を俺はすぐに飲み込んだ。


 とはいえ、肩に乗って陽気に串焼きの肉をむしゃむしゃと食べるキューと同じく、俺も右手がすっかり良くなったことで、以前のような元気が徐々に湧いてくる。


 当面は、腕に差し支えがない範囲で戦闘力を強化しなければいけない。戦闘と言っても、攻撃魔法は使おうとするたびに、ベルマーの惨状が五感とともに蘇るので、それ以外の方法で考える必要がある。いくら腰の短剣はクィルンを一突きする業物と言えど、あくまでもしもの時の為なのだ。


(攻撃はあんまり性に合わないし、それは強力な他のメンバーに任せるとして……)


 俺は今できることをする。いや、しなくては、異分子の俺がこの世界で生きていくのは難しい。


 思いを胸に、俺はディオン君に話しかける。


「できれば守ってあげたいけど、俺にはまだそんな実力はないんだ。それでちょっと相談なんだけどさ」

「はい、なんですか?」

「魔法の概要が書いてある、教本みたいのって無いのかな?」

「そうですね……」


 短剣の扱いはガルクスさん達に教えてもらうにしても、それでもかなりの時間を要するだろう。クィルンの一件でコツを掴みかけたが、ウィンドスローもしばらくは控えたい。すると残るは、他の魔法を習得することだけだ。


 ディオン君は童顔をウウンと歪ませて考えてから、思いついたような顔をして俺を向いた。


「ありますよ! 教本というか、魔法の種類が書かれたもので、ちょっとお値段が張りますけど」

「是非教えて」


 任せてください、とディオン君は胸をポンっと叩いて説明をする。


 魔道書。魔道書とは、ギルドが販売をしている、各属性魔法一覧を書き記した書物である。初級、中級、上級、それに全魔法が載っているタイプがあり、どれもかなりお値が張るらしい。


「へえ、なるほど。それでもいいんだけど、教本みたいなのは無いの?」


 教えることを念頭に書かれたものが、学習をするにおいて一番理想的なのだ。とはいえ、あまり期待はしない方が良いかもしれない。


 案の定、それは残念ながら無いと言われた。それというのも、魔法というのは習得の際、大部分を感覚が占めており、それには実際に練習するのが一番早いからなのだそうだ。


(教則本みたいなのがあっても、あんまり役立たないか)


 魔法の発現のプロセス、そして俺の使う魔法の特異性……。いつかの魔力結晶の魔法などは、極力これからも使わない方が良いだろう。しかしいずれにせよ、魔法が体系だてて書かれている本があるというのは魅力だ。


 俺は早速ギルドへ向かうことにした。ある意味自由業だし、どうせ今日はやることがないのだ。


 ディオン君がついてこようかと言ってくれたが、さすがにギルドにまで連れ添わせるのは悪いので断った。


 別れ際にもう一度ディオン君に今日の礼を言うと、俺は少しの希望を胸にギルドに向かった。


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