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異世界情調紀行<凍結>  作者:
風の国編-風の街シュルツ
40/46

覚悟

 目覚めた日は、それからまたぐっすりと眠り十分な休養とした。


 今日はその翌日。


 俺は少し寝過ぎて、まだ夜が明けないうちに起床したが、少しずつ外の暗がりが白ばんでいく様子を眺めていると、じきに部屋の向こうから足音が聞こえてきた。


「入るわよ」

「入るぞ」

 

 コンコンとノックが聞こえたあと、振り返る俺の目の前には、二人の女性が姿を現した。


 フィルドとシルフィである。二人は昨日も顔を見せてくれたが、今日も朝一番に俺の部屋に来てくれたようだ。


「具合はどうだ?」


 とシルフィが俺を気遣ってくれる。


 地面に思いっきり突っ込んだときはタダでは済まないと思ったが、右腕の骨折と全身の軋み以外、ほとんどすっかり治ってしまった。それもそのはず、フィルドがとっさに飲ませてくれたあの薬は、かなり貴重で高額な万能薬なのだ。


「右腕以外はほとんど治りましたよ。あの薬のおかげです」


 シルフィの横でしゃがみこんでいるフィルドにも礼を述べる。


「薬は使ってナンボよ、一時はどうなるかと思ったわ」


 そのあとも俺の具合をあれこれ心配すると、話は今日の予定に及ぶ。


 本当は依頼達成の翌日か、翌々日かにシュルツへ戻るつもりだったらしい。しかし俺が二日も丸々寝ていたので、いくら依頼をこなしたとはいえ、いつまでもここに滞在するのも悪いだろうということだ。


(それもそっか。こうなるのは、半分ハンターの宿命みたいなものだもんな)


 ハンターとして初依頼にして初討伐を経験して、改めて、この仕事の危険さが身にしみてわかった。


(まぁ、そのことは後々考えることにして)


「僕は今日出発しても大丈夫ですよ。右手がアレでも歩くのは問題ないので」


 そう言うと、二人は複雑な表情を浮かべたあと、悪い、と俺にこたえる。


 俺の容態が心配だとは言え、普段二人は家人にちょこちょこ出くわすのだから、申し訳ないとも思い、複雑な心境なのだろう。それくらいは俺にも悟れた。


 そこでまたノックが聞こえる。


「紅、入るぞー」


 豪快なノックのあとに姿を現したのは、顔がシャッキリとしたガルクスさんだった。


「お、具合悪くないみたいだな」


 お陰さまで、と俺は数日の介抱の礼を言った。家人にもあとで懇ろに感謝しなければならない。


 キューの様子を見るのと合わせ、俺たちは少し早い朝食へ向かったのだった。


***


 キューは俺の隣の六畳くらいの間にいた。


 フローリングの床の上に2m四方くらいの板が敷いてあり、その上でキューはうつ伏せで横になっていた。


「キュー、この前は頑張ったね」


 俺の言葉にキューは目を開ける。


 眼元と尻尾の青い体表から、痛々しいピンクの肉をのぞかせている。俺はそれが心配になり、キューに近付いて様子を見る。


 キューはこちらを見て、グスッグスッと鼻を鳴らせた。そして起き上がったかと思うと、強い跳躍と共に俺の肩に乗り移った。


「キュー、大丈夫なの?」

「キュッキュールル」


 キューは首ごと顔をウンウンと頷かせる。それに合わせ、目元の痛々しい傷が目に映ったが、頬にスリスリと顔をくっつけてくるので、それ以上は何も言わなかった。


 部屋の入り口で待つガルクスさんの方へ戻る。キューの傷は深くなく、消毒を十分に行ったそうなので、あとは街に戻って医者に見せればいいと言われた。


 朝食の折、俺に感謝を述べる村長家族の前で、ガルクスさんは少し重たそうに口を開いた。


「紅、今回はすまなかった。俺の見通しが甘かった」


 クィルンのことだろう。


「前にクィルンは複数で行動すると言ったが、まさか、人里近くで産卵しているとは思わなかった。普通は森の奥深くでクィルンは卵を産むんだ。とはいえ、万が一のことをもっと考えるべきだった」


 ガルクスさんは、次の瞬間、床に手をついて俺に深々と頭を下げた。


「ちょ、ちょっと待ってください。とりあえず頭下げるようなことはないです。僕も僕で後先考えずの行動でしたから! それはそうと、クィルン卵産んでたんですか!?」


 卵を産んでいたとは、全くの初耳である。魔物が人里近くに卵を産むなど、考えるだけでもおぞましい。


 すると、木の上にいたのはもしかして……。


「本当に悪かった。……ああ、あの二匹のクィルンは、木の上で卵を産んでいたようだ。ギルドでの情報でも、今まで聞いたことがない。だが心配ない、しっかりとあの後焼き払っておいたからな」


 そしてまた、ガルクスさんは深く俺に頭を下げて詫びる。


 情報が集約されるギルドでも例がないというのだから、ガルクスさん指揮の作戦に落ち度はなかったと言える。むしろ、俺がもう少し早く他のクィルンに気付くべきだった。


(でも、自然相手だからいつも絶対はない。いずれにせよハンターは危険な仕事なんだ)


 そこで再び料理に手を付ける。 


 泉が解放されたことで、朝食は驚くほど豪華なものだった。


「命をはってこの村を救ってくれたんじゃ」


 だから遠慮せずお食べ、と村長は続けると、俺は口に運んだ料理の味をかみしめた。


***

 

 もう少しゆっくりしていけばいい、という村人たちの好意を背に、俺たちは朝食後、少し休憩してから村をたつ準備を進めた。


「悪いな、まだ本調子じゃないってのに」


 ガルクスさんがすまなさそうに俺の方を見やる。


「いいですよ、ここにずっとお世話になってても悶々としちゃうだけですし」


 シルフィが俺の肩に乗るキューをさわさわと撫でている。キューは出会ったときよりさらに人懐っこくなり、最近はフィルドが触れてもなんともないような表情をする。傷の方はといえば、ガルクスさん達の素早い治療によって、こうやっている分にはほぼ大丈夫なようだ。


「それじゃあ行くわよ!」


 フィルドの勇ましい掛け声を機に俺たちは歩き出す。


 村人は後ろから口々に今回の礼と俺たちの旅の安全を叫んでいる。


 ガルクスさん達がひらひらと前を向きながら手を振るのを見て、俺も鎧を着ずに身軽な左手で、できる限り村人たちに手を振ってこたえた。


 村を遠く過ぎ、一行は元来た道を一歩一歩シュルツへ向かって戻っていく。


 俺は怪我のせいで鎧を着るのはおっくうだったので、それはガルクスさんが持ち、俺はハンターにしてはかなり身軽な格好をしている。


 地面が偶にぬかるんでいるものの、木々の緑の葉の間からは、高く昇った日の光がさんさんと道を照らし渡してくれる。右手とキューのことがなければ、仕事を終え、もっともっと胸がいっぱいだっただろう。


 時折、前を行くガルクスさんとフィルドから、どこか痛くはないかということを聞かれるが、あれこれと思いを巡らせている意識を戻し、その都度俺は問題ないことを伝えた。


(身体の方はなんとかなるとして)


 土のいい匂いに包まれて俺は物思いにふける。


 思えば、クィルンの前にも魔物がとても危険な存在だという事は重々分かっていたはずだった。いや、分かっていたのはほんの一部だったかもしれない。今までは特に怪我をすることも無く、なんとかその場を凌いできたが、今回は打ち所が悪ければそれこそ死んでいた。


 死んでいた。


 ふっと、「死」という言葉が頭に浮かぶと、暖かい気候の中でもサーッと背筋が寒くなっていった。次は、軽い動悸がどくどくと全身を脈打つ。


(ハンターは、いつも死と隣り合わせ……)


 自分の立ち位置の危うさに、俺は改めて気が付いた。さしあたって討伐依頼はしないにせよ、そのあとは? ランクが上がれば危険な仕事も増える。討伐以外の依頼だって、道中で魔物に襲われる可能性もゼロではない。


「キュー」


 俺はたまらずキューの温もりを求めた。


 少し、ハンターという仕事を軽く見過ぎていたかもしれない。魔法がちょっと使えるからといって浮かれていた。思い上がっていた。ガルクスさん達はいつも、この死というものを意識しているのだろうか。


(そんなの、俺には無理だ……)


「キュィ」


 現実に打ちひしがれる俺を、キューは傷の残る顔で撫でて慰めてくれた。


「フィルド、やっぱりハンターって危険な仕事なんだよね」

「そうよ。ただ身の程を知ってれば死にはしないわ。今回のは特別ね」


 死にはしない。


 そうかもしれない。実際俺も、右腕に重傷を負うだけで済んだ。


(そうだよな、今回のは、特別)


 いずれにせよ、ガルクスさん達についていく以外は拠り所がない。シルフィも同じだ。俺一人だけの問題でもない。


 それに。 


 元の世界についての手掛かりを掴むためには、国の各地を訪れて、地道に調べていかなければならないはずだ。それもシルフィと一緒。


 悩んでばかりでも仕方がない。時間は待ってくれない。キューだっている。ガルクスさんだって力を貸してくれるはずだ。


 その為にも、俺は他者に頼るだけではなく、もっともっと強くならなければいけない。少なくとも自分の身くらいは満足に守れるようにならなければ。


 目の前のシュルツの西門を見上げ、俺は、この世界で小さな小さな覚悟を決めたのだった。


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