森の捕食者クィルン-上
諸々の準備を終えた翌朝。
朝露が草木に浮かび、顔を見せる日の光に当たってきらきらと輝いている。天気は快晴。準備も万端。すべてが旅立つ俺達を後押ししてくれる。
「よおし、行くか! このパーティ初の依頼だ、張り切っていこうぜ」
『おーう!』『キュー!』
ガルクスさんの発奮に一同は威勢よく応える。
今はおそらく朝の7時頃で、街にただよう喧騒は俺たちの声もどこかに運んでいってしまう。
パーティと言うのはハンターの協力チームのようなもので、ギルドで手続きを経ることで結成できるようになっている。やり方は簡単。各々が受け付けにギルドカードを提示し、職員にパーティ名を告げる。そして職員はギルドカードを手元で何かをしたと思うと、まばゆくカードが発光した後、それは持ち主に返却される。受け取ると自分のカードには横文字でパーティ名が記載されているといった感じだ。
ちなみに俺たちのパーティ名はまだ秘密である。なぜか。こっ恥ずかしいからである。
「キュッキュールルゥキュルルー」
キューはいたく上機嫌だ。リズムよくさえずる様子を見るに、楽しい楽しい遠足気分のようだ。このところ部屋にこもり気味だったので、さぞかし気持ちが良いだろう。
(たしか西門を出て半日で着くんだよな。ドゥール村って言うんだっけ。村人の人たち気さくだといいな)
俺たちが今日取りかかる依頼。クィルンの討伐依頼だが、それはシュルツ西へ大分歩いたところにあるドゥール村からの依頼だった。依頼主は村人複数人となっている。
「はっは、ついにこいつを試せる日が来たのだな。歳甲斐もなくワクワクするぞ」
サーベルを弄ぶシルフィの顔は、おもちゃを見つけた子供のようだった。
「私も練習の成果を試せるいい機会ね! ま、ディオンがいないから派手なことはできないけど、存分に暴れさせてもらうわ!!」
息巻くフィルドの横を歩くガルクスさんも、討伐依頼が久しいのか張り切っている。今日はこの二人が依頼達成の要なのだ。
勉強させてもらいます、と俺も続ける。
正直俺は若干及び腰だ。昨日までは随分と鼻息を荒くしていたが、いざ今日ですよ、となると期待半分不安半分なのだ。どうかそんな俺を腰ぬけとは言わないでほしい。
(魔法にしても、常時ウィンドステップも難しそうだよな。なんたって暴れる敵の前だし)
とはいえ、腕利きのガルクスさんがいるので危険は少ない。ガルクスさんの指示に従っていれば大丈夫だろうと自分に言い聞かせた。
***
シュルツの街の西門を抜け、そこそこ重い荷物を背負ってまっすぐ歩く。道は舗装されて歩きにくくはないが、慣れない防具を着ての行軍はなかなか疲れるものだ。
(やっぱり結構つらいよな……。持つもの持ってるしこれ着てるし)
今日俺が着こんでいるのは、シルフィとお揃いの「ベーシックレザーシリーズ」。フィルドやガルクスさんはさすがにもう少し上等なものらしいが、いずれにせよ最初の慣れるまでが辛抱なのだそうだ。
最初の1時間くらいが一番疲れた。なにせ、シルフィを含め前を行く面々は何でもないというふうにどんどん歩いて行くのだから。たまに気を遣ってガルクスさんがペースを緩めてくれるが、それでもきついことには変わらなかった。
「よし、休憩にするか」
そのガルクスさんの一言で行軍は小休止となった。
正直助かった。もう足が棒のようになっているから。
「やっぱり皆すごいね」
俺はハァハァと荒い息を漏らしながらうなだれる。ガルクスさんは依頼が久しぶりだと言っていたが、全く疲れた素振りがない。
「ま、今のところついてはこれるから大丈夫でしょ」
とフィルド。
疲れている俺を気遣ってか、ガルクスさんも励ましてくれる。
「そういうこった。急ぐことはないさ。こうして場数踏んでいけば自然と鍛えられる」
そうして15分ほど休憩した後、再び俺たちはドゥール村へと向かって行く。
足の裏などはすでに疲れ切っていたが、時間が経つにつれて段々と慣れていった。
「それにしても殊勝だな。ウィンドステップを使えば、紅の魔力ならいくらでも楽が出来るだろうに」
「そういえばそうよね?」
たしかにそうかもしれない。だが俺はまだまだ魔力制御が拙いのだ。
(それに魔法でごまかしてもね)
これから先、当面はハンターとして生計を立てて行くのだ。道中を歩くくらいの体力がなければお話にならない。だからあえて、しばらくはこうして体力を養っていきたい。
自分に、これはこの世界で生きていくための鍛錬だと言い聞かせて歩いていると、ふとシュルツの街で気になったことを思い出した。
「そういえば。シュルツの街で像がありましたよね? あれっていわゆる神像ですか?」
シュルツに来てから、街のあちこちに龍の像を見つけることが出来た。ブロンズできたものや木でできたものなど様々だったが、いずれもかなり古い時代につくられたような感じだった。
「あれはこの国の古いおとぎ話からきてるんだって。ねえガルクス」
「そうだな。俺の国にも似たようなものはある。いわく、人に力を授け守ってくれた龍なんだと」
「へ~」
日本にもいくらでもそのような話はあったので、内容については違和感を抱かなかった。やはりこの世界では龍がメジャーな生き物なのだろうか。
俺と同じく話を聞いていたシルフィが告げる。
「着いたようだぞ」
その声にウトウトしていたキューは目を覚ました。
***
ドゥール村はスラハ村より少しだけ開けた村である。楕円形の村の南東部に位置する泉は美しく生物の楽園で、湧き出る水は村の発展に多大に貢献しているらしい。
「そんな神の恵みの泉に化け物が出たんじゃよ。魚、灌漑とこの村は泉に依存しておる。なんとかしてあいつを倒してくれないかの」
村に着いて早々、俺たちは村人に村長宅まで連れられてきた。村人たちの俺たちへの待遇はすこぶる良く、今も軽食と果実ジュースをふるまわれている。
「もちろんだ。それで俺たちはここに来たんだからな、任せてくれ」
次にフィルドが詳しい状況の説明を求める。そうすると俺達をここまで連れて来てくれた年配の男性が対応した。
それによると。元々村は、泉をあてに作られたそうなのだ。村の外れから泉までは50mほどと目と鼻の先で、それゆえに余計にクィルンの存在は脅威なのだ。目撃されたクィルンは一匹。発見から一週は経ったが、未だに泉に居座っているらしい。幸い発見した者はすぐに逃げ出して大事はない。
「なるほどね。それなら対処しやすいわね。準備したら明日にでも火炙りにしてやるわ」
「おお、ありがたや……。よろしくお願いします。村にいるときは何でもさせてもらいます」
フィルドの心強い声に、村人たちは皆頭を下げて感謝の意を述べる。
「じゃあ今日は作戦会議ですね。念入りにやりましょう」
「私は今からでも良いぞ」
俺のあとにシルフィは平常運転で続く。本気なのか知らないが、俺は華麗にスルーを決め込んだのだった。
***
魚料理中心の豪勢な夕食をいただいたあとに、俺達討伐メンバーは明日の作戦について話し合う。ちなみにキューは大きい魚をそのまま貰っていた。
「さっきも言った通り、俺が主砲、フィルドが相手の撹乱を担当する」
「で僕とシルフィがサポートですね。シルフィは身体能力が優れているので全然問題なさそうですが、僕とキューは具体的にどうすればいいでしょうか」
俺はウィンドステップぐらいしかまともに使えない。すると撹乱担当のフィルドの手伝いぐらいか。でもただの邪魔になってしまいそうである。
(俺、何にも役に立たないんじゃ……)
「紅達には大切な役割があるわよ」
とフィルド。
さてなんだろうか?
「そうだ、実は紅が今回の依頼達成の要だ。クィルンは普通、数匹単位で行動すると言ったろう。今回発見されてるのは一匹で、おそらくそいつは、はぐれクィルンといったところだ。だが万が一ということもある。そこで紅達には空中から周囲の状況を見ててもらいたい。キューはともかく、紅はあれを使ってな」
盲点だった。
この先に控えるハンター試験に使えないからか、飛空魔法は完全に戦力外として頭の隅に追いやっていた。しかしここでその出番なのだ。
「なるほど! 上空ほど視界がいい場所はありませんもんね」
俺は皆の役に立てることに喜んだ。
なるほど確かに重要な役かもしれない。なにせパーティの安全は俺の手、いやホウキに跨る尻にかかっているのだから。
「そういうことね。シルフィは久しいとはいえ剣術の心得があるらしいから、今日からぶっつけ本番ね。お手並み拝見といったところね!」
「任せておけ。足でまといにならぬくらいには使える」
ゲームや小説だと、剣をまともに握ったことのない者がいきなり実践本番で活躍するが、現実ではそう甘いものではないのだ。俺は生まれてこのかた剣を握ったことは一度だってないので、当分はこうした補佐や簡単な支援くらいだろう。
(でも近いうちに)
作戦、フォーメーションを決め終えて談笑をする中で、俺はもっともっとパーティに役立てるよう魔法の練習を頑張ろうと思った。
大好物の魚を貰ってお腹一杯のキューも、心なしか明日の決戦に向けて胸を躍らせているようだった。




