忘却の達人と準備
リリシアさんは今日も元気だった。両手を前にそっと握りながら応対してくれる。顔にはまだあどけなさが残るが、それでもこうしていると年頃の立派な娘をおもわせる。
(はあ、どいつもこいつも美男美女ばっかりでうらやましいこと)
写真で見ればドキがムネムネするほどお顔がよろしいリリシアさんだが、目の前に相対してみると情けないくらい卑しい考えが浮かんだ。
「今日は依頼のお仕事ですか?」
「そうだよ。討伐依頼をこなそうと思うんだけどね。あっ」
敬語を使うのを忘れていた。同郷のせいもあるのだろうが、不思議とリリシアさんは親しく話せる雰囲気をもっているのだ。
「いいですよ、敬語は使わなくても。私は勤務中ですのであれですけど」
「ハハッ!」
俺は、ドキッとした。
たった今、俺はリリシアさんを全く意識していないと言ったが、優しく微笑みながら小首を傾けるのは反則だ。きっと今の俺は赤面しているだろう。
「あ、依頼ですよね? ごめんなさい、すっかり忘れてました」
僕も忘れるのは得意ですよ、とまた今度は敬語で冗談を言うと、二人でクスクスと笑い合った。
そして本題に入る。
親切に依頼の概説をしてくれるリリシアさんのおかげで分かったのだが、討伐依頼というのは受け手がなかなかいないのだという。特にC以上になると対象となるのは化けものなのだとか。それゆえに、例え相応の実力があったとしても、他の安全な依頼を受けて細く長く収入を得たいというのがハンターの本音らしい。それを聞いてなるほどなと思った。
「へぇ、すごく勉強になります。ところでベルマーとヴァルグはどのくらいの難易度なんですか?」
俺はふと気になったことを聞いてみる。
「ベルマーは普通はD相当ですね。でも紅さんが倒したくらいのものとなると、Cが妥当でしょうね。十分、強敵です。そしてヴァルグは正真正銘の化け物です! 堂々のAランク相当です!!」
聞き入る俺以上にリリシアさんは興奮する。明らかに語尾に気合が入っている。
(前もそうだったけど、リリシアさんは化け物についての話だと燃えるよな)
同時に俺はよく命拾いしたと思った。ベルマーはともかく、ヴァルグはAランク相当だというから、自分でもさぞ運が良かったと痛感する。シルフィがいなければ、謙遜ではなく今頃、手頃なハンバーグにされていたことだろう。
その後もリリシアさんの説明を耳に刻む。それによると、ガルクスさんがBランク、フィルドさんがCランク、そして俺たちがDランクなので、通常はCランクまでの依頼を受けられるという。パーティの真ん中のランクが基準らしい。
「よくわかりました。で、リリシアさん的にはどんなのがおススメなんですか?」
「そうですね~、私も依頼掲示板のすべての内容を把握している訳じゃないですからね。なにせ毎日更新されるので。ただ討伐依頼というと大体は覚えていますよ。えっと、初めての依頼ですし、D相当のクィルンなんていいんじゃないでしょうか」
クィルンとはDランク相当の立派な魔物である。例えるなら巨大カエル。基本的に鈍重な性格だが、跳躍力に優れ、なおかつ丸飲みされたらおしまいという恐ろしい生物だ。
ただCやBランクの腕前のハンターが一緒であれば、途端に討伐難易度は下がるという。毒も無いし、ノロマな性格を利用して翻弄すれば無傷も容易なのだとか。
「毒がなくてノロマなら最初の討伐依頼にうってつけですね」
「そうですね、あとはガルクスさんの話を注意して聞けば大丈夫だと思います。当然、経験があると思いますので。成功をお祈りします!」
俺たちは両手でがっしりと握手を交わした。リリシアさんの小さな手は、ほんのりと暖かかった。
***
俺は清々しい気持ちで皆のもとへ戻る。途中、長話をしていたせいか、並んでいた他のハンターに睨まれたが、いつもの位置にキューがちょこんと乗っているのでそれ以上のことはなかった。
「あ、ガルクスさん遅くなりました。そっちはどうでした?」
席につく一同のうちのガルクスさんにうかがう。
「おう、決まったしもう受けてきたぞ。お前が女にうつつを抜かしている間にな!」
「そうよ、汚らしい」
「いやいや誤解ですって。ただリリシアさんが親切なだけなの」
唯一シルフィだけは俺の味方のようだ。一応腕を組んではいるが、テーブルの上に置かれた依頼内容に見入っている。
そして、偶然にもガルクスさんが受けた依頼は先のクィルンのものだった。
どれどれ、と冷やかすような二人の目線を避けてそれを見ると、報酬金は金貨13枚とある。なるほど討伐依頼はハイリターンのようだ。今日はディオン君がいないので、4人で割っても1人頭で金貨3枚ちょっと。日本円換算だと日当3万だ。リスクは高いが、かなり高額な金額だ。
そこでシルフィが顔を上げる。
「で、こいつをどうやって殺るんだ? 私はコイツを知らんぞ」
「今回は私が陽動するわ。それでガルクスが主砲ね。二人はのちのち動きを説明するわ」
さらにガルクスさんが続く。
「そういうわけだ。この依頼は二人、いや二人と一匹にとってデビュー戦だからな。とにかく空気に慣れてもらうことが目的だ。くれぐれも無茶はするなよ」
『わかった』『わかりました』『キュー!』
威勢よい返事が聞こえた後、他にも少し話をしてからギルドを出る。
古都シュルツは今日も喧噪に溢れている。雑然とした雑食文化ではなく、街を中心としたひとつの共同体という雰囲気だ。古都であり名地、それがシュルツなのだ。
そして一度俺たちは準備のために宿へ戻った。シルフィとフィルドが仲良く俺達をけん引するので、いつもよりかなり早く宿に着いた。
「あら、来たようね。お客さんよ」
『ん?』
ふくよかな宿の女将さんの隣には、ひときわ豪華なローブを着た男が立っていた。
「いやあ、遅くなって悪かった。早速だがこれが代金だ。遅れた分少し色をつけてある」
覚えているだろうか。
スラハ村で巨大ウィンドフィッシュを釣り上げた日、持ちよったギルドの中でその場でそれを商人に引き渡した。あのときの商人なのだ。
「あ、あーッ! これまた忘れてました……。僕としたことが」
俺はあまり関心がないことはすっかり忘れる癖がある。金にも当時全く困っていなかったので、それで忘れてしまっていたのだ。
ずっしりと重い装飾がなされた革袋を開けると、大量の金貨がその中に収められていた。
予想以上の量に、俺たちはしばらくあっけにとられていた。
***
「これだけありますもんね。道中の軍資金は心配いらないですね」
華やかな文様の革袋に入っていたのは、金貨の山だった。合計100枚。これほどの量はヴァルグ事件以降2度目だ。
そして。
すでに王都にとんぼ返りした商人は、もうひとつ、いや一枚の上等な紙を渡した。なぜ上等だと分かったのか。それは手に持ったときの質感だ。今まで感じたことのない心地よい質感だった。
「まさか本当に王族のもとへ届けられたとはな。俺の人生の中で一番の驚きだ」
そう、ガルクスさんの言う通り、あの巨大ウィンドフィッシュは遥か王都の王族に献上されたのだ。あの商人からある貴族を経由し、王族まで辿りついたようだ。王族の誰とは具体的は教えてくれなかったが、ウィンドフィッシュの代金にかなり色をつけてくれ、そしてこうして王族の印が入った証書をよこした。この証書があれば王都ではかなり融通がきくとの意も込められていると聞いた。
異世界人の俺はともかく、他のメンバーはシルフィを除いてたいそう驚いていた。特にフィルドは初耳だったので目ん玉が飛び出そうな勢いだった。
「さすが私が見込んだ(・・・・)奴なだけはある。潤沢な軍資金のおかげで、私の装備も揃いそうだな」
とシルフィ。
今は宿屋の男衆の部屋で皆たむろしているのだ。幸い依頼の期限には余裕があるので、細かいスケジュールの確認、装備の確認をするつもりだ。
(自分の装備だけ整えて喜んでたけど、シルフィにだって装備は必要だもんな。怪力の神様とはいえ不死身じゃないんだから)
魔力を消耗すると同時に精力も消耗したきり。これが何を意味するかを理解するのは簡単だった。神様といっても外見通り人間なのだ。血肉はあるし心もある。目的もある。立派な人間であろう。
その日と翌日を使い準備を整えると、俺たちはついに、記念すべき初陣へと向かったのだった。




