ハンターと騎士団
ウィンドスローを練習して2日経った。しかし未だにコツがつかめず、成果は皆無と言ってもいい。
「いや、魔法の制御は少し上達したけどね」
鏡の前で、眠いまなこを擦りながらせめてもの言い訳をする。
一昨日、昨日と散歩に行く以外は、ほぼ魔法の特訓をしていたのだ。それだけに成果がないと愚痴りたくもなる。
(まあ急いだって仕方ないよね、魔法は)
俺は顔を洗い、自分の部屋へとトボトボ戻る。
そろそろ単調な練習にも飽きてきた。
「戻りました、ガルクスさん」
「おう。ん、顔色浮かないな?」
なんでもないです、と断ったが、ガルクスさんは顎に手を当てて考え込む。そして顔を上げる。
「よし、今日は依頼を受けて仕事こなすか!」
「依頼、ですか?! 僕Dにもなってまだ一度も受けたことがないんですよ、大丈夫ですかね?」
「俺がいるから心配無い」
ガルクスさんの行動は早く、財布を持つと素早くドアの方へ歩いていく。
そして振り返り俺に向かってこう言う。
「まずは防具を買う事からだ。武器は買ったが防具は買ってないだろ?」
「あッ」
そうして俺たちは今、朝の街を歩いている。
俺はこの世界に来てから随分と早起きになり、遅くとも6時には目が覚める。なので早朝の街はひっそりとしていると思っていたが、全然そうではなかった。
街道の中心で馬車に揺られる商人とすれ違う。1台や2台ではなく何台もだ。バスケットを片手に朝日に向かって歩く女性たちともすれ違う。街道沿いの店も威勢よく声を発している。そう、街は昼間と謙遜のないくらい人がいるのだ。
そんな光景に感心しながら俺たちは武具屋へと向かう。途中、駐在する兵士の姿が多く気になったので、前を行くガルクスさんに聞いてみた。
「あの兵士さん達ってここの街を守ってるんですか?」
「そうだぞ。ここは辺境の第1騎士隊の管轄だな。だからあいつらはそこの騎士だ」
「おぉ、騎士ですか!!」
眠そうな感じから一気に目を輝かせる俺に、ガルクスさんは騎士についての概要を教えてくれた。
「騎士には騎士団っていう団体がまずあってな。王立騎士団と辺境騎士団に分かれる。王立騎士団はその名の通り王都を守ってる連中だ。辺境騎士団はこことか王都以外の場所を守ってるやつらだな」
「へぇ、守ってるって人民をですか?」
「そうだ。主に犯罪や人災とか情報収集を担当してるんだな。ほとんどが人間相手だ。俺らハンターが魔物を相手しているのと反対っつうわけだ」
俺はなるほど、と漏らした。
他にも王立騎士団と辺境騎士団のどちらが強いのかを聞いてみた。すると、騎士団というのは一番大きい枠組みなので一概には言えないそうだ。ただお育ちがよろしい者は王立騎士団に多いのだとか。
着いたぞ、というガルクスさんの声を聞き、俺は思考を現実に戻したのだった。
***
「うわー、素敵なお店ですね!! 思ってたのと全然違いますよ」
中央街道を1本抜けたところにそれはあった。
武具屋と言えば無骨な石造りの建物で、いかめしい顔をしたジジイがパイプをふかしているイメージだった。しかし見事に正反対だった。鮮やかなレンガ色の建物で、洒落た赤の意匠のドアを開けると、明るい照明の部屋に整然と武具が飾られている。壁に立てかけているもあれば、その上に飾りと共に吊られているものもあった。防具はほとんど革製なので、照明の不快な反射を感じることはなかった。
いらっしゃいませ、というお姉さんに迎えられて店内を物色する。
売り物の横には木の立て札が備えられており、結構良い額のリルが記載されている。
「なにかお探しでしょうか?」
お姉さんは気の良さそうな表情で俺たちに話しかける。
店内には俺たち以外にも数人客がいる。
「こいつの防具一式を買おうと思うんだがな。おそらく上はオーダーメイドになるだろうから、下と頭と腕のいいのを紹介してくれ。値は多少高くても構わん」
「かしこまりました!」
お姉さんはスタスタと奥の方に戻っていった。
俺はそれを見ながらガルクスさんに聞いた。
「あの、やっぱりというか武具ってお高いんですね……。お金ダイジョブですか?」
「ハハ!! 心配するな! 俺もBランクの端くれだ、パーティの食いぶちくらいは稼げるさ。それに金の大半は紅達のもんだろ? なら遠慮は無用ってこった」
ガルクスさんは、なんでもないという顔で言う。
たしかに金には当面困っていないし、防具となると必要経費なのだろう。どの道、捻出しなければならない。ノルバーヌをギルドに引き渡して余裕もある。
とはいえ本当にお値段が張るのだ。安いものでも一式3万リル。普通の服と一緒にするのもおかしいが、普通クラスのものとなると10数万リルもするのだ。
間もなく店員のお姉さんが戻ってきた。
「あちらなんてどうでしょうか? 僭越ながら、そちらの方は駆け出しのハンターさんとお見受けします。ですから軽くて扱いやすいあれがおススメです」
『どれどれ』
お姉さんの指さす方向には、「ベーシックレザーシリーズ」という装備が壁につるされている。お値段は98000リル。末尾にはフォーストというマークがある。
「ほう、フォースト製か。そりゃ間違いないな。セットみたいだが、紅どうする?」
「う~ん」
しばらく俺は考える。
(たぶん、ガルクスさんが言うんだから品質は何の問題も無いんだろうな。上だって、肝心のナイフの投擲も当分期待できないし、万が一できるようになってもあとあと改良すればいいよね)
「じゃあそれ買います」
「ありがとうございます! 特典もお付けしますね。ではこちらにお越しください」
俺たちは満足げな表情で会計を済ませ、装備を二人で持って店を後にした。
***
「いやー、こうやって一式買っちゃうと、実際に使ってみたくなりますね!」
「だろう? そこでお待ちかねの依頼ってわけだ! 皆集めて行くぞ」
「はい!」
俺はすっかり元気になっていた。買い物にはストレス解消効果があるというのは本当らしい。魔法の練習のことなど、どこかに消えていってくれた。
「ああ、そうだ。ディオンの事なんだけどなぁ」
「え、はい」
唐突にガルクスさんは切り出す。何事かと首を傾けて窺っていると、別に何でもないというふうに言った。
「今年あいつが15になることは知ってるよな。それで騎士団に入りたいんだと」
(騎士団って、さっき言ってたその辺を守ってる治安組織のことだよね)
「なんで、また」
「あいつは優しい子だからな。ちょこちょこモンスター相手に神経をすり減らすのは苦手みたいらしい。薄々俺も気づいてたんだが、騎士団に入るってのは全くの初耳だ」
「なるほど」
ディオン君はたしかに心やさしい少年だ。それに謙虚でもある。出会って間もないとはいえ、ガルクスさんの昔の仲間だし、素直に応援したいと思った。
「いいじゃないですか。あの年でCランクって言うのも珍しいんですよね? なら才能は折り紙つきですよ。僕は応援します」
Cランクになるのは、凡人だと少なくとも数年はかかり、しかも一生そのランクで終わることが多いのだとか。だとすれば、15でCランクのディオン君は神童ともいえる少年なのだ。
「ま、急ぎじゃないんだけどな。ハンター試験と騎士団の入団試験はうまく間が空いてる。今の実力でも辺境騎士団なら問題なく受かるだろうしな」
ガルクスさんは続ける。いずれにせよ、俺たちのハンター試験が終わってからで十分であると。
その後もディオン君の話をしながら宿に戻っていった。
***
「で、何の依頼を受けるの? 依頼って言っても色々あるわよ」
フィルドが目をキラキラさせて問いかける。
そう俺たちは今、ギルドにいるのだ。
あのあと寝坊を決め込んでいるシルフィをたたき起し、顔を洗っていたフィルドを後ろから脅かしてやった。フィルドには変態呼ばわりされて部屋まで耳をつねられたが、今日は依頼をこなそうと持ちだすと、すっかり機嫌を良くして今に至る。
「私は至福の時を邪魔されたのだからな。そのへんの雑用では許さんぞ」
と髪がぴょんぴょんはねているシルフィが言う。シルフィはまだご機嫌斜めだ。
そこへガルクスさん。
「それは心配いらんぞ。なんたって紅達の試験の特訓が目的だからな。ここはハンターの花形、討伐依頼をやろうじゃないか」
『え、本当?』
フィルドはともかく、シルフィがすっかり顔を綻ばせて詰め寄る。ちゃかっとサーベルが音を立てているのは気のせいだと思いたい。
「て言っても僕達Dですし、キューも闘いはそんなに得意じゃないみたいですよ」
わかってる、とガルクスさんは唸る。そしてすぐに依頼掲示板へとつかつか歩いて行った。
(ガルクスさんだけに任せておくのは悪いよな)
そう思い、俺は受付で手を振っているリリシアのもとへと向かった。




