魅惑のハンター試験
ガルクスさんとフィルドも混じり、昼食は大賑わいとなった。久しぶりに再会する仲間が混じったことで、いつもよりも二人とも饒舌だった。
(やっぱり食事は皆で食べると美味しいな)
俺は肉を食べ終え冷水をすすっている。お腹に感じる満腹も心地よい。
その間にも話は盛んに交わされる。
「あいかわらず細っそいけど、元気にやってたみたいね」
「うん」
「俺はホント久しぶりだもんな。あれから1ノルは経ったか。身長伸びたんじゃないのか?」
周りからは家族にも見えるだろう。ハンターとして、各地で苦楽を共にしてきた者同士というのは、これほどまでにお互いを想い合うようになるのだろうか。
(俺もこのくらい皆と打ち解けられたらな)
この世界に着た直後に出会ったガルクスさんはともかく、シルフィやフィルドとは本当に最近出会ったばかりなのだ。キューもそうだ。これからこの地でさらに仲良くなりたい。
「まあ伸び盛りの頃だからな。なに、これからもぐんぐん伸びるさ」
シルフィもディオンの明るい未来を照らす。
童顔なディオンだが、顔立ちは整っているので将来有望だ。
(おっと……)
あやうく負のスパイラルに陥りそうになった所で、俺は今後の見通しについて皆に聞くことにした。
「今日はゆっくりするとして、明日からどうします?」
一同は会話をやめ、俺にふっと注目する。そしてなぜかフィルドが声を荒げる。
「何言ってんの! 試験の特訓に決まってるでしょ?」
そうだ。自分のことながらまた忘れていた。無理もない、ハンターのランク昇級のメリットが、いまいにち理解できていないのだから。
前にリリシアさんにランクの説明を受けた。それによると、Cで一人前、Bで腕利き、Aで達人クラスなのだそうだ。Sはともかく、何かランクが上がることでメリットがあっただろうか。
「あの、試験に受かったとして、なにかメリットってあるの?」
「あるぞ。まず受けられる依頼が新しく解禁されて稼ぎが増える」
「それに税も一部免除されるんですよ。C以上ですけどね」
ガルクスさんとディオンの言葉に、思わずへぇ~という声が出た。受けられる依頼が増えて稼ぎが増えることは、ハンターにとって嬉しいことに違いない。
(免税って、税あるの?)
しかしこれは納めろと言われたら納めればいいのだし、話が脱線しそうなので聞くのは止めておいた。
シルフィも興味がありそうな顔をしている。
「なるほど、じゃあ受けた方がいいね。詳細教えてください!」
金に目がくらみ、俺は積極的に試験のことを聞き出すのだった。
***
「へぇ、じゃあこちらは魔術、シルフィは近接の方なのね」
「そうよ」
1ノルに2度行われるハンター試験。ハンターと言っても依頼の種類は豊富だが、試験はハンターの花形である討伐を見据えて行われるらしい。Cランク以上になるには受験が必須で、魔術種と近接種に試験が分かれるそうだ。近接種は文字通り試験官とのガチバトル(ただし刃引き)、そして魔術種は並み居る試験官の前での魔法行使。試験官の過半数の了承で晴れて合格となるようだ。
「そりゃ見てて面白そうだね」
「だから紅さんが受けるんですって!!」
それはともかく、なぜシルフィが近接種で受けるか。
「ほう、では紅の言う通り、私は魔法を使えないので近接種での受験となる訳か。剣を握るのは久しぶりなので特訓が必要だな」
そう、一応シルフィは上級まで魔法が使えるらしいのだが、いかんせん魔力を消耗してそれっきりなのだ。
(でもそれもおかしな話だよな。魔力って空気中の粒のことだろうに)
順番待ちの客が増えてきたところで、食事を終えた俺たちは食堂をあとにする。
俺はシルフィとキューを除いた皆に、積もる話もあるでしょうから、と言って気を遣って別れた。半日くらい久しぶりに一緒に過ごしたいだろうと思ったのだ。
また俺とシルフィとキューだけになった。今日はこれからもう予定が無いが、自然と話が試験の方向へと向かう。
「特訓って言っても、具体的に何をすればいいんでしょうかね。そういうのとは無縁だったので」
一応ウィンドステップと飛空魔法は使えるが、まだまだ拙いしそれ以外のバリエーションがない。魔術種の受験では攻撃魔法がひとつなければ厳しいとのことなのだ。
「攻撃魔法がほぼ必須と言っても、100%という訳でもないのだろう? トラウマでそれが使えないとなると、派手な他の魔法を使うしかないかもな」
「なに、無理をすることはない。トラウマというのは時間が解決してくれるものだ」
シルフィがやさしい言葉をかけてくれた。不思議とそれには人を信じさせるものがあり、改めて神様なのだなと思った。
とはいえ時間ももうあまりない。日数にして20日少ししかないのだ。ひとつの魔法の習得に1年もかかるというから、本当に切迫していると言える。
(他の魔法を覚えるにしてもなぁ、難しそう。飛空魔法は目立ちすぎるし、あとはウィンドステップしかないか)
しかし肝心のウィンドステップも、スピードこそピカイチだが制御が拙い。そこを目が肥えている試験官に見抜かれぬはずがない。
やはり、あともうひとつ光るものが欲しい。継続してウィンドステップを練習した上で、あっと驚くような目を引く魔法を習得するのだ。
「あッ!」
そこで俺はひらめいた。胸に何丁も仕込んであるナイフ。それは今回利用せず、いつ使うのか。
「今でしょ!」
「キュイ?!」
「なんだ、なにか思いついたか?」
林●先生のお言葉通り、ナイフを利用するのは、まさに今なのである。
「風の汎用魔法に投擲能力を高めるのありましたよね? えっとー、ウィンド、ウィンド……」
「ウィンドスローのことか?」
「それです!!」
キューにいきなりの奇声を謝罪しながら、俺はシルフィの講義に耳を傾けた。
***
ウィンドスローとは、風の汎用魔法に属する投擲能力を高める魔法だ。発動すれば飛距離は大きく伸び、投擲物の軌道の制御も少し簡単になるという。ウィンドスローは初級魔法なのであまり大きな効果は期待できないが、それでも極めれば有効な魔法となる。
という話をシルフィから聞いた。
今俺は宿屋に戻り、自分の部屋で精神を集中させている。
偉大なる魔法使い(・・・・)の俺は世界と同化中。ヨガで言えば半蓮華座のポーズで絶賛瞑想中なのだ。
「だめだこりゃ」
そう吐きだすと、俺は早くも諦め、たまらず大の字に寝っ転がる。
そして、まずは形から、ということで調子をこいてしまった。
(やべ、足痺れた……)
あえなく俺の精神統一は失敗となる。とはいえ、経験上、魔法を習得するにはなるべく五感をシャットアウトした方がいいのだ。
そこでだらんと全身の筋肉を緩める。緊張していた下半身の筋が伸ばされ、みるみる全身がリラックスされていく。
(シルフィは腕で投げずに腕で投げろって言ってたよな。なぞかけじゃないとなるとどういうことなんだろ)
よくあるのは、ラケットをスイングするときに、腕だけで振らずに腰を使って振れというものだ。しかしそれとも少し違う。あくまでも腕で投げなければならないのだ。
いくら考えてみても意味が分からない。球を投げるのは得意な方だし、頭で考えず体で感じろということか。
全身ゆるまった身体をむくっと起こす。そしてゆっくりと立ち上がると、足元に転がっているナイフを拾い上げ、おもむろに投げるポーズをする。
……。
ナイフには革のカバーが付いているので音はしなかった。かわりに、腕をすっと振り下ろす音が聞こえた。魔法もすっとできるようになればいいのに。
と、そこでガルクスさんが帰ってくる音がした。
「ただいま。お、魔法の特訓中か?」
精が出るねぇと続けると、ガルクスさんは腰をかけて俺の練習に付き合ってくれた。キューも食後の惰眠を堪能したようで、俺の肩にひょいっと乗ってきた。
「シルフィがですね、ウィンドスロー、風の投擲魔法をマスターするには、腕で投げずに腕で投げるのが大切だって言ってたんです」
「ほう、そりゃ俺も思い当たる節があるぞ!」
「ホントですか!!!」
藁にもすがる思いでガルクスさんに詰め寄る。ガルクスさんは彫りの深い顔をさらに深くして考えていたが、しばらくするとスッキリとした表情で打ち明ける。
「スマン、わからん!」
1人と1匹は盛大にずっこけた。




