到着と再会
シュルツの街には3日で着いた。意外と早かったが、馬車での移動と舗装された道のおかげのようだ。
見上げるような城門をくぐりぬけ、俺達はシュルツの街へと入る。城門には槍を地面に突き立てた門番が控えており、それに俺は戦々恐々とした。しかし俺たちがハンターだと知ると、途端に顔を緩め、快く応対をしてくれた。
「ガルクスさん、門番の人どうしてあんなに感じが良くなったんですか?」
「それはな。ハンターってのは危険な仕事だが、それゆえに色々治安に役立つんだ。近くで魔物が出没すれば絶好の出番だし、ちょっとした混乱が起きても腕利きのやつなら黙らせられる。そういうこった」
なるほど、ガルクスさんくらいの腕利きならかなり役立つだろう。
(あれ、でも治安の維持は警察とか、そういう組織の管轄じゃ?)
隣の商人に聞いてみると、それはですねぇ、と教えてくれた。
この世界、いやこの国では、騎士団という組織が存在するらしい。王都を中心に王立騎士団、辺境騎士団が担当区域に駐屯し、治安の維持に尽力しているとのことだ。
「で、ですね。こりゃぁ豆知識ですが、騎士団には魔術団と通常騎士団がありやしてね。主に騎士団と言えばぁ通常騎士団のことですが、ここの街にも騎士さん方が駐屯してやすよ」
「勉強になります」
魔術団という響きに魅力を感じたが、いずれにせよ、このさき騎士団の方々にはお世話にならないようにしようと思った。
「ではここでお別れです。道中楽しかったでさ」
こちらこそ、と俺たちはお辞儀をすると、荷物を預かった後、商人は手を振りながら馬車で人ごみのなかへ消えていった。
「で、どうする? まず宿を探す?」
とフィルドが皆に聞く。
「そうだな、まずはギルドに出向こう。それから少し休憩したら、宿を確保した後にその辺散策するか。あ、ディオンのやつにも会わないとな」
「それはいいな」
ガルクスさんの言葉にシルフィが頷く。俺もそれに賛成した。
俺達4人は街道を歩いていく。
家は赤褐色のレンガでできており、所々風化して古都を想わせる。しかし活気はとてもあり、往来が激しく色々な人たちとすれ違う。馬車を走らせる商人はともかく、自慢の装備で武装する人たちも多い。
(うわぁ、あの人なんか、あんなにでかい剣を背負ってる。ひぇー)
今までの道中でも思い知らされたが、さすがにこれだけ武装した者が多いと面喰ってしまう。まさに異世界だという感じだ。
ちなみに、この国の人たちは総じて顔の彫りが若干深い。
ガルクスさんはグレーの髪を生やした、彫りの深いナイスガイだ。体格も頗るいいし、家事も万能ときた。絶対にモテる。多分。
フィルドは彫りは深くはないが、ぱっちりとした利発そうな目、そしてシュッとした鼻の下の控えめな口元。日本にいれば10人中8人は美人だと言うだろう。鮮やかな赤色の髪もその凛々しさを際立てている。
シルフィは神様なので、容姿もクソもないかもしれないが、相変わらず顔立ちが整っている。フィルドをより凛々しく、はかなげにした感じだ。横顔は哀愁に満ち、異性の同情を買うこと間違いなしである。
問題は俺だ。
正直言って土下座したい。日本にいるときは親には良い顔だと言われたが、鏡を見ると、どう見てもいいとこ中の下といった感じだ。過小評価ではないと思う。少なくとも他の面子の中に混じっていると申し訳ない気分になるのだ。
(やばい、せっかく街についたのにネガティブになってきた)
俺は神の理不尽な仕打ちをそっと胸に仕舞うと、ただ無心でギルドへと歩みを進めていった。
途中、釣り竿を持った俺は、武装をきめこんだガラの悪そうな男にぶつかってしまった。俺は胸元をつかまれて凄まれたが、ガルクスさんがひと睨みすると、気をつけろよという言葉を最後に男はどこかに消え失せていった。
「着いたぞ!」
ガルクスさんが俺たちにギルドへの到着を知らせる。
これまた年季が入った大きな建物に、俺たちは一人ずつ消えていった。
***
(すごッ……)
スラハ村とは違って意匠がなされたドアを開くと、そこは、圧巻だった。
まず広さ。スラハ村のギルドの5倍以上はある。数百人は余裕で収容できそうな広さである。
そして埋め尽くす人、人、人。席はほぼ満席で、入口付近のグループたちは俺達をなめつけるように値踏みしている。奥の依頼掲示板にも、依頼を吟味するハンターたちがひしめいている。
極めつけはカウンターの広さである。長さと言った方がいいか。10mくらいもあり、それでも弧を描いてテーブルが伸びている。
カルチャーショック。まさにそれだった。
放心する俺の前で、ガルクスさんが問いかける。
「俺は受付でこの辺の情報収集してくるよ。お前たちはどうする?」
「私は依頼を一通り見てくるわ。シルフィあそこに座って場所取りしてくれる? 終わったらそこに行くから」
「わかった」
そして俺はひとり取り残される。
ガルクスさんは受付に並んでしまったので、そこらじゅうにたむろする怖いお兄さんに絡まれても、今回ばかりは誰からも助け船はないのだ。
(え、うわっ!)
さっそく、右前のテーブルに座るお兄さんに絡まれそうになると、受付の方から、見知った声の女性に話しかけられた。
「おーぅい! 紅さん、私ですよ!!」
こっちこっちと元気のいい受付嬢に促され、俺は一番端の受付テーブルまで小走りで向かった。
テーブルの向こうには、可愛らしい服を着たリリシアさんが立っていた。周りの視線を気にしながらも、俺はなぜここにリリシアさんがいるのだろうかと考えていた。
「ねぇって! 聞いてます?! お久しぶりですぅ!」
「あ、はい、どもッ!」
俺は何故かビシッとリリシアさんに向かって敬礼をしてしまった。
周りの視線が引いたところで、リリシアさんはギルドカードを見せるように俺に言った。ギルドカードは簡素なもので、いくつかの項目が横書きで並んでいるだけだ。
「そう、Dでしたよね、ヴァルグを倒して。なかなか免除される人なんていないんですよ?」
「あは、あれはシルフィ、仲間がいてくれたおかげですよ。それにしても、なんでリリシアさんがここにいるんですか?」
リリシアさんは、ここにいちゃダメですか、とプクっと頬を膨らませると、ここに来るまでの経緯を簡単に説明してくれた。
なんでも、スラハ村での成果が認められてこのシュルツに出向となったらしい。今は仮就業中で、しばらく働いて問題がなければ晴れてここの職員となるようだ。
「へぇ、すごいじゃないですか! ああ見えても、やり手なんですね」
「ああ見えてってどういう意味ですか?! まあいいです。ここは職員の花形ですからね、私としても誇らしい一心です!」
(たしかにここすごいもんな、俺も頑張らなきゃ)
「僕はハンターになりたてなので、色々手取り足とり(・・・・・・)教えてくださいね。依頼を受けるときはリリシアさんのところに行くんで」
「はい! 任せてくださいよ」
リリシアさんは胸をとんっと叩いて、任せなさいというような表情だ。その拍子に金色のショートの髪がサラっと揺れる。
髪の色について。
スラハ村でリリシアさんに会ったときは、髪を金色に染めているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
それはこのシュルツの街にきて確信した。街行く人々のなかにかなり金の髪をした人たちがいるのだ。日にまばゆく自己主張する金色は、どう見ても染め上げたものではなく、根元から天然のものだった。
そして目の前のリリシアさんも同様である。まじまじと髪を見ると、根元からくまなく金色なのだ。
「ど、どうしました?! 私の髪、何か付いてます?」
そう言うリリシアさんは、慌てて髪を自分の手のひらで撫でる。
そこで俺は後ろからフィルドに耳をつねられた。
「なに真昼間からナンパしてんのよ。いくわよ」
「はい」
手を振るリリシアさんに俺は手を振り返すと、ずるずるとフィルドに床を引きずられていった。
***
引きずられていった先には、シルフィと共にガルクスさんが座っていた。
「おう、遅かったな。ちょっと話したら宿探しに行くぞ」
それから一同は席につき、ギルドから得たシュルツ近辺の動向について話し合う。
現在、特に目立った事案はなく、シュルツはいたって平和だという。昨年のギルドの招集によって近くの魔物の巣を壊滅させたことが効いたらしい。
「まあだから当分危険はないだろう。パーティの連携を図るって意味じゃ最適と言える。情報は当分俺が一元化するから、なにか聞いたら俺にも教えてくれ」
『わかった(わ)』
そのあと、俺達は手頃な宿屋を探し当て、当分の資金を主人に渡し寝床を確保したのだった。




