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異世界情調紀行<凍結>  作者:
風の国編-風の街シュルツ
30/46

シュルツへの道程-上

 あのあと、アケト村にはもう1日宿泊し、その翌日に村をたった。パノマ君はアケト村にもう少し滞在するようなので、今朝になって別れた。


 そんな俺達は今、馬車に揺られている。


「へぇ、旦那さん方、腕利きのハンターなんで」

「ははっ、腕利きはどうかな。ハンターになったばかりの面子もいるからな。そこの二人だ。それでしばらく、シュルツの街を拠点にして依頼をこなそうと思ってな」


 馬車の中で商人とガルクスさんが会話する。


 実は昨日、シュルツの街に行くという商人に出会い、好意で俺たちも馬車に乗せてもらうことになったのだ。大量のドライフルーツもあるし、徒歩だとシュルツに辿り着くまで5日程もかかるというのもあって、ありがたくこうして厄介になった。


 商人はきさくな人柄で、すぐに俺たちと打ち解けた。特にガルクスさんと気が合うようで、先ほどからしきりに話をしている。


(案外馬車って揺れないんだな)


 俺はそう思って馬車の走る地面を見ると、それもなるほど頷けた。さすが風の国の2番目の都市であるシュルツへ続く道だけはあり、かなり手間をかけて整備してあるのだ。スラハ村のように石が敷き詰められているのではないが、土の地面がほぼ水平にならされている。


「この辺って魔物は出ないの?」


 俺は外の景色を窺いながらフィルド達に聞く。


 馬車の外は森が深く、木々の間には多種多様な植物が繁茂している。シダ植物がこの辺にも多く、背の高いすらっとした木を縫って生える。


「いないことはないだろうけど、道沿いなら出ないと思うわ。出たとしても弱いのね」


 その言葉に俺はほっと胸を撫でおろした。魔物との遭遇はどれも衝撃的なものだったから、少しだけ過敏になっているのだ。


「出たとしても望むところだな。こいつを試すのにちょうどいい」


 サーベルをとんとんと叩きながら、シルフィは物騒なことを言ってくる。


 出立のときにもその辺の草で試し切りをしていたが、やはり肉が格好の対象だということなのだろうか。


(おお怖っ!)


 そこで一行は、お楽しみのおやつタイムとなった。


 肝心のおやつの内容はというと、祭りで貰ったドライフルーツ、それと商人が持ちよった焼き菓子である。ドライフルーツを携帯用の皿に盛ると、商人は目を輝かせる。


「いやあ、ありがてぇ! これ高くてなぁ」

「馬車のお礼だ。紅も好きなだけ食えと言ってる」


 ガルクスさんの言葉に俺は頷く。

 

 ちびちび食べるよりも、こうして人と話しながらつまむ方が、何倍も幸せなのだ。


 美味しいものを食べて皆ご機嫌になった所で、俺は誰にというわけでもなく聞いた。


「そういえば、この風の国ってどういう国なんですか?」


***


 風の国。それは大陸にある4国のうちの1国の名である。


 大陸は平行四辺形型で、風の国はその北西に位置する国。東は水の国、南は土の国に隣接し、温暖な気候が特徴だ。


 そして国の中央部には王都がおかれ、そこがこの国の統治の中枢だという。


「前から疑問に思ってたんですけど、王都って王が治めてるんですよね? こう、絶対的な存在なんですか」

「そういうわけでもありやせん。貴族共がしのぎを削ってるんで。当代の王はお人よしと言われてやすからねぇ、けっして無能ではねぇんですが、色々とご苦労をされているようで」

「なるほど」


 他の3国についても聞いたが、土の国以外は王政だそうだ。土の国は主要貴族の12人会で執政しているという話だ。


(貴族かぁ。なんか厄介そうだな。あまり関わらないようにしよう)


 自分の出生が特殊なので尚更だ。それが原因で皆に迷惑がかかってはいけない。


 右手でおやつをつまみ、左手でキューの頭を撫でながら物思いにふける。そんな俺を察してか、キューは、撫でる俺の手を愛おしそうに見つめる。


(ま、今からそんな心配しててもしょうがないよな)


 目立つことをしなければ大丈夫だろう。強力な無詠唱魔法や飛空魔法さえ人前で多用しなければ問題ないはずだ。


 やがて馬車はやや開けた場所で停車する。


 道が綺麗に舗装されていたとはいえ、案外、馬車の中でじっとしているのは疲れるのだ。


「うんッ」


 馬車を降りる皆に遅れ、俺も地面へと降り立ち、全身を使って伸びをする。


「気持ちいいところね。ちょっと散策しない?」

「おう」

「わかった」


 フィルドの提案に、商人以外の皆が賛同する。キューは馬車に揺られて眠ってしまっていた。


「あっしは品物の管理がありますんで。皆で行ってきてくだせぇ」


 それにしたがい、俺達4人は散策に向かった。


 道中の森は鬱蒼としていたが、広場の周りには背の低い木々が点々と生え、シダ植物も少なく、ひょんひょんとしたくるぶし位の背丈の草が生えるばかりだ。


 しばらくそこで横になったり、吹き抜ける風に身をゆだねたりしていた。


 やがてフィルドは立ち上がる。そして視線の先の岩を見つめる。


 一同が何事かと様子を窺っていると、唯一、ガルクスさんだけは得心がいったような表情を浮かべる。


〈われらの火の神よ、わが身に脅威を焼き尽くす炎を授け賜え! ファイアーランプ〉


 次の瞬間、フィルドの手元から目先の岩に向かって、人の頭よりも大きい火球が飛び出した。火球は渦を築きながら熱気をふりまき、岩にぶつかると数秒も燃え続けた。やがて火が消えても、周りの草は焼け焦げて黒い煙を上げていた。


(す、すごっ……)


 目の前の光景は俺には刺激が強すぎた。改めてここが、全くの異世界であることを思い知らされる。


「結構腕上げたじゃないか。速さも威力も前見たときより上がってるぞ」


 ガルクスさんはそうやって自分のことのように褒め称える。シルフィもしきりにうなずいているが、俺はまだ、ポケーっとしていた。


「ハンター稼業の方はうまくいっていなかったんだけどね。練習だけは毎日続けてるわ」


 フィルドの魔法に触発され、俺も攻撃魔法をやろうと意気込む。


 風の初級魔法「ウィンドエッジ」。シルフィの話によると、風の魔法の中で、最もメジャーな攻撃魔法だという。


 俺は右手を前に伸ばして呼吸を整える。目を瞑っても、素子の流れはなんとなくとらえられる。いったん胸元に吸い込まれ、体の中を通り、やがて右手に合流していく。そこで俺は詠唱を開始した。


〈われらの風の神よ! 脅威を切りつけるやいばを授け賜え! ウィンドエッジ!!〉

 

 ぷすっという、鈍い音がした。


***


「あれ」


 またもや失敗した。俺は講義の日から、ウィンドステップとともに熱心に練習していたのだが、やはりトラウマが原因となって不発に終わってしまう。


「何よ、今ぷすって音がしたわよ。失敗ね」


 フィルドは俺の様子を見て、くすくすと口に手を当てて笑いやがる。ガルクスさんは笑わなかったが、割と真剣な顔をしてこちらをうかがう。


「もしかして、ベルマーの一件が原因か?」

「多分そうですね。攻撃魔法は当分あきらめた方がよさそうです」

「そりゃ気の毒だ。例の短剣もあるし、攻撃魔法が使えなくたってなんとかなるさ」

 

(まあ普通、初級魔法でも習得に1年かかるって言うしね。皆は俺を特別視するけど、それくらい待てばできるようになるかもしれないし)


 シルフィも焦ることはない、と俺を慰めてくれた。俺はそれに感謝しながらも、腰のダガーを気にしながら、シルフィにふと聞いてみた。


「そういえば、シルフィさんって魔法どのくらい使えるんですか?」


 シルフィは少し考えると、俺に向かってこう言った。


「一応、上級までは使えるはずなんだがな。だが問題がある。私は魔法を使うと、力を消耗してしまうのだ。そしてほぼそれっきりだ。だから実質使えないと言っていい」

「上級?! すごいわね、Aランク並じゃない!」

「すごいな」


 話によると、普通は魔法を使って疲労をしても、半日ほどでほぼ全快するらしい。一度に初級魔法は多くて十発ほど、中級は5発がせいぜい、上級ともなると1発だとか。


(あれ、でも、俺は初級魔法何十回も使ってもなんともなかったよな。無詠唱だからとか?)


 そんな疑問がよぎったが、どのみち攻撃魔法が当面使えないのには変わりがない。


 そして俺の関心は腰もとの短剣へと向き、再び寝っ転がってその様子を眺める。短剣は日の光に反射してまばゆくきらめいている。


(ん?)


 なんだろうか。柄の根元に、小石サイズのくぼみが空いている。日にかざして中を見ると、崩し文字と共に幾何学模様が描かれている。いかにも由緒正しき業物といった感じで、若干、自分の身の丈に合わないとも思った。

 

 でも、このくぼみは何処かで見た形。


 この世界に来てからまだあまり経っていないので、比較的最近の記憶だろうか。


……。


「あっ!!!」


 驚かせないでよ、というフィルドの愚痴を無視し、俺はポケットにしまってあったシルフィからの贈り物を取り出す。


 玉は淡い翠色。透けて見える草の緑よりも淡い。


 それをそっと短剣にあてがうと、見事、玉はすっぽりとくぼみに入った。


 そのときである。


 ピカッ、ピカンピカン、ピカン……。


 短剣は激しく緑色に発光し、そのたびに光が波状に周囲を覆う。


 度重なる発光に一同は目をつむる。


 それは、数秒続いた。


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