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異世界情調紀行<凍結>  作者:
風の国編-はじまりの村
3/46

酒場にて

 ひとしきり泣いた後、背中を優しく押されて二人でまた歩き出す。


 途中ガルクスさんは村人に時々挨拶をする。


 改めてガルクスさんを見ると、体格の良さに今更ながら驚く。180を超す身長に筋肉がガッチリついているのか、さながら森のクマさんのようである。今は恐らく軽装として、革鎧を纏っている。その隙間から垣間見える腕の太さは尋常ではない。下手したら俺の太腿くらいはある。この筋力があの鋭い槍の一閃を可能にしたのだ。


「あそこだ」


 そう呟くと、ガルクスさんは酒場らしき店に入って行った。

 

 昼食時であるが、酒場は2、3組しかいなかった。どれも農作業を終えて空いた腹を満たしにきた農家の人のようだ。


「ようガルクス! 景気はどうでぇ? あっちーなあ今日は!」

 

(若干顔が赤くないか? もう飲んでるのか。まあ農家の人なら問題ないよな)


「お、ルスラさんか。なんだぁ、もう飲んでんのか! ったくしょうがねぇなあ」

 

 ガルクスさんは朗らかな顔を浮かべる。


「まあ暑いし飲みたくもなるか。おい俺にもビールくれ! それと、そうだな、果実酒もだ!」


 果実酒は俺か。一応、まだ成人してないんだけど……。まあ、いっか!


 ガルクスさんは他に何か注文すると、さっさと左奥の方の席についてしまう。俺も慌てて後を追う。


 席について少しすると、最初に注文したビールと果実酒が運ばれてくる。ビールは兎も角として果実酒は淡いピンク色をしている。その澄んだ色合いを思わずじっと見ていると、ガルクスさんが手に持ったビールの器を突き出した。


『乾杯!』


 グビッグビッグビッ。


 二人の間を暫し、喉越しの音が支配した。

 

*** 

 

(美味しい……)


 お酒なんてまだあまり口に合わないだろうと思ってたけど、全然そんなことはない。ほのかな甘みと心地よく広がる酸味、そして鼻から抜けるこの感じは……そうか木の香りか。器が木でできているから風味が添えられたんだ。


「どうだ口に合うか?」


 ガルクスさんが景気の良さそうな顔をしながら聞いてきた。


「はい、すごく美味しいです。外はちょっと暑くて喉が渇いてましたが、おかげで口の中が潤ってサッパリしました。ありがとうございます」

「そりゃあよかった。それはあのスラハの果実酒なんだぜ。他にも数種類果実が入ってるが、暑くて喉が乾いた時はそれが一番だ」


 そう言うとガルクスさんはまたビールをあおった。


 すると、さっきの村人がまた話しかけてくる。


「そうだガルクス! 酔っぱらってすっかり忘れてたが、魔物の方はどうなったんだ?」

「おう、無事に片付けたぞ。久々の魔物だったんで用心はしたが、ひと突きだったぜ!」


 あのイノシシはかなり大きくて凶暴そうだったが、ガルクスさんはたったひと突きで倒したのである。ガルクスさんは相当な手練なのだろう。


「おうおうおうさすがだなあ! Bランクのハンター様には敵無しってか! お前がいる限りこの村は安泰だな!!」


 村人、ルスラさんは盛り立てる。


「おだてても何も奢らねぇぞ!」


 言葉とは裏腹に、まんざらでもなさそうだ。一仕事終えた後のビールはさぞ美味しいだろう。


「ハンターにランクとかってあるんですか?」

「あぁ、あるぞ。10段階な。俺はBで上から5番目だ。自分で言うのもなんだが、手練の部類に入る。ルスラのやつの言うことは大分盛ってるがな。なんだ、ハンターに興味あるのか?」


 興味は正直結構ある。魔物を狩るなど、日本じゃどう転んでも経験できないのだ。しかし危険も付き纏うだろう。あのイノシシのような化け物を相手取るのだから。


「はい、興味あります。でも危ないですよね。いくらガルクスさんのような手練でも、万が一のことはありますし」


 俺は正直に答える。


「お、なかなか殊勝じゃねぇか。そうだな、確かに危ない。俺だってあんなイノシシに正面から串刺しにされたら即死だろう。でも魔法があるからな。ちょっとの傷じゃ治せるし、かなりの大怪我をしても腕利きの魔法使いがいればなんとかなる。生憎と俺は魔法はほとんどからっきしだがな!」


 魔法だって?


 俺の世界ではそれこそおとぎ話だ。30を過ぎた特定の聖人なら体得できるとは聞いたことはあるが。


 一度は誰だって魔法使い(・・・・)にあこがれたことがあるはずだ。勿論俺もそんな1人である。朗報に胸が踊った。


「ま、魔法ですか? それって僕にも使えるんでしょうか! 詳しく教えて下さい!」


 年甲斐もなくダンッとテーブルを叩いて立ち上がると、目を見開いてガルクスさんに詰め寄る。


「なんだなんだぁ?! さっきの殊勝な聖人とは大違いじゃねぇか! まあいい。つっても魔法の一つや二つくらい見たことはあるだろ?」

「ないんです、それが」


 いきなりしおらしくなる俺は、ガルクスさんには情緒不安定に見えるかもしれない。


「そりゃあ逆に珍しいなあ。まあ変わったところから来たみたいだし、そんなこともあるのか。よし、何から知りたいんだ?」

「えっとですね」


 そんな親切なガルクスさんの申し出にあやかり、しばらくヌルくなった果実酒を片手に、俺は色々と話を聞き出すのであった。


***


「なるほど、魔法には基本的に火・水・風・土の四つの属性というのがあるんですね。そういえば、国の名前にもありましたよね?」

「そうだ、鋭いな。前にも言ったが、火・水・風・土の国がある。それぞれに4つの属性が対応してるんだな。だからその国には対応する属性を操る魔法使いが多い。火の国なら火の魔法使い、この風の国なら風の魔法使いという具合だ」


 ガルクスさんは続ける。


「まあ今となっちゃ人の行き来があるから、どこの国にもどの属性の魔法使いはい るがな。いずれにせよ、生まれたところが本人の属性の適正に影響するってところだ」

 

 へぇ。


 じゃあここは風の国だから、ガルクスさんも風の魔法を使えるんだろうか? でも魔法はほとんど使えないって言っていたような気がする。


「興味深いです。じゃあガルクスさんは風の魔法を?」

「いや違う。ああ言ってなかったな、俺は土の国の生まれなんだ。だから土の魔法だ。そこを中心にハンターをやってたんだが、もう歳も歳だしな。新しい土地でそろそろ落ち着こうと思ってな。今じゃこの村でたまに依頼を受けるくらいだ」


 ああいうイノシシなんかを片付けることだろう。腕利きのハンターはたしかガルクスさんだけだと言っていたから、村人たちにも頼りにされているのだろう。


「おかげであの時は助かりました。でも無理はしないでくださいね。何か僕でもお手伝いできることがあったら言ってくださいね」

「そりゃありがたいな! 確かに歳は歳だがまだそんなに腕は鈍ってないぞ。ちょっと前まではそれなりにブイブイ言わせてたんだぜ」

「たしかBランクでしたよね? かなりの腕利きだとか。Bランクのハンターって珍しいんですか?」


 この村にはともかく、ガルクスさんくらいの腕利きのハンターが街に結構いてくれれば、魔物とかの被害も結構少ないに違いない。


 とすれば、このスラハ村の平穏はガルクスさんが一役買っていると考えられる。


「ああBにもなるとかなり少ないな。街のギルドでたむろしてる連中もいいとこCだ。Cになると一人前のハンターとして扱われるが、そこで命を落とす奴が多いんだな。凶暴な相手の依頼も解禁されるし、一人前になったことで油断が生まれる。初心は例え手練であっても大切ってこった。臆病ぐらいがちょうどいい」


(Cなんてランクもあるんだ。……たしか10くらいランクがあるって言ってたし、ランクにも色々あるんだな)


「まあハンターや魔法について詳しく情報を知りたいんなら、ギルドに行って案内を受けるのが一番手っ取り早い。そこで言われたことを忠実に守ってれば死ぬなんてことはほとんどない。興味があれば行ってみたらどうだ? ただ絡まれても相手はすんなよ」


 ギルドか。たしかに異世界から来てしまったであろう俺が、魔法などを体系的に知りたいのなら、そこに勝るところは無いのかもしれない。今度顔をのぞかせてみよう。


「ありがとうございます。今度人のいなさそうな時間に覗いてきてみます」

「それがいい。さて料理も運ばれてきたことだし食おうぜ! 今日は俺の奢りだから腹いっぱい食えよ」


***


 いつの間にか、俺たちの前には料理が運ばれてきていた。色々あったが、お腹は空くのだ。そういえば受験で辛い時も食欲だけはあったような気がする。


「ウプッ、ちょっと食べすぎました……」

「はっは! いっぱい食わないと大きくならないぞ! そのくらいが丁度いいんだ」


 人のお金で食べといて食べすぎもくそもないが、野性味あふれる料理の数々が気に入り、ついつい食べ過ぎてしまった。しかし、もう身長は伸びないだろう。


「どれも凄く美味しかったです。でもあのローストは何の肉なんですか? スパイスが効いてていくらでも食べられますね」


 俺たちの前に運ばれてきた料理達。


 ロースト・ニンジンやゴボウのきんぴらのようなものと、魚のおそらくみりん干し。


 品数はそれほど多くはなかったが、どれも素材の旨みが滲み出て胸が熱くなるものだった。特に目玉のロースト。あれはすごい。一人暮らしで加工食品にお世話になりっぱなしだった俺には大満足だった。


「あれはコークの肉だな。鶏の一種だ。ここらの農家はだいたい育ててる」


 やっぱり鶏肉か。独特の臭みがしなかったのは結構手間をかけているのだろう。


「いや、本当に美味しかったです。今度は是非僕にご馳走させてください」


 もちろん、俺は無一文である。


「そりゃご馳走した甲斐があったってもんだ。一仕事終えた後だからこうやってガッツリ食わないとな。本当はこの後にデザートでもと思ったんだが、その様子だとまた今度のお楽しみだな」

「いえいえ、これだけご馳走になっただけでも十分ですよ。ありがとうございます。ウプッ」

「っはは、本当に腹いっぱいみたいだな。それよりも今更なんだが、珍しい服装してるよな。仕事柄、旅も結構したもんだが、初めて見るぞ」


 はたと気づく。


 そうだ、あんなことで自分の服装なんて気にしてる暇はなかったし、はらごしらえに忙しかったから、すっかり忘れていた。


 今でも鮮明に覚えている。


 押し入れの掃除をしようとしたら変な渦を見つけて、手を伸ばしたらそのまま……。


(そうだ、あの森で目覚めたんだ)


 おかげで上下は部屋着のジャージだし、足に至っては、リラッ○マのスリッパである。足の裏に埃が付くのが嫌で履いたのだ。


(よくこんなので森の獣道を歩けたな……)


 おかげで所々に青臭そうな草の汁が滲んでいる。


「あ、えっと、僕の故郷じゃ普段は皆こんな感じなんです。僕もここの村の人たちのローブ姿にはちょっとビックリしました」


 皆こんな感じかどうかはともかく、俺はとり繕うのにちょっとキョドってしまった。別に隠す必要はなさそうであるが。


「へぇそうなのか。まだまだ俺の行ったことのないところもあるんだな。旅はもうたくさんだと思ってここで落ち着いたが、その話を聞いたらちょっとまた旅したくなったぞ」


 どうやら大丈夫だったみたいだ。ガルクスさんがサッパリしてる人でよかったと安心する。

 

 しかしガルクスさんには、ここでいつまでも村の平穏を守ってほしいとも思ったのだった。


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