アケト村-下
「やったわね、紅! あんたならできると思ってたわ!!」
「はは、そりゃどうも」
手渡されたタオルで体を拭き、いつもの服装に着替える。靴下も履いてサーベルも装備する。
(いやあ無様な姿晒さなくてよかった。ん?)
やがて参加者たちが岸に引き揚げると、一際高い台が用意された。それと同時にあたりが騒がしくなる。
「紅、いってらっしゃい。表彰よ!」
周りの男たちに冷やかされながら、俺は壇上に乗る。陽気な音楽とともに、ひとりの老人が俺の目の前に立った。
「まずは優勝おめでとう。これは優勝の印じゃ。どれ、さっそく付けてみるかの」
「ありがとうございます」
老人から綺麗なバッジを手渡される。バッジは、青と緑が溶け込んだ、小さな円形のものだった。円の周囲には、アルファベットで何かが刻まれている。すぐに係員が寄ってきて、さっそく俺の胸元に付けてくれた。
「綺麗ですね……。これ、宝石ですか?」
「そうじゃ。ここら辺で稀に産出されるものでこしらえておる」
そう言うので、改めてマジマジとそれを見る。
すると今度は、大きな荷車をおして人が数人近付いてきた。
(なんだろう、あれ。あ、もしかして優勝賞品ってやつか?)
「村長、お持ちしました!」
「うむ、ご苦労。それでは望月紅殿。これが優勝賞品じゃ、おめでとう!!」
「う、うわ、これ全部ですかぁ?!」
荷車のかごの中は、赤・黄・緑・紫と色とりどりだった。ほのかに甘い良い香りもする。
「これって、いわゆるドライフルーツですか?」
「そうじゃ、この村の特産でな。毎年優勝者にはこれを贈っておる。なに、袋詰めにして馬車で持っていけるようにするよ。だから安心せい」
「あ、ありがとうございます!!」
かごの中を見ると、もっさりと色々なドライフルーツが盛ってある。俺一人ではとてもじゃないが食べきれない。それどころか、4人と一匹で毎日食べても数ノルはもつのではないかという量だ。
「今一度、この者に拍手を!!」
その瞬間、あたりを割れんばかりの拍手が木霊した。
***
「へぇ、パノマ君はシュルツの近くの出身なんだ」
と俺。
「そうだぜ! シュルツを少し外れたところに村があるんだけどな、そこの出身なんだ」
「ふうん」
とフィルドも反応する。
パノマ君とは、先ほどの俊足少年である。今俺たちは一緒に帰路についているのだ。
「それにしてもありがとな。こんなにたくさん貰えたんだから、家族も喜ぶよ! 妹喜んでくれるかな……」
あのあと、健闘をたたえ、敬意のつもりでパノマ君にもドライフルーツをお裾分けしたのだ。俺は魔法でブーストしてあれだが、パノマ君はマジモノの逸材なのだ。パノマ君は布袋いっぱいに入ったものを嬉しそうに眺めている。
「かまわないわよ、あんな量じゃうちのパーティでも食べきれないから」
「そうそう」
アケト村は日が傾き、家屋の隙間から河がオレンジ色に反射して見える。
アケト誕生祭はこれからが本番のようで、あたりには出店がぽつぽつとみられる。大人も子供も、女も男も、出店に引き寄せられる横顔は朗らかだった。
「パノマ君、これからどうするの? どっかの宿に泊まってたりするの」
「そうだよ。風の友っていう宿なんだけどさ。宿代のわりにキレーでいいの!」
ぶっ!
風の友って同じ宿じゃないか! これはすごい偶然。
「偶然ね、私たちもそこに泊ってるのよ」
「え、まじ?」
それから3人で話すうちに、夕食をご一緒しようということになった。
気持ちいい闘いのあと、同じ釜の飯を食らって肝胆相照らす。なんと素晴らしいことだろうか。
しばらく3人で歩いていると、件の風の友が見えてきた。レンガ色の屋根が来たときよりも紅色に染まっている。夕日に溶け込んでいるのだ。
宿に着くと、主人が迎えてくれた。
「おかえり。夕食出来てるぞ」
中で合流したシルフィも一緒に食事場に行く。一緒のキューも俺を見るなり飛びついてきた。
俺は席に座る3人にトレーで水を持っていく途中、主人に話しかけられる。
「今日は出店だろ、それのために軽くしとくか?」
「あ、そうですね。でも一応皆にも聞いてきますね」
「わかった」
そう言って席に戻る。ガルクスさんも部屋の方から下りてきた。
「お、皆集まってるね」
とガルクスさんも席につく。
「あ、どうも。ご一緒してます。俺はパノマです」
「おう、よろしくな」
「祭りの競技で一緒になったの。見かけによらず、すばしっこいのよ!」
「私も見ていたぞ。紅はさすがだったが、パノマも稀に見る俊足だ」
「そりゃ興味深いな、是非とも話を聞かせてくれ」
パノマの自己紹介に、フィルドとシルフィも続く。
ひとしきり競技の話で盛り上がったあと、俺は何か忘れているような気がした。
(あ! いけね、食事どうするか聞くんだった)
やっと思い出し、すぐさま居並ぶメンバーに伺う。
「皆、食事どうする? 出店で食べ歩きもいいと思うんだけど。それだったら軽くするって主人も言ってた」
『いいね!!』
そのあとちょっと軽めの菜食をとり、俺たちは夜の出店に繰り出した。
***
夜の村は、何とも言えぬうわついた雰囲気に包まれていた。
おそろいの服を着て仲睦まじく出店をのぞく家族連れ、愛する者と腕を組んで、あそこなんだろうね、と店に立ち寄る人。上品な老夫婦の姿。おこづかいを手にぶら提げて駆けまわる子供達。
そんな風景に俺は、どの世界でも同じなのだな、としみじみ思った。
「なに湿った顔してんのよ、キモチワルイ。ほら、あそこ行くわよ!」
「分かった分かった、ってイタイイタイイタイ!!」
フィルドに袖を皮ごと掴まれ、俺は奇声をあげながら引きずられていく。
この光景だけを見れば、ちょっと強引な彼女に急かされている彼氏、すなわちカップルだと思われるかもしれない。
しかし、俺は断固否定する。
それは俺の両手にぶら下がる、大量の手荷物を見ていただければお分かりだろう。
そう、俺は、ただの荷物持ちなのだ!
「おめぇも大変だな! あんなじゃじゃ馬に尻に敷かれてよ。かわいそうだから、この串焼き一本おまけしてやらぁ」
「あ、あはははは。貰っときます、はいこれ」
フィルドが買ったものの代金を支払う。後ろを見ると、もうフィルドは別の店に向かっている。
全くやっていられない。
近くで様子を窺いながら、串焼きをキューと頬張っていると、遠くからガルクスさん一行がようやく見えてくる。せっかちなフィルドにつきあわされ、大分離れてしまっていたようだ。
「よ! 楽しんでるか?」
「ははッ、この通り」
俺はそう言って、手に提げた大量の荷物を上げて見せる。
ガルクスさんは苦笑いを浮かべると、シルフィと二人で多くの荷物を持ってくれた。
俺はそれに感謝し、ガルクスさん達と出店を見て回る。
出店は日本のような屋台といったものではなく、幅広の木製テーブルにクロスをかけ、そこに品物や料理を並べている感じである。クロスの意匠や年季の入った看板のこだわりは、ここが異国の地であることを想わせる。
「お、紅、いいものを持ってるいるな。ちょっと貸してくれ」
とシルフィ。その目は俺の腰のサーベルに向けられている。
そっとそれを渡してやると、シルフィはますます目を輝かせる。さすがに人前で抜刀はしなかったが、重さや機能性を一通り確かめると、それを譲ってくれと言ってきた。
「んー、まあいいですよ。どうせ僕はまともに扱えないですし。大切してくださいよ」
「あい分かった!」
サーベルは、俺の所有欲を満たしてくれるかなり格好いいものだったが、神様に献上したと思えば、納得がいかない訳ではない。仕方なく譲った。
そこへガルクスさんが俺に言う。
「紅は機動性を重視して短剣の方がいいんじゃないか? 風魔法との相性抜群だぞ。サーベルは比較的使いやすいものだが、魔法使いの護身用なら短剣が勝る」
「そうだぜ、紅。あんだけ脚が速いんだから、短剣の方が合ってると思う」
パノマ君も同じことを言った。
(たしかにそうかも)
そこでシルフィの講義を思い出す。風の汎用魔法に、投擲能力を高めてくれるものがあった。それを上手く使って短剣を投げれば、かなり有効に違いない。
そのことをあれこれと話し合い、俺たちは夜の街に消えていった。
***
「なるほど、投擲特化ならナイフの方がいいんですね」
「そうだ。一本短剣を腰にさしておいて、服の裏にでもナイフを何本も仕込んだら、なかなか様になるだろ?」
「それかっけぇな!」
ガルクスさんの案に、パノマ君も自分のことのように乗ってきている。
(下手したら中二病とか言われそうだけど、か、かっこよすぎ)
18歳魔法使いの俺も例外ではなかった。もちろん練習は必要だろうが、攻撃魔法が現状使えない俺にとって、心強い戦力であることに違いは無かった。
「これは出店で買ったのだろう? そこでまた買えばいいんじゃないか?」
サーベルを弄びながらシルフィが言う。
その言葉に従い、俺たちはその店を目指すことにした。
途中、エスニックなお店で、ガルクスさんは薬を数種類買って行った。何を買ったのか聞いたところ、解毒剤と造血剤だという。造血剤は飲むタイプで、瓶に入っていてコルクかなにかで栓をされていた。
「あ、あそこです」
フィルドも合流して、皆でそのお店に向かって行く。
例の店につくと、ガラの悪そうな男たちが占領していたが、ガルクスさんが一睨みすると、視線を横にそらして何処かに行ってしまう。
「いや~助かったぜ。あれじゃ商売にならなくてな」
小柄でハゲ頭の店主がガルクスさんに礼を言う。
おそらくさっきのチンピラ共のことだろう。
そこへ、買い物を終えて上機嫌のフィルドが聞く。
「それはいいわ。それよりも、短剣とナイフは置いてる?」
「短剣とナイフか。それならあるぞ!」
そう言い残して、主人は店の奥に消えていった。ここの店は他と違い、ちょっとした小屋のように立派なのだ。
「ほら! ナイフの方はこんだけあるぜ!! ゆっくり見てきな」
そう言うと、店のカウンターにゴロゴロと得物を転がす。
店の照明に刀身が反射し、キューは一瞬、眩しそうに顔をそむける。
得物は合計13本だ。ナイフは6本ずつ二種類あり、残りの1本の短剣はかなり凝ったものだった。鞘もたいそう立派だ。
「ほう、これは立派なものだ」
シルフィが指をさすのは、1本しかない立派なものだ。
くすんだ鶯色のグリップに青白い真っ直ぐな刃が伸びる。刃は比較的幅広で、先にいくほど細く、尖っている。その刀身は月よりも鮮やかな銀色で、見ているだけでも背筋がひやっとするほどの代物だった。
「おいおい、こりゃどこからパクって来たんだ? 巷じゃ見かけない、とんでもない業物だぜ」
ガルクスさんは額に汗を浮かべ、目の前の主人に問い詰める。
主人も、禿げ頭を汗でテカらせ、困ったような表情を浮かべる。
「いや、そのな……。同業から引き取ってくれって言われてな。どうも普通の得物じゃないらしい。売りたたいてもすぐに返品してくるんだ。そいつら全員、顔をげっそりさせてな」
俺は伸ばした手を思わず引っ込める。どこにも、いわゆる曰くつきの代物は存在していて、意外とそれが身近にあったりするものだ。
(それが、これ……)
「頼むよ、これ引き取ってくれないか。金はいらねぇ。俺も持ってると気味がわりぃんだ」
「はあ」
***
結局、俺は他のナイフと共に、あの曰くつきの短剣を買ってしまった。いや、正確には買ったのではなく、押しつけられた。意外とあのおっさんは、同業では有名な存在らしく、何かあったらあれ以外の相談には乗ると言われた。交換条件とやつだろう。
そのあともう一度出店を回った後、俺たちは宿屋「風の友」に戻ってきた。夜は深く、月が頭上高くに浮かんでいた。
宿に入ろうとしたところ、フィルドが素っ頓狂な声を上げる。
「なに、これ?」
視線の先には、荷台に乗せられた大量の布袋が置いてある。
(あ、もしかして)
俺は思い当たる節があった。スタスタと確認しに行くと、案の定、山盛りのドライフルーツだった。ほんのりと甘い良い香りが鼻をつく。
「今日の誕生祭の優勝賞品ですよ。この村の特産ドライフルーツらしいです」
「おお、なんだ、すげぇ量だな!! 全員で毎日食べても、2ノルは持つぞ!」
「キュイー!!」
ガルクスさんの歓声にキューも続く。
キューは俺の肩から下り、器用に荷台に乗ると、鼻を布袋に突っ込んですんすんしている。
誇らしそうな顔のフィルドの横で、さっそく俺はキューに餌付けをする。キューは魚が大好物だと言っていたが、ドライフルーツも食べてくれるだろうか。
俺はキューの頭を撫でてやると、中から3粒出して目の前にもってきてやる。すると首を上下に振り、俺が頷いてからぱくんと口に放り込んだ。
もぐもぐもぐ。
今度は丸飲みではなく、目をぱっちりあけながら咀嚼している。幸せそうな顔だ。
「お、ドラゴンも果物食べるんだな。なんか可愛い」
パノマ君の言葉に皆が頷く。
キューが食べ終わると、主人に挨拶してから各自部屋へと戻る。
パノマ君とは2階で別れた。
やがて女性陣とも別れると、俺達男衆は部屋に入り、さっそく大量のナイフをテーブルの上に並べる。かさばって重たかったのだ。
「で、ガルクスさん、このナイフどう思います?」
「ん~、俺も詳しくは分からんな。ただ相当の業物であることは間違いない。多少荒い使い方をしても大丈夫だろう。その点じゃ練習向きとも言えるな」
「なるほど」
そこで、ガルクスさんは思い立ったように立ち上がる。
そしてすぐに部屋を出て行った。
(なんだろう? 隣の部屋に用かな)
俺は所在なくなって布団に寝っ転がる。
今日はとても濃密な一日だった。この世界に来てから、毎日がとても充実している。もちろん、便利な機械がないことで不便を感じることもある。しかしそれ以上に、生活の機微というか、そういうものを毎日噛みしめている。それはいつの間にか忘れてしまっていたものだった。
祭りだって何年振りだろうか。女性と出店を見て回るなど、俺はもう無いと思っていた。しかし、俺の周りには、フィルドやシルフィという、ちょっと変わった女性たちがいて。
ガルクスさんには世話になりっ放しだ。せめてこれからハンターとして役に立ちたい。そのためにも、短剣の扱いをモノにしなくては。
視線が一振りの短剣に戻る。
それは不思議と気品があり、控えめな部屋の中でも、どこか存在感が周りと違った。
曰くつきというが、そういう邪な感じは見たところ感じられない。抜いてある刀身の鋭さに背筋が寒くなるくらいだ。
(何かに似てるんだよな、この感じ……。なんだろ)
ぼーっとテーブルの上の短剣を見ていると、荒いノックと共に人が入ってきた。
「ほれ。一杯やるぞ」
その言葉と共に、シルフィとその仲間たちが勇んで部屋に入ってくる。その片手には、深緑の瓶が握られている。
(あっ!!!)
俺はひらめいた。
テーブルの上に鎮座する短剣。勇ましくもあり、どこか儚げな雰囲気。その不思議な気品は、シルフィに似ているのだ。
俺はテーブルの上の得物を片付けると、ガルクスさんがその上につまみを置く。フィルドは器を持ってきた。
『乾杯!』
風の友の明かりは、深夜まで煌々と消えなかった。




