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異世界情調紀行<凍結>  作者:
風の国編-風の街シュルツ
29/46

アケト村-下

「やったわね、紅! あんたならできると思ってたわ!!」

「はは、そりゃどうも」


 手渡されたタオルで体を拭き、いつもの服装に着替える。靴下も履いてサーベルも装備する。

 

(いやあ無様な姿晒さなくてよかった。ん?)


 やがて参加者たちが岸に引き揚げると、一際高い台が用意された。それと同時にあたりが騒がしくなる。


「紅、いってらっしゃい。表彰よ!」


 周りの男たちに冷やかされながら、俺は壇上に乗る。陽気な音楽とともに、ひとりの老人が俺の目の前に立った。


「まずは優勝おめでとう。これは優勝の印じゃ。どれ、さっそく付けてみるかの」

「ありがとうございます」


 老人から綺麗なバッジを手渡される。バッジは、青と緑が溶け込んだ、小さな円形のものだった。円の周囲には、アルファベットで何かが刻まれている。すぐに係員が寄ってきて、さっそく俺の胸元に付けてくれた。


「綺麗ですね……。これ、宝石ですか?」

「そうじゃ。ここら辺で稀に産出されるものでこしらえておる」


 そう言うので、改めてマジマジとそれを見る。


 すると今度は、大きな荷車をおして人が数人近付いてきた。


(なんだろう、あれ。あ、もしかして優勝賞品ってやつか?)


「村長、お持ちしました!」

「うむ、ご苦労。それでは望月紅殿。これが優勝賞品じゃ、おめでとう!!」

「う、うわ、これ全部ですかぁ?!」


 荷車のかごの中は、赤・黄・緑・紫と色とりどりだった。ほのかに甘い良い香りもする。


「これって、いわゆるドライフルーツですか?」

「そうじゃ、この村の特産でな。毎年優勝者にはこれを贈っておる。なに、袋詰めにして馬車で持っていけるようにするよ。だから安心せい」

「あ、ありがとうございます!!」


 かごの中を見ると、もっさりと色々なドライフルーツが盛ってある。俺一人ではとてもじゃないが食べきれない。それどころか、4人と一匹で毎日食べても数ノルはもつのではないかという量だ。


「今一度、この者に拍手を!!」


 その瞬間、あたりを割れんばかりの拍手が木霊した。


***


「へぇ、パノマ君はシュルツの近くの出身なんだ」


 と俺。


「そうだぜ! シュルツを少し外れたところに村があるんだけどな、そこの出身なんだ」

「ふうん」


 とフィルドも反応する。

 

 パノマ君とは、先ほどの俊足少年である。今俺たちは一緒に帰路についているのだ。


「それにしてもありがとな。こんなにたくさん貰えたんだから、家族も喜ぶよ! 妹喜んでくれるかな……」


 あのあと、健闘をたたえ、敬意のつもりでパノマ君にもドライフルーツをお裾分けしたのだ。俺は魔法でブーストしてあれだが、パノマ君はマジモノの逸材なのだ。パノマ君は布袋いっぱいに入ったものを嬉しそうに眺めている。


「かまわないわよ、あんな量じゃうちのパーティでも食べきれないから」

「そうそう」


 アケト村は日が傾き、家屋の隙間から河がオレンジ色に反射して見える。


 アケト誕生祭はこれからが本番のようで、あたりには出店がぽつぽつとみられる。大人も子供も、女も男も、出店に引き寄せられる横顔は朗らかだった。


「パノマ君、これからどうするの? どっかの宿に泊まってたりするの」

「そうだよ。風の友っていう宿なんだけどさ。宿代のわりにキレーでいいの!」


 ぶっ!


 風の友って同じ宿じゃないか! これはすごい偶然。


「偶然ね、私たちもそこに泊ってるのよ」

「え、まじ?」


 それから3人で話すうちに、夕食をご一緒しようということになった。


 気持ちいい闘いのあと、同じ釜の飯を食らって肝胆相照らす。なんと素晴らしいことだろうか。


 しばらく3人で歩いていると、件の風の友が見えてきた。レンガ色の屋根が来たときよりも紅色に染まっている。夕日に溶け込んでいるのだ。


 宿に着くと、主人が迎えてくれた。


「おかえり。夕食出来てるぞ」


 中で合流したシルフィも一緒に食事場に行く。一緒のキューも俺を見るなり飛びついてきた。


 俺は席に座る3人にトレーで水を持っていく途中、主人に話しかけられる。


「今日は出店だろ、それのために軽くしとくか?」

「あ、そうですね。でも一応皆にも聞いてきますね」

「わかった」

 

 そう言って席に戻る。ガルクスさんも部屋の方から下りてきた。


「お、皆集まってるね」


 とガルクスさんも席につく。


「あ、どうも。ご一緒してます。俺はパノマです」

「おう、よろしくな」

「祭りの競技で一緒になったの。見かけによらず、すばしっこいのよ!」

「私も見ていたぞ。紅はさすがだったが、パノマも稀に見る俊足だ」

「そりゃ興味深いな、是非とも話を聞かせてくれ」


 パノマの自己紹介に、フィルドとシルフィも続く。


 ひとしきり競技の話で盛り上がったあと、俺は何か忘れているような気がした。


(あ! いけね、食事どうするか聞くんだった)


 やっと思い出し、すぐさま居並ぶメンバーに伺う。


「皆、食事どうする? 出店で食べ歩きもいいと思うんだけど。それだったら軽くするって主人も言ってた」

『いいね!!』


 そのあとちょっと軽めの菜食をとり、俺たちは夜の出店に繰り出した。


***


 夜の村は、何とも言えぬうわついた雰囲気に包まれていた。


 おそろいの服を着て仲睦まじく出店をのぞく家族連れ、愛する者と腕を組んで、あそこなんだろうね、と店に立ち寄る人。上品な老夫婦の姿。おこづかいを手にぶら提げて駆けまわる子供達。


 そんな風景に俺は、どの世界でも同じなのだな、としみじみ思った。


「なに湿った顔してんのよ、キモチワルイ。ほら、あそこ行くわよ!」

「分かった分かった、ってイタイイタイイタイ!!」


 フィルドに袖を皮ごと掴まれ、俺は奇声をあげながら引きずられていく。


 この光景だけを見れば、ちょっと強引な彼女に急かされている彼氏、すなわちカップルだと思われるかもしれない。


 しかし、俺は断固否定する。


 それは俺の両手にぶら下がる、大量の手荷物を見ていただければお分かりだろう。


 そう、俺は、ただの荷物持ちなのだ!


「おめぇも大変だな! あんなじゃじゃ馬に尻に敷かれてよ。かわいそうだから、この串焼き一本おまけしてやらぁ」

「あ、あはははは。貰っときます、はいこれ」


 フィルドが買ったものの代金を支払う。後ろを見ると、もうフィルドは別の店に向かっている。


 全くやっていられない。


 近くで様子を窺いながら、串焼きをキューと頬張っていると、遠くからガルクスさん一行がようやく見えてくる。せっかちなフィルドにつきあわされ、大分離れてしまっていたようだ。


「よ! 楽しんでるか?」

「ははッ、この通り」


 俺はそう言って、手に提げた大量の荷物を上げて見せる。


 ガルクスさんは苦笑いを浮かべると、シルフィと二人で多くの荷物を持ってくれた。


 俺はそれに感謝し、ガルクスさん達と出店を見て回る。


 出店は日本のような屋台といったものではなく、幅広の木製テーブルにクロスをかけ、そこに品物や料理を並べている感じである。クロスの意匠や年季の入った看板のこだわりは、ここが異国の地であることを想わせる。


「お、紅、いいものを持ってるいるな。ちょっと貸してくれ」


 とシルフィ。その目は俺の腰のサーベルに向けられている。


 そっとそれを渡してやると、シルフィはますます目を輝かせる。さすがに人前で抜刀はしなかったが、重さや機能性を一通り確かめると、それを譲ってくれと言ってきた。


「んー、まあいいですよ。どうせ僕はまともに扱えないですし。大切してくださいよ」

「あい分かった!」


 サーベルは、俺の所有欲を満たしてくれるかなり格好いいものだったが、神様に献上したと思えば、納得がいかない訳ではない。仕方なく譲った。


 そこへガルクスさんが俺に言う。


「紅は機動性を重視して短剣の方がいいんじゃないか? 風魔法との相性抜群だぞ。サーベルは比較的使いやすいものだが、魔法使いの護身用なら短剣が勝る」

「そうだぜ、紅。あんだけ脚が速いんだから、短剣の方が合ってると思う」


 パノマ君も同じことを言った。


(たしかにそうかも)


 そこでシルフィの講義を思い出す。風の汎用魔法に、投擲能力を高めてくれるものがあった。それを上手く使って短剣を投げれば、かなり有効に違いない。


 そのことをあれこれと話し合い、俺たちは夜の街に消えていった。


***


「なるほど、投擲特化ならナイフの方がいいんですね」

「そうだ。一本短剣を腰にさしておいて、服の裏にでもナイフを何本も仕込んだら、なかなか様になるだろ?」

「それかっけぇな!」


 ガルクスさんの案に、パノマ君も自分のことのように乗ってきている。


(下手したら中二病とか言われそうだけど、か、かっこよすぎ)


 18歳魔法使いの俺も例外ではなかった。もちろん練習は必要だろうが、攻撃魔法が現状使えない俺にとって、心強い戦力であることに違いは無かった。


「これは出店で買ったのだろう? そこでまた買えばいいんじゃないか?」


 サーベルを弄びながらシルフィが言う。


 その言葉に従い、俺たちはその店を目指すことにした。


 途中、エスニックなお店で、ガルクスさんは薬を数種類買って行った。何を買ったのか聞いたところ、解毒剤と造血剤だという。造血剤は飲むタイプで、瓶に入っていてコルクかなにかで栓をされていた。


「あ、あそこです」


 フィルドも合流して、皆でそのお店に向かって行く。


 例の店につくと、ガラの悪そうな男たちが占領していたが、ガルクスさんが一睨みすると、視線を横にそらして何処かに行ってしまう。


「いや~助かったぜ。あれじゃ商売にならなくてな」


 小柄でハゲ頭の店主がガルクスさんに礼を言う。


 おそらくさっきのチンピラ共のことだろう。


 そこへ、買い物を終えて上機嫌のフィルドが聞く。


「それはいいわ。それよりも、短剣とナイフは置いてる?」

「短剣とナイフか。それならあるぞ!」


 そう言い残して、主人は店の奥に消えていった。ここの店は他と違い、ちょっとした小屋のように立派なのだ。


「ほら! ナイフの方はこんだけあるぜ!! ゆっくり見てきな」


 そう言うと、店のカウンターにゴロゴロと得物を転がす。


 店の照明に刀身が反射し、キューは一瞬、眩しそうに顔をそむける。


 得物は合計13本だ。ナイフは6本ずつ二種類あり、残りの1本の短剣はかなり凝ったものだった。鞘もたいそう立派だ。


「ほう、これは立派なものだ」


 シルフィが指をさすのは、1本しかない立派なものだ。


 くすんだ鶯色のグリップに青白い真っ直ぐな刃が伸びる。刃は比較的幅広で、先にいくほど細く、尖っている。その刀身は月よりも鮮やかな銀色で、見ているだけでも背筋がひやっとするほどの代物だった。


「おいおい、こりゃどこからパクって来たんだ? 巷じゃ見かけない、とんでもない業物だぜ」


 ガルクスさんは額に汗を浮かべ、目の前の主人に問い詰める。


 主人も、禿げ頭を汗でテカらせ、困ったような表情を浮かべる。


「いや、そのな……。同業から引き取ってくれって言われてな。どうも普通の得物じゃないらしい。売りたたいてもすぐに返品してくるんだ。そいつら全員、顔をげっそりさせてな」


 俺は伸ばした手を思わず引っ込める。どこにも、いわゆる曰くつきの代物は存在していて、意外とそれが身近にあったりするものだ。


(それが、これ……)


「頼むよ、これ引き取ってくれないか。金はいらねぇ。俺も持ってると気味がわりぃんだ」

「はあ」


***


 結局、俺は他のナイフと共に、あの曰くつきの短剣を買ってしまった。いや、正確には買ったのではなく、押しつけられた。意外とあのおっさんは、同業では有名な存在らしく、何かあったらあれ以外の相談には乗ると言われた。交換条件とやつだろう。


 そのあともう一度出店を回った後、俺たちは宿屋「風の友」に戻ってきた。夜は深く、月が頭上高くに浮かんでいた。


 宿に入ろうとしたところ、フィルドが素っ頓狂な声を上げる。


「なに、これ?」


 視線の先には、荷台に乗せられた大量の布袋が置いてある。


(あ、もしかして)


 俺は思い当たる節があった。スタスタと確認しに行くと、案の定、山盛りのドライフルーツだった。ほんのりと甘い良い香りが鼻をつく。


「今日の誕生祭の優勝賞品ですよ。この村の特産ドライフルーツらしいです」

「おお、なんだ、すげぇ量だな!! 全員で毎日食べても、2ノルは持つぞ!」

「キュイー!!」


 ガルクスさんの歓声にキューも続く。


 キューは俺の肩から下り、器用に荷台に乗ると、鼻を布袋に突っ込んですんすんしている。


 誇らしそうな顔のフィルドの横で、さっそく俺はキューに餌付けをする。キューは魚が大好物だと言っていたが、ドライフルーツも食べてくれるだろうか。


 俺はキューの頭を撫でてやると、中から3粒出して目の前にもってきてやる。すると首を上下に振り、俺が頷いてからぱくんと口に放り込んだ。


 もぐもぐもぐ。


 今度は丸飲みではなく、目をぱっちりあけながら咀嚼している。幸せそうな顔だ。


「お、ドラゴンも果物食べるんだな。なんか可愛い」


 パノマ君の言葉に皆が頷く。


 キューが食べ終わると、主人に挨拶してから各自部屋へと戻る。


 パノマ君とは2階で別れた。


 やがて女性陣とも別れると、俺達男衆は部屋に入り、さっそく大量のナイフをテーブルの上に並べる。かさばって重たかったのだ。


「で、ガルクスさん、このナイフどう思います?」

「ん~、俺も詳しくは分からんな。ただ相当の業物であることは間違いない。多少荒い使い方をしても大丈夫だろう。その点じゃ練習向きとも言えるな」

「なるほど」


 そこで、ガルクスさんは思い立ったように立ち上がる。


 そしてすぐに部屋を出て行った。


(なんだろう? 隣の部屋に用かな)


 俺は所在なくなって布団に寝っ転がる。


 今日はとても濃密な一日だった。この世界に来てから、毎日がとても充実している。もちろん、便利な機械がないことで不便を感じることもある。しかしそれ以上に、生活の機微というか、そういうものを毎日噛みしめている。それはいつの間にか忘れてしまっていたものだった。


 祭りだって何年振りだろうか。女性と出店を見て回るなど、俺はもう無いと思っていた。しかし、俺の周りには、フィルドやシルフィという、ちょっと変わった女性たちがいて。


 ガルクスさんには世話になりっ放しだ。せめてこれからハンターとして役に立ちたい。そのためにも、短剣の扱いをモノにしなくては。


 視線が一振りの短剣に戻る。


 それは不思議と気品があり、控えめな部屋の中でも、どこか存在感が周りと違った。


 曰くつきというが、そういう邪な感じは見たところ感じられない。抜いてある刀身の鋭さに背筋が寒くなるくらいだ。


(何かに似てるんだよな、この感じ……。なんだろ)


 ぼーっとテーブルの上の短剣を見ていると、荒いノックと共に人が入ってきた。


「ほれ。一杯やるぞ」


 その言葉と共に、シルフィとその仲間たちが勇んで部屋に入ってくる。その片手には、深緑の瓶が握られている。


(あっ!!!)


 俺はひらめいた。


 テーブルの上に鎮座する短剣。勇ましくもあり、どこか儚げな雰囲気。その不思議な気品は、シルフィに似ているのだ。


 俺はテーブルの上の得物を片付けると、ガルクスさんがその上につまみを置く。フィルドは器を持ってきた。


『乾杯!』


 風の友の明かりは、深夜まで煌々と消えなかった。


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