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異世界情調紀行<凍結>  作者:
風の国編-風の街シュルツ
28/46

アケト村-中

『参加者はこちらの受付までお願いしまーす! さあ、並んだ並んだ!!』


 河の岸近くまでくると、何やら人だかりが出来ている。ガヤガヤと喧騒がこちらまで伝わってくるのだ。


(なんだろう、参加者って、競技イベントみたいなものか?)


「あれなんだろうね、何かの大会?」

「そうみたいね! 行ってみましょ」


 河のほとりにはテントが設置されていて、そこを中心に人だかりが出来ていた。向こう岸を見ると、河に沿って人が立ち、こちらの様子を見ている。手には思い思いに食べ物や飲み物が握られている。


「ねぇ、なんか祭りでもあるの?」


 とフィルドが係員らしき人に聞く。


「そうだ! アケト村で1ノルに一度の大イベントだ。お前らも参加してみるか?」


 やはり祭りか!


 俺は元の世界でも、祭りは好きで、いつも友人たちと一緒にお世話になっていた。本当は異性とでも行けばいいのだろうが、生憎とそんな虹色の体験は俺にはない。


 係員の話によると、今催されているのは「アケト誕生祭」という祭りだそうだ。なんでも、名前の通りこの村ができてからずっと行われている祭りだそうで、わざわざシュルツの街から数日かけて参加する猛者も少なくないのだとか。


「で、どうする。この川数百mを渡河するんでしょ? きつくない?」

「心配ないわ! 紅、期待してるわよ!!」


 話を戻そう。


 アケト誕生祭の内容について。なんでも、100リルを支払って参加が認められるそうだ。その物好きな参加者たちは、上流側から合図とともにスタートし、数百m先のフラッグを目指す。そしてそのフラッグを手にした者が、晴れてこの催しの優勝者となるらしい。


「え゛、俺一人で行くの? ってか俺参加するの?」

「そうよ! 私は水が苦手なの。それに優勝したら商品がもらえるのよ! 参加しない手は無いわ。紅、いってらっしゃい!!」

「はあ」


 なぜ俺があまり乗り気ではないか。それは、目の前に立ち並ぶ男たちを見ればわかるだろう。真っ黒に日焼けをした肌、ボンレスハムのような筋肉隆々の脚、極めつけはその眼光の鋭さ。ほとんどがそんななりなのである。


 そう、俺は尻込みしているのだ。


 半ば強引にフィルドに連れられて受付を済ますと、担当員にルールの説明をされる。


 フラッグを見事取った者が優勝者となるが、その過程にはいくつかルールが決められている。まず、他の参加者の身体を引っ張ったりして邪魔をしないこと。フライングは失格となること。そして、中級以上の魔法は禁止されていること。使った場合は、これまたその場で失格となる。


 ちなみに中級の魔法とは、人を対象としたときの有効度で、便宜的に線引きされているらしい。これはシルフィから教わった。必殺ウィンドステップは初級の範疇だ。


 俺は身軽な格好になると、指定のハーフパンツに履き替える。ハーフパンツは紐で縛るタイプで、オリーブ色の薄手のものだ。水深は膝下くらいなので、これを履かないとまともに動けないに違いない。


「じゃあ、いってくるよ」

「頑張ってね!」


 フィルドの威勢のいい声を背中に歩き出したのだった。


***


『あと少しでスタートとなります! 準備をお願いします』


 その声につられ、筋肉隆々の男共は準備運動を始める。太もも、アキレス腱、さらには腕と、余念がない。


「そんなひょろいナリじゃ、フラッグどころかゴールまで辿りつけないぜ! 見たところ魔法使いでもなさそうだしな。優勝は俺に決まりだな!!」

「あん? お前こそ前回は優勝にかすりもしなかっただろ! ほざいてろってんだよ!」

「うるせぇ!!」


 俺をダシに、男たちは競技前のにらみを利かせている。


(これ、無理でしょ……。明らかに周り常連組じゃん! フィルドの手前、情けなくないようにしなきゃ……)


 脅迫的な思いが俺を襲う。だが、水が膝下もあるところを走るなど、今までまるで経験がない。ビリだけは避けたい。


 ふと右を見ると、15歳くらいの茶髪の少年がこちらを見ていた。俺は中肉中背だが、この子は俺よりもさらに線が細い。でも案外、こういう子が速かったりするものだ。


 まだ時間がありそうなので作戦を立てる。


 おそらくまともにガチでやっても、このメンツでは、俺はブービーがせいぜいだろう。だがそれはフィルドの手前、避けなければならない。今もフィルドは向こうで手を振っている。今ばかりは、その晴れがましい顔が鬱陶しい。


 正攻法がダメだとすると、あとは魔法でブーストしか手段がない。しかしシルフィに、無詠唱の魔法は、人前であまり使わない方がいいと言われている。


 ではどうするか。


 もちろん、18歳魔法使いの俺には秘策がある。


 そこで右から少年に話しかけられた。


「君、もしかして魔法使い?」

「え? ま、魔法使いダヨ!」

「そっか。俺は魔法使えないけど、足には自信あるぜ! よろしくな」

「よろしく」


 握手をすると、少年はスタートラインに歩いて行った。俺もそろそろ準備する。


 ところで、魔法には固有の詠唱文句がある。もちろんウィンドステップにもある。しかしさすが初級の魔法といったところか、身体能力の向上はほとんど望めない。かすかな体感からいうと2%くらいだ。詠唱を経ると、多少の効果の増減はあるものの、いいとここのくらいなのだ。


 しかし、これでは優勝などできない。そこで秘策の出番である。


『準備は良いですか! いよいよスタートです。では行きます。……はじめッ!!!!』


 バーンと遠くから爆裂音がすると、歓声と共に、参加者たちは走り出した。


***


「どけどけどけぇ!!!」

「押すんじゃねぇ、首へし折るぞ!!」


 会場は怒涛の勢いで戦場となる。


 河といえど、水深の差がところどころあるので、浅いコースをめぐって我先にと走っているのだ。


 一通り男共が先を行くと、俺はそれを待ってましたとばかりに利用する。


〈われらの風の神よ、わが身にその俊足を授け賜え! ウィンドステップ!!〉


 その瞬間、俺の脚に心地よい浮遊感が纏う。次いで下半身の重さという重さが吹き飛ぶと、俺は勢いよくスタートダッシュした。


「おらおらおらおらぁあああァアアア!!! どけぇ!」

「ヒぃ! お、お前、身体、浮いてるぞ!!」

「なんだあんた! うおッ」


 フオオオオオオオ。


 身体を抜ける風が心地いい。まるで、そう、風の妖精のよう。


 これならどこまでもどこまでも行けそうだ。このまま一気に突き抜けよう。


 川底を蹂躙する男たちを、次から次へと追いぬくと、やがてトップを走る人物が視界に入った。


(なっ! あれ、さっきの少年じゃ)


 茶色の髪を風で後ろに靡かせ、全身をうまく使ってしなやかに走り抜けている。軽快な足はどんどんと回転をし、ゴールに向かって爽快に一直線だ。


 速い。速すぎる。


(おいおいおいおい。あれ滅茶苦茶速いぞ!! 絶対ウサイン・ボル○より速いだろ!)


 誇張ではない。俺だって下手したら自転車より速い速度でとばしているのだ。それに自分の足元を見ると、これまた驚くことに、水面を滑るように走っている。


 だがあの少年は、魔法も使わず、川底に足の裏をつかせて走っているのだ。


 ありえない。河の中であれほど速く走るなど、絶対あり得ない。

 

 俺は切迫感の中、周囲の素子をさらに自分の方へかき集める。翠の奔流が視界を覆い、ゴールのフラッグさえも霞んで見えた。


「うおおおおおおおおおおおおお!!!」


 現時点で、限界まで素子を集めて疾走する。


 刻々と移り変わる周囲の景色が、速度が時速数十キロに達したことを知らせる。


「おい、なんだあいつ! すげぇ、水面を走ってるぞ!!!」

「さっきの魔法か?! でも初級のウィンドステップだろ。下手したら馬よりも速いぞ、ありゃ化け物だ!!」

「紅~急いで、フラッグ取られちゃうわ!!」


 俺の耳には、風を切る音しか入ってこなかった。


***


「うぉおおおおお」


 俺は目の前の少年に追い付かんと、水飛沫をあげて水面を疾走する。


 自分からフラッグは目視で約100m。少年からは90mといったところか。


「ん? ってさっきの!!」


 少年がちらりと振り返り、驚きの表情を浮かべる。やがてすぐに前を見ると、最後の力を振り絞ってダッシュする。間違いない、確実にボル○より速い。


「お先失礼するよォォオオオ!!」


 だがしかし、自動車並みの速度で疾走する俺の敵ではなかった。少年はずば抜けた俊足だったが、今回は運が悪かった。


「くそおおおおお」


 後ろから少年の怒号が響くと、間もなく俺はゴールインした。


「って、うわあああああ」


 ばしゃ、どぼんッ!


 余りの速度でフラッグを掴んだため、つんのめって、恐ろしい勢いで水面にダイブしてしまった。


『ゴーーール!!! 優勝者、……、望月紅殿!!!!』

『ウオオオオオオオオオオオオオ』


 水中からでも、ゴールの知らせと歓声が聞こえた。


(ああ、やった……!! 優勝したんだ! ゴボッ)


 水を飲み咳き込んでいると、どうやら少年もゴールしたようだ。荒い息を整え、つかつかと俺のもとへやってくる。


「ハァハァ。き、君さ。すごいよな、さっきの、魔法でしょ? ハァ、係員に止められなかったっていうことは、初級魔法、だったんだろ? でも、すごいな。あんなんじゃ、勝てないや」


 まだ息が続かないようだ。無理もない、あんな速度で数百m走り抜けたのだから。


 やがて俺たちは、ガッチリと、お互い握手を交わしたのだった。


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