アケト村-上
「いやー、食った食った!」
「腹いっぱいだ」
ガルクスさんとシルフィの声に、俺達もお腹をさすりながら頷く。ミールを人数分釣りあげ、その場で焼いて食べたのだ。
「私はミール久しぶりに食べたわよ。やっぱり新鮮なのは格別ね」
とフィルドは言う。
しかし、ミールは旅人の味方だと言っていなかったか。久しぶりに食べたってちょっと違和感がある。
「ミールって旅人はよく食べるんでしょ? 久しぶりってどういうこと」
「あー……」
フィルドは苦々しい表情を浮かべる。ひょっとして、地雷を踏んでしまったのだろうか。
そこへガルクスさんが
「ディオンと二人で苦労してたんだろ? ならミールにありつけなかったのも納得がいくな」
と言うと、シルフィも
「でもこんなに簡単に獲れるのだぞ? この通りキューもありつけているぞ」
と続ける。
そのそばで、キューも焼いてあげた魚を頬張っている。やがて、ごくんと音がした。
「これはあの道具のおかげだ。あれがなければ、言ったろ、川で魚を獲るのは難しいってな。こればっかりは紅に感謝だ」
「なるほど……」
俺は合点がいった。シルフィも納得のようだ。たしか半日で数匹だったか……。
この世界では投網などは発達しているらしいが、規制が厳しく、魚も必然的に貴重になるのだとか。ならば、味気ない携帯食料に比べ、旅先でありつけるミールはとても魅力的なのだろう。
お腹が空いているらしいキューにもう一匹あげると、少し休んで俺たちは再びアケト村へと向かう。
「クルルルゥ、キュイーキュイー」
「うん? どうしたの。風、気持ちいいね」
キューは俺の肩に乗りながら、機嫌よろしく旅路でさえずる。森を吹き抜ける風に、フィルドの鮮やかな髪が靡いている。
「でもガルクスさん、本当に良かったんですか? お家新築でしたよね」
ふと気になったことを口に出した。俺のあばら家はそんな心配はいらないのだが、ガルクスさんの家は、立派な新築住宅だったのだ。
「なぁに、構わんさ。家はほとんど俺一人でつくったようなもんだしな。石造りだから、そう簡単には痛まんだろう」
とガルクスさんは言う。なるほど、たしかにそうかもしれない。
言葉と同じく、前を行くガルクスさんの足取りは軽かった。
***
「お、見えてきたぞ」
俺たちの目の前に村が見えてくる。
町並みはスラハ村とさほど変わらないが、このアケト村は、河川に沿って広がっているようだ。河川左手が中心らしく、中央道路を囲んで発展している。
「今日と明日ここで過ごすのよね?」
「そうだな。出発を早くした分、余裕をもってシュルツに行く予定だ」
フィルドの問いにガルクスさんが答える。
それにしても眺めがいい。森を抜けたところは小高くなっているので、河川を取り囲む村を一望できるのだ。河の水面がきらきらと光っている。
「ほう、スラハ村の先はこんな風になっているのか。大分印象が違うな」
とシルフィがこぼす。
それはおそらく、河が村を突き抜けているからだろう。町並みはレンガ色が目立つが、さほどスラハ村と変わらない。
「さーてと、さっそく宿を探すか。フィルドはどこに泊まったんだ?」
とガルクスさん言うと、俺はそれに割って入る。
「あ、ちょっと待ってください。キューはこのまま肩に乗せてても目立ちませんかね?」
キューは俺の言葉に小首を傾ける。使い魔は珍しく、なおかつ高位の魔物ということで、悪目立ちしないか心配だったのだ。
すると今度はフィルドが続く。
「大丈夫でしょ。小さいドラゴンなら割とメジャーな生き物よ」
そういうことらしい。
でもドラゴンがメジャーって、ちょっと怖い。その辺に飛び回ってるのだろうか。
「ほら行くぞ。キューも川で遊びたいと浮足立っているぞ」
シルフィがせかすので、俺も村へと向かった。
「で、その宿は左奥にあるんだな?」
「そうよ、シュルツからの旅人がよく利用するらしいんだけどね。宿泊代も安くていいわよ!」
それは懐に優しくていい。大金を得たとはいえ、俺は定職についてるわけではないのでありがたい。
そうだ。宿泊代はどうするんだろう。
「あの、宿泊代はどうします? 僕が出してもいいですよ」
さっきまでは節約とぬかしていたが、景気良く提案してしまった。
「ん、シュルツに到着するまでは俺がもつぞ。それからはこのメンバーで依頼をこなして稼がないといけないがな。なに、心配しなくていい」
「あら、相変わらず気前がいいのね! じゃあ宿を手配したら、さっそく買い物に行ってくるわよ」
宿代が浮いて嬉しいのがバレバレである。
でも俺も買い物に行きたい。だがガルクスさんに宿代をもたせるのは若干気が引ける。
「それなんですけどね。ベルマーとヴァルグ事件のお金、結局僕が全部持ってるじゃないですか。それを当面生活の費用に使ってもらえませんか? シルフィさんもいいですよね?」
「ああいいぞ」
あのお金はギルドとガルクスさんに預けていたのだが、旅に出るにあたり、俺がすべて持っているのだ。台車に荷物を一通り乗せているので、俺は今大金を背負っている。
案の定、ガルクスさんに一度は断られたが、俺とシルフィとフィルドで押し切った。
***
「ここよ。宿代のわりに清潔でいいのよ。女性はそこが大事ね!」
10分程左手の中央道路を歩くと、フィルドの言う宿に到着した。風の友という宿名だ。
「いらっしゃい。4人と……一匹か? お嬢ちゃんまた会ったな」
エスニックなカーテンをくぐると、ガルクスさんより少し歳を重ねた男性が対応してくれる。
「スラハ村からとんぼ返りよ。そういうわけだから、2部屋よろしくね」
「おう分かった。それにしてもすごいな。それ、使い魔だろ?」
宿の主人はおそるおそるといった感じだが、嫌悪感の類は感じられない。
俺もそれに応える。
「そうですよ。まだ付き合いは短いんですけどね。ご迷惑はおかけしないのでよろしくお願いします。キューもほら」
「キュルルルゥ!」
俺の言葉にキューは翼をたたむと、ちょこん、と頭を下げる。
「良い子なんだな。それなら何の問題も無い。部屋に案内するぞ」
宿泊スペースは宿屋の二階だった。主人の話によると、一階は受付と食事場らしい。
「こことここだな。嬢ちゃんたちは左だ。これがカギだ。何かあったらカウンターに来てくれ」
そう言うと、主人は階段を下りていった。
ガルクスさんはすこし部屋を覗くと、納得の表情を浮かべている。
「ほう、なかなか立派な部屋だな。俺たちには十分すぎるほどだ」
全くその通りだ。
ちなみに俺は、ガルクスさんと相部屋である。
扉は木であったが、部屋は石造りだった。床には薄い絨毯が敷かれていて、部屋全体がひんやりと気持ちいい。
「ですね、二人でも狭くないです。このあとフィルドは買い物に行くって言ってましたけど、ガルクスさんはどうします?」
「俺はギルドにでも出向いてくる。ちょっとした情報収集だな。少し休んだら、紅達もそのへんに繰り出すといいぞ。ここは色んな物が売ってるからな」
「はい!」
ガルクスさんのお言葉通り、俺は少し休んだらシルフィ達と村を散策することにする。早速隣の部屋に出向いて作戦会議だ。
コンコン。
「僕です、今入ってもいいですか?」
レディの部屋だから一応である。
「いいぞ、入れ」
とシルフィの声が聞こえたので、俺はドアを開ける。
部屋に入るのと同時に、キューが中から俺に飛んできた。
「どうした、キュー。ビックリしたよ」
「キュィー……」
キューの目線の先には、フィルドが手をわなわなさせている。
「あ、もしかしてキューをいじめた?」
「いじめてないわよ! ちょっと抱きしめてあげようと思ったの」
もう一度キューを見ると、尻尾をピンっと立てて抗議している。フィルドは相変わらずだ。
「いじめちゃだめでしょ、そのうちにガブってやられるよ。それより、皆これから買い物?」
「そのつもりよ」
「私はキューを連れて川で遊んでやるつもりだ。お前たちで行ってこい」
キューはおとなしくシルフィの方へ行くので、俺はフィルドの買い物に同行することにした。
***
商店街へフィルドはすたすたと向かっていく。俺も早足でそれを追うが、みるみる引き離されていく。
(くそっ! なんで女性は買い物のとき歩くのが速いんだ! こうなったら魔法使ってやる)
かすかな風を切る音と共に、俺は道路を疾走する。まもなくフィルドに追いついた。
「ちょっ、ビックリするでしょ!! 魔法をそんな風に気軽に使わないで!」
「いやいやいやいや、こうでもしなきゃ、歩くの速すぎてついていけなかったの。置いてかないでよ」
「もう、分かったわ。これくらいでいい?」
やっと俺が歩く速度に落としてくれる。
俺は魔法を解いて、黙ってそのあとを追った。
それはそうと、なぜ俺が、少し苦手なフィルドに同行しようとしたか。それには理由がある。
フィルドは地雷を踏めば大変なことになるが、いつもはちょっと思い切りのよい、ざっくばらんな女性なのである。俺も大ざっぱな性格なので、その点は一緒にいて心地よいのだ。
「なにぼーっとしてるの。ほら、あそこの武具屋行くわよ」
「あ、はい」
数m先に、無骨な武具屋が見えてくる。店先にもいくつか剣がつるされているので、一目で分かった。
「うわ~、こんな店あるんだ。これすごッ!」
と俺は思わず漏らす。
「ん、どれ? ああこれ。これは短いサーベルね。そういえば紅は武器持ってないのよね?」
もちろんこんな物騒な代物は持っていない。日本で所持していたら、確実に銃刀法違反である。御用物の刃物といえば、この世界でも、ガルクスさんとフィルドのものしかまだ見ていなかった。
「持ってないよ。全然扱う技術も無いしね。でもこれ護身用とか、もしものときのために使えそうだよね」
「そうね、このくらい短いと素人でもそれなりに使えるわよ。買ってく?」
どうしようか。正直欲しいが、さすがにちょっと抵抗はあった。
すると店の主人が威勢よく俺に言い放つ。
「お、兄ちゃん、お目が高いね! そりゃ、最近仕入れたばっかりのやつだ。実用性は十分だぜ! 今なら割引しとくよ」
「じゃあそれちょうだい」
ちょうだい、と言ったのは俺ではない。フィルドだ。フィルドはこういうところがサバサバしている。
仕方がないので俺も続く。
「あ、じゃあお願いします」
「毎度あり! 割引して12万リルだ」
俺は思わず噴き出す。安くはないものだとは思っていたが、こんな高価なものをぽんと買ってしまった。
「はい、じゃあ丁度」
「毎度あり!」
これはたいそう大きな買い物をしてしまったと思った。
(当分は節約しよう……)
差し出されたサーベルは、もちろん鞘付きだ。銀の刀身と金の鍔の対比が美しく、実用以外の意匠も憎い。ちなみに携帯用の皮のベルトもおまけしてもらった。
フィルドを横に、そのあとも色々商店を見て回る。アクセサリーの類を打っている店は多かったが、フィルドはそれらに興味を示さない。
「立て替えてもらって悪かったね。それにしても思いっきり良過ぎ」
「それはいいわ。丸腰なのが不自然なくらいよ。生粋の魔法使いだって短剣くらい携帯してるわよ? ま、扱いはガルクスにでも習うことね」
雑貨屋に寄ったあと、そろそろ帰ろうかという時である。
なにやら河の方が騒がしい。
「なんだろう、何かやってるの?」
「んー、分からないわね。行ってみましょっか」
そう言うと、俺たちは急いで川の方へと向かっていったのだった。




