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異世界情調紀行<凍結>  作者:
風の国編-風の街シュルツ
26/46

旅立ち

 挨拶回りと荷づくりなどは昨日のうちに終えた。


 今日はついに旅立ちの朝である。各自、結構な荷物を背負っている。


「さてと、出発しますか! 今日は旅立ちの日にふさわしい空模様だな」

「そうね~。これならアケト村にも半日で着きそうだわ」


 アケト村とは、スラハ村の先にある村である。スラハ村が元の世界でいう、第一次産業がほとんであったのに対し、アケト村では物作りなども発展しているらしい。


 俺たちは軽快な足取りで村の外れまで向かっていく。農家の人たちは早起きで、途中懇ろにあいさつを交わしてくれた。


 数分もすると、村の出口までやってきた。中央道路を突っ切った所が出口なのだ。


 すると、どうしたことだろうか。人が数人集まっていて、こちらを眩しそうに見つめている。


「おはよう。待っておったぞ。今日でしばしの別れとなるのかの」


 まず声をかけてきたのは、この村の村長だった。


「なんだい、皆して見送りしてくれるのか? 気をつかわせて悪かったな」

「なに、当然のことじゃよ。お前たちは立派なここの住人じゃ。この村を旅立つとなれば、別れの挨拶くらいするもんじゃ」


 ガルクスさんの言葉に、村長は畳みかける。村人たちは6人集まっていた。


「ガルクスさん、本当に行っちまうのか? 俺達はよぉ、あんたのおかげでまともになれたんだ。一人前のハンターになる前にどっか行っちまうなんて、そりゃないぜ!」

『そうだそうだッ!』


 この人はいつかの絡んできたハンターである。今思えば、あのとき、本当は絡むつもりはなかったのかもしれない。ちょっと新人をおちょくってやろうくらいだったのだと思った。


 横を見ると、ガルクスさんもこればかりはつらそうな表情を浮かべている。かなりの間手塩にかけて育ててやったようだから無理もない。


「まあ、なんだ。お前たちは若い。そして見どころもある。俺なんかいなくても、将来は立派なこの村の用心棒になれるさ。俺の教えたことを忘れず続けていけば大丈夫だ。だから泣くな」


 泣くなといいながら、ガルクスさんも目に涙を浮かべている。キューも目をしぱしぱしていた。


「いい歳して泣くんじゃないよ。旅人を引きとめるのは無粋ってもんだ。ここは背中を押してやるのが人情さ。ほら、あんたたちまで泣くんじゃないよ」

「そうだ。別にもう二度と会えなくなる訳じゃないしな。ガルクス、お前にはいろいろと世話になった。兄ちゃんたちもだ。あんたたちがいなければ、この村は魔物に食い潰されていたかもしれなかった」


 薬剤商店のお姉さんと、この村を束ねている中年の男性が続く。


 そのあと、別れの挨拶を一通り交わし、最後に再び村長が見送ってくれる。


「いつでも寂しくなったら戻ってくるんじゃぞ。この村はいつでもお前たちを歓迎する。身体にだけは気をつけるんじゃ。達者での」


 ぶんぶんと手を振る村の住人に、俺たちも、姿が見えなくなるまで手を振り返した。


***


 村を出てしばらくすると、森の中を進んでいくようになる。村を出てすぐのところは、路幅が広く歩きやすかったのだが、今はでこぼこの道を歩いている。


「いやあ、結構きついですね、荷物を持ってこんな道を歩くのは。ふぅ」


 思わず息が漏れる。温室育ちの俺にはかなりハードなのだ。


「これでもいい方よ。村と村をつなぐ道だもの。ハンターならこれくらい楽勝と思わなければだめよ」


(マジかよ!)


 そんなこと言われたらこの先不安になる。早くもハンター廃業か……。


「それはちょっと大げさだがな。大体はそんな感じだ。まあ馬を使う時もあるから気長に鍛えればいいだろうさ」


 少し安心する俺の横で、シルフィは涼しい顔をして歩いている。腐っても神様という事か。ならば俺は、あの魔法を使うしかあるまい。


 いつかの魔法講義のとき、俺は魔法についていくらか、シルフィから教わった。


 教える内容が感覚的なものなので、最初は、簡単な魔法の概要の講義だった。魔法は機能の面から、攻撃魔法・防御魔法・汎用魔法に分けられるそうだ。身体能力を上げてくれるのは、最後の汎用魔法である。


「ふんッ!」


 威勢よく踏ん張るが、翠の粒子たちは足にまとわりついてくれない。


「なんだ、あれをやろうとしたのか? 踏ん張っても変わらんぞ。いかに足の先を自然にするかが大切だと言ったろう」

「あはは……」


 あれからというもの、俺は未だこの魔法に成功したことがない。考えたのだが、飛空魔法のときは、運良く(?)コツを頭で理解できていたから成功できたのかもしれない。魔女の宅急○とかは記憶に新しいから。そのイメージが役立ってくれだのだろう。


「魔法をやろうとしたの? 無詠唱よね、どんな魔法?」

「風の魔法のウィンドステップなんだけどさ、練習が足りなくて成功しないんだ」

「ふぅん。最初から無提唱でやろうとするから失敗するんじゃない? まあ詠唱でもできるまで結構かかるけど」


 そこが辛いところである。何事も継続が大事だが、魔法に限ってはすぐにできるようになりたいのだ。しかし、初歩的な一つの魔法を習得するのも、専門の教育を受けて1年を要するらしい。


「他にコツは無いんですか? こう、もっと具体的な」


 たまらず俺は吐き出す。頼りになるのはガルクスさんだけだ。


「つってもなー。俺もほとんど魔法はからっきしだからな。……ッお、あれなんか参考になるんじゃないか? 紅がフィルドから逃げ回るとき、すごい足まわりが軽快だったぞ。そう、滑る、ような……」

「それですよッ!!」


 俺はガルクスさんの言葉にひらめいた。いつかのどざえもん事件の時も、川の水面を滑るように歩けたらいいなと思っていたのだ。何で忘れていたのだろう。


 意識を集中し、五感をシャットアウトする。第六感というべきか、そういうものが魔法には欠かせない。


「……!!」


 土煙と共に、俺は林道を爆走する。遠く後ろから叫び声が聞こえるが、今の俺の耳は入ってこなかった。


「きっもちいいぃいっ!!」


 数百m爆走しても、一向に疲れが身体を襲ってこない。学生の頃は、100mでもこのくらいの速度でトバしたらへとへとだったのに。


やがて冷静になり、後ろのガルクスさん達の方を振り返る。しかし、その姿は捉えられなかった。


「やばい、トバしすぎた……」


 俺はしばらくの間、目の前の土の大地に横になった。


***


「とばしすぎよ! 土埃も凄かったわよ」


 やがて追いついた一行に合流する。フィルドはお冠の様子だ。


「まあそれはいい。それにしても、やっぱり紅は魔法のセンスがあるんだな。教わってから数日だろ? 俺なんて土の初歩の魔法を覚えるのに二年かかったぞ」

「そうだな、かなり素養はあるようだ。この調子だと旅の道中も心強い」


 ガルクスさんとシルフィが続く。


 魔法の才能がまだあるとは分からない。しかし、元の世界では才能というモノに無縁だった身からすれば、少し浮ついた気持ちになってしまう。でも、コツコツ努力することが、結局は一番大切なのだ。それは身にしみて分かっている。


「紅のいいところはそういうところだよな。勤勉で努力を惜しまない。向上心がある。これは魔法の才能以上に大切なことだ」


 ガルクスさんに褒められてしまった。少しくすぐったい。


 今俺たちは、4人と一匹で休憩中である。なんでもここは、アケト村との中継休憩地らしい。


 キューもショルダーバッグから出してやる。村人に目立っては面倒なので、鼻だけ出してバッグに入れたのだ。もっとも、すぐ出してやるつもりだったが、起伏のある道中で揺られて眠ってしまっていた。


「キュー、窮屈なとこに押し込めてごめんね。ほら、川だよ。何かいるかな」

「キュルルゥ」


 キューは伸びをした後、川幅の狭い川を覗き込む。川は森を突っ切り、休憩地の横にも流れているのだ。


「釣りしてみない? 水深も案外深そうだし、大物が潜んでるかも」


 フィルドが興味深そうに川を覗き込む。家にあった必要なものは一通り持ってきたが、フィルドは背中に釣り竿を背負っている。フィルドもすっかり釣りにハマったようだ。


「それはいいな。朝食が軽かったから、私は腹が空いてきたぞ。手頃なのを釣って焼いて食べよう」


 シルフィの言葉に、皆も賛成の表情を浮かべる。キューは浅いところでぱちゃぱちゃ水遊びをしている。


 準備を終えると、4人で感覚を空けて竿を垂らす。浅いところでキューが水遊びをしていて川虫をゲットできないので、今日の餌は、旅食のパンを水でふやかしたものだ。


 釣っていると、やはり、川虫よりはアタリが鈍い。この人数であれば、10分もするとヒットの声が木霊するはずなのだが、まだ声は上がっていない。


「うんっ、きた!!!」


 さらに数分経ったとき、フィルドが雄叫びをあげる。竿がぐうんとしなっている。


『マスか?』


 水面から姿を現したのは、細長くて体表が虹色の、20cmほどの魚だった。


「こりゃマスじゃないな。ミールっていう魚だ。何処の川にでもいるが、身がしっかりしていて旅人の心強い味方だ」


 俺は初めて見る、このミールを(!)。その姿を刮目すると、日光に反射してなんとも美しい魚だ。ピチピチピチと元気よく跳ねる姿は、不思議と森に映えて見える。


「よし、調理は俺が担当しよう。お前らは頑張って人数分釣ってくれ」

『了解!』

 

 威勢良く、俺たちは返事をした。


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