旅立ち
挨拶回りと荷づくりなどは昨日のうちに終えた。
今日はついに旅立ちの朝である。各自、結構な荷物を背負っている。
「さてと、出発しますか! 今日は旅立ちの日にふさわしい空模様だな」
「そうね~。これならアケト村にも半日で着きそうだわ」
アケト村とは、スラハ村の先にある村である。スラハ村が元の世界でいう、第一次産業がほとんであったのに対し、アケト村では物作りなども発展しているらしい。
俺たちは軽快な足取りで村の外れまで向かっていく。農家の人たちは早起きで、途中懇ろにあいさつを交わしてくれた。
数分もすると、村の出口までやってきた。中央道路を突っ切った所が出口なのだ。
すると、どうしたことだろうか。人が数人集まっていて、こちらを眩しそうに見つめている。
「おはよう。待っておったぞ。今日でしばしの別れとなるのかの」
まず声をかけてきたのは、この村の村長だった。
「なんだい、皆して見送りしてくれるのか? 気をつかわせて悪かったな」
「なに、当然のことじゃよ。お前たちは立派なここの住人じゃ。この村を旅立つとなれば、別れの挨拶くらいするもんじゃ」
ガルクスさんの言葉に、村長は畳みかける。村人たちは6人集まっていた。
「ガルクスさん、本当に行っちまうのか? 俺達はよぉ、あんたのおかげでまともになれたんだ。一人前のハンターになる前にどっか行っちまうなんて、そりゃないぜ!」
『そうだそうだッ!』
この人はいつかの絡んできたハンターである。今思えば、あのとき、本当は絡むつもりはなかったのかもしれない。ちょっと新人をおちょくってやろうくらいだったのだと思った。
横を見ると、ガルクスさんもこればかりはつらそうな表情を浮かべている。かなりの間手塩にかけて育ててやったようだから無理もない。
「まあ、なんだ。お前たちは若い。そして見どころもある。俺なんかいなくても、将来は立派なこの村の用心棒になれるさ。俺の教えたことを忘れず続けていけば大丈夫だ。だから泣くな」
泣くなといいながら、ガルクスさんも目に涙を浮かべている。キューも目をしぱしぱしていた。
「いい歳して泣くんじゃないよ。旅人を引きとめるのは無粋ってもんだ。ここは背中を押してやるのが人情さ。ほら、あんたたちまで泣くんじゃないよ」
「そうだ。別にもう二度と会えなくなる訳じゃないしな。ガルクス、お前にはいろいろと世話になった。兄ちゃんたちもだ。あんたたちがいなければ、この村は魔物に食い潰されていたかもしれなかった」
薬剤商店のお姉さんと、この村を束ねている中年の男性が続く。
そのあと、別れの挨拶を一通り交わし、最後に再び村長が見送ってくれる。
「いつでも寂しくなったら戻ってくるんじゃぞ。この村はいつでもお前たちを歓迎する。身体にだけは気をつけるんじゃ。達者での」
ぶんぶんと手を振る村の住人に、俺たちも、姿が見えなくなるまで手を振り返した。
***
村を出てしばらくすると、森の中を進んでいくようになる。村を出てすぐのところは、路幅が広く歩きやすかったのだが、今はでこぼこの道を歩いている。
「いやあ、結構きついですね、荷物を持ってこんな道を歩くのは。ふぅ」
思わず息が漏れる。温室育ちの俺にはかなりハードなのだ。
「これでもいい方よ。村と村をつなぐ道だもの。ハンターならこれくらい楽勝と思わなければだめよ」
(マジかよ!)
そんなこと言われたらこの先不安になる。早くもハンター廃業か……。
「それはちょっと大げさだがな。大体はそんな感じだ。まあ馬を使う時もあるから気長に鍛えればいいだろうさ」
少し安心する俺の横で、シルフィは涼しい顔をして歩いている。腐っても神様という事か。ならば俺は、あの魔法を使うしかあるまい。
いつかの魔法講義のとき、俺は魔法についていくらか、シルフィから教わった。
教える内容が感覚的なものなので、最初は、簡単な魔法の概要の講義だった。魔法は機能の面から、攻撃魔法・防御魔法・汎用魔法に分けられるそうだ。身体能力を上げてくれるのは、最後の汎用魔法である。
「ふんッ!」
威勢よく踏ん張るが、翠の粒子たちは足にまとわりついてくれない。
「なんだ、あれをやろうとしたのか? 踏ん張っても変わらんぞ。いかに足の先を自然にするかが大切だと言ったろう」
「あはは……」
あれからというもの、俺は未だこの魔法に成功したことがない。考えたのだが、飛空魔法のときは、運良く(?)コツを頭で理解できていたから成功できたのかもしれない。魔女の宅急○とかは記憶に新しいから。そのイメージが役立ってくれだのだろう。
「魔法をやろうとしたの? 無詠唱よね、どんな魔法?」
「風の魔法のウィンドステップなんだけどさ、練習が足りなくて成功しないんだ」
「ふぅん。最初から無提唱でやろうとするから失敗するんじゃない? まあ詠唱でもできるまで結構かかるけど」
そこが辛いところである。何事も継続が大事だが、魔法に限ってはすぐにできるようになりたいのだ。しかし、初歩的な一つの魔法を習得するのも、専門の教育を受けて1年を要するらしい。
「他にコツは無いんですか? こう、もっと具体的な」
たまらず俺は吐き出す。頼りになるのはガルクスさんだけだ。
「つってもなー。俺もほとんど魔法はからっきしだからな。……ッお、あれなんか参考になるんじゃないか? 紅がフィルドから逃げ回るとき、すごい足まわりが軽快だったぞ。そう、滑る、ような……」
「それですよッ!!」
俺はガルクスさんの言葉にひらめいた。いつかのどざえもん事件の時も、川の水面を滑るように歩けたらいいなと思っていたのだ。何で忘れていたのだろう。
意識を集中し、五感をシャットアウトする。第六感というべきか、そういうものが魔法には欠かせない。
「……!!」
土煙と共に、俺は林道を爆走する。遠く後ろから叫び声が聞こえるが、今の俺の耳は入ってこなかった。
「きっもちいいぃいっ!!」
数百m爆走しても、一向に疲れが身体を襲ってこない。学生の頃は、100mでもこのくらいの速度でトバしたらへとへとだったのに。
やがて冷静になり、後ろのガルクスさん達の方を振り返る。しかし、その姿は捉えられなかった。
「やばい、トバしすぎた……」
俺はしばらくの間、目の前の土の大地に横になった。
***
「とばしすぎよ! 土埃も凄かったわよ」
やがて追いついた一行に合流する。フィルドはお冠の様子だ。
「まあそれはいい。それにしても、やっぱり紅は魔法のセンスがあるんだな。教わってから数日だろ? 俺なんて土の初歩の魔法を覚えるのに二年かかったぞ」
「そうだな、かなり素養はあるようだ。この調子だと旅の道中も心強い」
ガルクスさんとシルフィが続く。
魔法の才能がまだあるとは分からない。しかし、元の世界では才能というモノに無縁だった身からすれば、少し浮ついた気持ちになってしまう。でも、コツコツ努力することが、結局は一番大切なのだ。それは身にしみて分かっている。
「紅のいいところはそういうところだよな。勤勉で努力を惜しまない。向上心がある。これは魔法の才能以上に大切なことだ」
ガルクスさんに褒められてしまった。少しくすぐったい。
今俺たちは、4人と一匹で休憩中である。なんでもここは、アケト村との中継休憩地らしい。
キューもショルダーバッグから出してやる。村人に目立っては面倒なので、鼻だけ出してバッグに入れたのだ。もっとも、すぐ出してやるつもりだったが、起伏のある道中で揺られて眠ってしまっていた。
「キュー、窮屈なとこに押し込めてごめんね。ほら、川だよ。何かいるかな」
「キュルルゥ」
キューは伸びをした後、川幅の狭い川を覗き込む。川は森を突っ切り、休憩地の横にも流れているのだ。
「釣りしてみない? 水深も案外深そうだし、大物が潜んでるかも」
フィルドが興味深そうに川を覗き込む。家にあった必要なものは一通り持ってきたが、フィルドは背中に釣り竿を背負っている。フィルドもすっかり釣りにハマったようだ。
「それはいいな。朝食が軽かったから、私は腹が空いてきたぞ。手頃なのを釣って焼いて食べよう」
シルフィの言葉に、皆も賛成の表情を浮かべる。キューは浅いところでぱちゃぱちゃ水遊びをしている。
準備を終えると、4人で感覚を空けて竿を垂らす。浅いところでキューが水遊びをしていて川虫をゲットできないので、今日の餌は、旅食のパンを水でふやかしたものだ。
釣っていると、やはり、川虫よりはアタリが鈍い。この人数であれば、10分もするとヒットの声が木霊するはずなのだが、まだ声は上がっていない。
「うんっ、きた!!!」
さらに数分経ったとき、フィルドが雄叫びをあげる。竿がぐうんとしなっている。
『マスか?』
水面から姿を現したのは、細長くて体表が虹色の、20cmほどの魚だった。
「こりゃマスじゃないな。ミールっていう魚だ。何処の川にでもいるが、身がしっかりしていて旅人の心強い味方だ」
俺は初めて見る、このミールを(!)。その姿を刮目すると、日光に反射してなんとも美しい魚だ。ピチピチピチと元気よく跳ねる姿は、不思議と森に映えて見える。
「よし、調理は俺が担当しよう。お前らは頑張って人数分釣ってくれ」
『了解!』
威勢良く、俺たちは返事をした。




