別れの知らせ
魔法の講義を終え、俺とシルフィとキューは夕食へと向かう。
外は雨で、キューのための魚を確保できないので、今日はご一緒することになったのだ。
「お邪魔します~。お手伝いに来ました」
「おう、早く入れ、濡れちまうぞ」
ガルクスさんの声を確認すると、3人いや2人と一匹は、家の中にお邪魔する。
「今日はキューも連れてきたんですけど、問題無かったですか?」
「おぉ、いいぞ。別に皿を用意しよう」
フィルドはと言うと、お行儀悪くテーブルを使ってストレッチをしていた。
「んっしょっ」
邪魔をすると悪いので、俺たちは調理場へと向かう。
「今日は何を作るんですか?」
「今日は魚の煮付けだな。紅達は野菜を切ってくれ。俺は魚と煮汁を担当する」
『了解!』
シルフィも手伝う。包丁さばきは俺なんかより結構うまいのだ。
二人でザックザックとやっていく。無言で切り刻むのもあれなので、たまに会話を交える。
「結局旅の件はどうなったんですか?」
シルフィも顔を向ける。
「それなんだがな。今日一日フィルドと話し合って決着がついた。美味い料理を囲んで話し合おう」
そう言うガルクスさんの顔は、前日と比べると、幾分か晴れやかであった。
しばらくして、年季の立ったフライパンに煮汁を満たし、煮立ってから、処理した魚を投入する。
10分もすると、良い匂いと共に出来上がった。最後に白野菜をトッピングして出来上がり。
それぞれの皿に盛り付け、俺たちは食卓へと運んで行く。フィルドはストレッチを終えたようだ。
「ん~良い匂いね。さっそくいただくわ」
どっかりと腰をおろし、俺たちは料理にありつく。
キューの分も作ったので、俺はいただく前に、キューの前に皿を添えてやった。
煮付けは白野菜が後味をすっきりさせてくれて箸が進んだ。握るのは箸ではなく木製のフォークだが。
「俺は面倒は苦手だ。前置きは無しでいく」
フィルドは一瞬、何のことか分からなそうだったが、すぐに理解できたようだった。
数秒煮付けを引き裂く音だけがする。キューもチョコンとこちらを見ていた。
「この村を出て旅をすることにする。紅達はそれについて来てほしい」
ガルクスさんらしい、まっすぐな言葉だった。
「私ももちろんついていくわよ。どう、ハンターとして名をあげてみない?」
俺の答えはすでに決まっていた。でもすぐにはYESと言えなかった。
ここは、はじまりの村。そしてお世話になったスラハ村。
元の世界への、唯一のつながり。
村の人たちも、俺を暖かく迎えてくれた。暖か過ぎて絡まれたこともあった。
ずっとずっと、ここで、ガルクスさんと生きていくんだと思っていた。
畑も耕した。立派なスラハも育った。森の恵みも生きる糧となった。
でも。
今が、一つの節目なのだろう。俺は薄々気づいているから。
このままここで平和に暮らしていっても、元の世界に戻るばかりか、その手掛かりすらも見つけられないだろう。
別に、特別、元の世界に未練がある訳じゃない。むしろこのままこの世界に骨を埋めてもいいとも思っている。
しかし、それも元の世界の状況を把握できてからにしたい。
両親や友人たちもさぞ心配していることだろう。そんな憂いを片隅に追いやって、この世界で生きていくことなどできない。いや、したくない。
お世話になったこの村の人たち。そしてガルクスさん。皆の真心に、俺もまっすぐにこの世界の住人として向き合いたい。
それが俺に出来る、俺としての生きるという事なのだから。
「分かりました、僕もついていきます。でも、ひとつだけ、お願いがあります」
『なんだ?』
「もし役立たなくても、途中で捨てたりしないでください」
その瞬間、居間はドッと笑いの渦に巻き込まれた。
***
「酷いじゃないですか、昨日のあれ、真面目だったんですよ」
俺はあの発言の後、シルフィも含め、皆に爆笑された。俺としてはいたって真摯だったのだが、それが笑いに拍車をかけたようだった。全くひどい話である。
「まあそう言うな! ハハハッ。旅の仲間を途中で置いていくわけないだろうが」
「そうよ、何もできないわけでもないんだし。化け物を倒す重要な戦力よ!」
できるなら旅先では化け物と遭遇したくないものである。
皆はこう言うが、俺はいたって真剣だったのだ。
この世界の地理や風土も知らなければ、おそらく一般常識にも乏しい。そんな俺がその辺に放逐されてみろ。俺は怖い人たちに、全身の身ぐるみをはがされる自信がある。異世界でノーガードフルチ○野郎になり下がるのだけはごめんだ。
「私も置いていってもらっては困るぞ。紅以外当てはないのだからな。紅だけでは不安だぞ」
それは俺のセリフである。それに神様ならその辺にほったらかしても大丈夫だと思う。
「まあまあ。それと、こいつも連れて行くんだろ? 紅の大切な使い魔だもんな。よし、お前も一緒に行くぞ!」
「キューッ!!」
キューもまだ見ぬ世界に思いを馳せているようだった。
かくして、俺達4人と一匹は、旅の道連れとなったのである。
「今日一日、荷づくりと村のやつらにあいさつ回りをした後、明日の朝早くに出発する予定だ。本当はもう少しゆっくりしていても良かったんだけどな。ディオンのやつが街で遊び呆けていないかフィルドが心配らしい。俺たちもディオンをいつまでも待たせる訳もいかんし、明日出発するぞ」
『はい!』『キュー!』
元気な掛け声が聞こえた後、一同は家の外に出る。
挨拶回り、荷づくり、それと畑の委託を分担してやらなければならない。もたもたはしていられない、出発は明日なのだから。
数分家の前で話し合った結果、ガルクスさんと俺が挨拶回り、フィルドが荷づくり、そしてシルフィが畑の委託をギルドに頼むことになった。ちなみに、委託金は多少負担する必要があるとのことだ。
「それじゃあ行ってきます」
フィルドとキューを家に残し、俺とガルクスさんは村人に別れの挨拶をしにいく。
シルフィは反対方向に歩いて行った。
まずは村長の家である。ベルマーの事件以来、色々と便宜を図ってくれたのだ。
「こんにちは~。村長さんいらっしゃいますか?」
控えめに家の扉をノックする。すると、はーいという快活な声が聞こえた。
「アンナさん、無沙汰だ。今日は村長に用があってきた」
「あら、あがってあがって。今ちょっと出かけてるけど、すぐ戻るわよ。お茶でも飲んでいって」
「それじゃあ、お邪魔します」
お言葉に甘え、家の中で待たせてもらうことにする。
家は、村の中でもひときわ年季が経っていて、適度に劣化した石がなんと言えぬ素朴な感じを醸し出している。
玄関には神秘的な木彫りの像がいろいろ並べられていた。
「さあさ、ここに座っててね。今お茶を淹れてくるから」
控えなテーブルに添えられた椅子に、俺たち二人は腰を下ろす。
窓から、心地よい薫風が鼻を撫でる。ここはとても落ち着くところだ。
「明日の早朝、村を去ることを伝えればいいんですよね? いろいろお世話になったお礼はどうしましょうか」
「心配しなくていいぞ。話は俺が進めるからな。紅は最後に礼を伝えればいいだろう」
間もなく、お茶を木のトレイに乗せたアンナさんがやってくる。アンナさんは村長の娘なのだ。
しばらく世間話をしていると、帰宅の声と共に村長が顔を見せる。俺たちの来訪に、村長は帽子をとる。
「やあやあ、今日はどうした。いや、失礼。お前さん達の武勇を色々聞かせてくれんかの。歳をとると退屈でかなわんわい」
覚えているだろうか。ベルマー事件の状況説明のとき、ひときわ歳を重ねた老人も同席していた。その老人が、ここにいる村長その人なのだ。
「ハハ、武勇って言ってもヴァルグ以上のはさすがにないぞ? それはこいつから聞いた方がいいだろうな!」
「たしかにのう。あれ以上のもんがその辺にうろついてたら大変じゃわい。どれ、いろいろ話をしようか。アンナ、わしの茶も淹れてくれ!」
いきなり別れの言葉を告げるのも無粋だと思い、俺たち二人は、己の武勇伝を身振り手振りで語ってやるのだった。
***
「ほう! で、その迫り来る木はどうやって投げ返したんじゃ?」
「自分でもよく覚えてないんですよ。生きるか死ぬかの瀬戸際だったので。仲間が言うには、風の魔法で吹き飛ばしたみたいです」
「そりゃすごいのう。その腕前なら王都でも名を上げられるじゃろうよ」
今俺は、ガルクスさんの次にヴァルグ事件を語っているところだ。クライマックスに突入し、村長もかなり興奮気味である。
そろそろ切り出そうか。
すると、ガルクスさんが口を開く。
「王都だけじゃなく、仲間と色々なところを回って腕を上げるのもいいさ。それでなんだがな、村長」
「なんじゃ? わしに出来る限りのことはするぞ。2度も村の危機を救ってもろうたからな」
ついに、告白する。
「俺の昔の仲間が、この前村に来たろう? そいつらと一緒に、また旅をして来ようかと思う」
「すると、この村を出るということかの?」
「残念だがそうなる。村長には本当に色々世話になった。その恩もまだ十分に返せてないんだがな。だが、困ったことに、俺は根っからの旅好きらしい。こいつが来てから思うところがあってな」
俺もガルクスさんと出会って、変わった気がする。受験を経て、どうしても物事を建設的な側面で見てしまいがちだったが、ここに来て、ガルクスさんと出会って、毎日の生活を心から楽しめるようになったのだ。
「そうか……。それは寂しくなるのう。村の荒くれ共もせっかくハンターとしてものになってきたというに」
「あいつらはまだまだ未来がある。それに筋が悪い訳じゃない。意外と骨もあるし、将来はこの村を守ってくれるようにもなるだろうさ。あいつらなりに今じゃこの村に思い入れがあるようだしな」
「そうか。そうじゃのう。旅を望む者を無理に引きとめるのも無粋というものか。ちょっと待ってておれ」
そう言うと、村長は家の奥に消えていった。
しばらくすると、手に何かを提げて戻ってくる。
「これは少ないがの、なに、旅の路銀じゃ。それとこれは、この国の地図じゃな。市販の物よりはだいぶ詳しいはずじゃ。昔ワシが若いころ、旅人から譲ってもらったものじゃ。どうか使っておくれ」
「それはありがたい。だがこれは受け取れない。俺たちは今のところ、金にも困ってないしな。地図はありがたく貰っておくよ」
最終的には、差し出された金貨30枚のうち、10だけいただいて残りはお返しした。村長にも納得してもらえたようだった。
「いつでも帰って来たくなったら帰ってくるんじゃぞ。お前も立派なこの村の住人じゃ。命だけは落とさぬように気をつける事じゃ。」
「おう、俺もここは自分の故郷だと思ってるぜ。世話になったな。じゃあ明日の早朝に旅立つ」
「お主も気をつけるんじゃぞ。そんな歳で命を落としたら親が泣くじゃろう。お前もここの住人じゃ、いつでも帰ってくるんじゃぞ」
来たときのドアで別れを告げると、会釈してから、俺たちは家へと戻っていった。
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風の国編-はじまりの村 -完-




