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異世界情調紀行<凍結>  作者:
風の国編-はじまりの村
24/46

きざし

 4人で夕食を囲む。


 テーブルの上には、フィルドが作った料理が並んでいる。


「あれ、意外とまとも」

「な、何よそれ!! 私のことどう思ってるの?!」

「イタイイタイッ!! すみません、すみません!!」


 俺はフィルドに耳をつねられて悶絶しそうになる。


 ガルクスさんとシルフィはちらりとこちらを見るが、やがてすぐに興味は目の前の料理へと移った。


 そうやっていつもの風景のように見るのは止めてほしいものだ。


「うん、悪くはない。美味しいかも」

「なんか鼻につく言い方ね? ふん、言ったでしょ、あれから私も料理頑張ってるって」


 危うくまたつねられそうになるが、美味しいの一言で回避できたようだ。心なしかフィルドの口が緩んでいるような気もする。


 他のお二人にも意外と好評なようで、話の合間にも料理に手が進んでいる。


 すると、ガルクスさんが口を開く。


「フィルド、今回は無駄足で済まなかったが、これからどうするんだ? またディオンと旅でもするのか?」


 ああそうだ。すっかりとけこんでいて気付かなかったが、フィルドさんは用事を済ませたらそれまでなんだよな。いくら爆弾娘とはいえ、それは少しさびしい気もする。ガルクスさんの昔の仲間だから、不思議と違和感が無かったのかもしれないな。


「そうね……。街で一心地ついたら、またハンターの腕でも上げるわ。ガルクスはここで落ち着くつもりなんでしょ?」

「そのつもりだったんだけどな」


 だった、って過去形じゃないか。……ひょっとしてまたフィルドと共に旅にでも出るのか?


 すかさずフィルドは問いかける。


「だった? どういうこと?」

「えっとな。紅たちがここに来てから、俺も色々な刺激を受けた。釣り、飛空、ヴァルグなんて化け物とかな。年甲斐もなくそれらにワクワクしちまった。そしたら血が騒ぐんだ。俺の知らない世界がまだまだあるんだってな。ここでの生活も居心地が良かったんだが、生憎と俺は根っからの冒険好きらしい。ははっ」

「じゃあ、またハンターとして旅に出るの?」


 フィルドの問いかけに、今度はガルクスさんも口を開かない。複雑な表情である。


「私は旅に出るなら歓迎だ。色々と旅をして見聞を広げる必要があるからな」


 料理に手を伸ばすガルクスさんに、シルフィが述べる。


「まあその際はこいつも連れて行かなければならないが。」


 続けて俺の方を指さすと、シルフィも料理に手を伸ばす。


 旅、か……。旅に出るとすると、ここを離れることになるんだよな。


 俺はここに厄介になってから、色々なことを経験した。どれもが鮮明に、昨日のことのように思い出される。


 今はもう、元の世界に戻るのは、半分は諦めかけている。自分の意思で帰ろうとしても、できるものでもないのであるから。


 唯一の心残りは両親のことだ。あれから1カ月は過ぎたが、俺のことを心配しているだろうか。大学生活に嫌気がさしていたとはいえ、学費を毎月工面してくれた両親だけは心残りだ。


 そんなことは毎日寝る前に考えに考えた。この世界は美しく、昼間はここが夢の世界のように感じることも多いが、夜になると、ふとしたことで郷愁にも似た感情を抱いてしまう。


 しかし、今ここにいる以上、俺は何とか生きていかなくてはならない。例えこの世界で異物に思われようとも、それだけは避けられないことだ。


「どうした、紅? お前まで悩まなくてもいいんだぞ。まだ旅に出るとは決めていないんだからな」


 それはそうだ。でも、なぜ俺は悩んでいたのだろうか。


 夕食を食べながら自分に問いかける。


 そうか。俺はガルクスさんと一緒にいたいと思ったんだ。だからガルクスさんが旅に出ることをほのめかしたとき、俺も一緒になって考え込んでしまったんだ。


「万が一、ガルクスさんが旅に出ると決めたら、僕もついていっていいですか?」

「ん? そりゃもちろんいいぞ。ハンター登録もばっちりだしな。まあゆっくり考えよう」


 この世界にすんなりと馴染めたのは、ひとえにガルクスさんのおかげである。ガルクスさんの人柄が無ければ、俺はこうしてこの世界で暖かい夕食にあり付けなかったに違いない。ガルクスさんには感謝してもしきれない。


 そのあと妙にしんみりとした雰囲気の中、俺はいずれにせよ、ガルクスさんについていこうと決心したのだった。


***


 翌朝、その日はあいにくの空模様だった。


 眠い目を擦って起きると、隣に見かけない姿を見つける。


(ああ、キュルクか。新しい家族だな)


 俺の物音に気付いたのか、布団から顔を出して鼻をクンクンしている。


「まだ寝てていいよ」


 もう一度布団をかぶせてやると、もそもそした後、気持ちの良さそうな寝息が聞こえてくる。


 シルフィも起きる気配は無い。どうやら早く目が覚めてしまったようだ。


 ぽつぽつとしみこむ雨音が部屋を支配する。


 ガルクスさんは旅に出るか考え中だと言っていた。でも俺は、どうしてか、ガルクスさんはまた旅に出てしまうような気がした。旅の話をしているガルクスさんは心から楽しそうだったから。


 俺はどうしようか。


 ガルクスさん達についていけば、この世界でやっていけるのだろうか。


 不安と同時に、旅という言葉に言いようのない魅力を感じるのも事実である。ハンターとして、色々な街をめぐって、色々な出会いをして、そして……。


 いや、やめよう。まだ旅に出るとは決まっていないんだ。こうやってゆっくり生きていく道だってあるはずだ。


 でも。


「なんだ、紅。今日は早いな。ふはあ、今日は雨か」


 思考が行き着く寸前、起きてきたシルフィに話しかけられる。


「そうみたいですね。もう少ししたら朝食を手伝いに行きましょうか」

「ああ、そうしよう」


 やがてキュルクも起き出す。翼をぱたぱたして、ぐんっと伸びをした後、窓の外を嬉しそうに眺めている。


「キュルク、今日は雨だよ。少しおさまったら一緒に遊ぼっか」

「キュルー」


 朝食を終えて一休みすると雨音も少し引いてきた。


 天気はこんななので、今日は家にいることになるだろう。ガルクスさんはフィルドさんと話があるそうだ。


「キュルク~、戻ったよ」


 キュルクは俺たちに気付くと、トコトコとこちらへ近づいてくる。


「そういえば名前付けてなかった。シルフィさん、何か候補あります?」

「そうだな……。ソーセージ!」

「却下です」


 それはさっきの朝食だろう。まったく食い意地が張ってらっしゃる。


 それはそうと、ここにきてから気づいたことがある。


 それは事物の名前についてだ。もとの世界、日本と全く同じ名前のモノもあれば、反対に違うモノもある。前者はマス、ミョウガ、件のソーセージなど。後者はミバシリ草、スラハ、ケリール草などだ。


 文字の表記のこともあるし、俗にいう並行世界ってやつなのかもしれない。もっとも、魔物がその辺をうろついてるなんて、俺からしたら異世界である。


(あ、キュルクの名前を考えなきゃ)


 キュルク、ドラゴンのキュルク、ドラキュル…これはだめだ!


 ……。


「キュー、なんかだめですか?」


 結局凝った名前は考え付かなかった。しかし、これはこれでいいのではないか。キュート(・・・・)な外見をうまく表しているし、何より呼びやすいじゃないか。変に凝ってアトムなんて名づけるよりはマシだろう。


「なんとも単純な命名だな。だがいいんじゃないか? 呼びやすいし」


 どうやらシルフィにも賛同してもらえたようだ。


 キュルク、今日から君は、キューちゃんだ!


「キュー、君の名前だよ」

「キュィーッ!」


 キューは立ち上がり、前足を目の前に持ってきて反応する。了解の意だろう。


 俺は新しい家族、キューの足を優しく掴むと、キューは尻尾を振ってダンスを始めたのだった。


***


 おとなしく家で3人一緒に遊んでから、昼食を囲むためにガルクスさんの家に向かう。


 昼食中も、ガルクスさんとフィルドは、ハンターやギルドの情勢などをいろいろ話し合っていた。


 それを尻目にシルフィと午後の予定を考えていたとき、フィルドから話を振られた。


「紅ってヴァルグを倒した後にハンター登録したのよね? 免除申請はしたの?」

「したよ、今Dランク。本当はコツコツFから始めた方がいいんだろうけどさ。ガルクスさんがいるから問題ないかなって」

「ふうん、たしかにそうね。シルフィは?」

「私も同じだ。旅をするにはハンターになっておいた方が便利だろうからな」

「そっか。じゃあ今度の試験受けるの?」


 試験って何だ? 大学受験で試験はもうごめんだ。


「試験って何なの?」


 試験、それはすなわちハンターの昇進試験のことらしい。


 この世界は300日が1年=1ノルと表せるそうだが、1ノルに2度、試験が行われるとのことだ。


「へぇ、そんなのあるんだ」

「そうよ。C以上になるには試験に受からないとダメね。Aにもなると王都で受けるの」

「ふうん? 何か受験資格でもあるの?」


 試験を受けるには、自分のランクの仕事を最低5つはこなさいといけないらしい。


 俺としてはさしあたってはどうでもいいのだが、フィルドは何故か乗り気である。


「30日後にこの先のシュルツの街でも試験があるのよ。紅なら受かるんじゃない? 悔しいけど私も完敗だったし」


 本当に悔しそうなお顔をしていらっしゃる。これは仕返しも考えてる顔だぞ!


 シュルツというのは、スラハ村から村をもう一つ越えたところにある街である。そこにある綺麗な湖を一目見ようと、人の流れも多いという。


 そのことはのちほど考えましょうということで、2人を残し、俺たちは家へと戻ってきた。


「キュー、何して遊ぼっか!」


 霧雨が少し降っているが、家の前で戯れるくらいなら問題ない。


 キューは機嫌がいいのか、くるくると二人の周りを走り回る。


「さすがに釣りは厳しいからな。魔法の練習にでも付き合わせたらどうだ?」


 シルフィの言葉に、俺は頷く。キューの目もきらきらしている。


 あれから俺は、ホウキでの飛空魔法こそほとんどモノにはできたが、それ以外の魔法は全くと言っていいほど使えない。


 いつかの魔力収縮云々は体に負担がかかりそうなのでやらない。


 そして、何度か命を救われたカマイタチモドキも、魔物に襲われたトラウマなのか、使おうとしても体が受け付けない。


 ここはシルフィの知恵を借りるべきか。


「シルフィさん何かいいこと教えてください」

「そうだな……。私はいわゆる詠唱を経ずに魔法を使うから、あまり参考にはならないだろう。感覚によるものが大きいからな。まあ、便利なものだと身体能力を上げるものかな」


 そ!れ!は! 運動が苦手な俺には大変な朗報である。森の散策も、スタスタと前を行く3人の後ろから、へぇこら言いながらついていったものだったからな。


「是非それを教えてください!」

「分かった。だが、すぐにでもできるようになる代物でもないぞ。まあ焦らず習得することだな」


 しばらく俺達2人と一匹は、魔法の講義に臨んでいたのだった。

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