秘境の住人キュルク
「危ないじゃないですか! 一歩間違えば刺さってましたよ!!」
これが俺の第一声だった。もとの世界でヌクヌクと育ってきた俺は、刃物には本能的な恐怖が襲ったのだ。
「本当に空飛べるのね……」
フィルドさんはそれっきり黙りこくってしまう。
さては俺のテク(!!)に惚れたな。
「練習頑張ったんですよ。それでこの前のヴァルグの一件で吹っ切れたというか」
これは本当である。それ以前は、空中での揺らつきにその都度顔面蒼白だったが、ヴァルグのことがあってからはある意味吹っ切れたのだ。
それからフィルドさんは俺に一目は置いてくれるようになった。
相変わらず地雷を踏むとアレなことになることはあるが、どうやら俺を魔法使いと認めてくれたらしい。
「シルフィは旅人なんでしょ? 紅はどこの生まれなの?」
(げっ)
この質問には面喰ってしまう。
フィルドさんは火の国の生まれらしい。なるほど、鮮やかな赤色の髪であることもなんとなく納得できる。
「日本っていうところです。その、小さな村だったのでこの世界のこと何にも分かんないんですよ。ですから色々教えてくださいね」
出身については得心がいかなそうだったが、色々教えてくださいという申し出に対しては前向きな様子だった。案外面倒見がいいのかもしれない。
決闘を終えて家までの道のりを歩きながら、俺たちは朝食時よりも踏み込んだ会話を交わしていた。
「シルフィはどこの出身? やっぱり風の国?」
「ああそうだ。この先の田舎で慎ましく暮らしていてな。そろそろ旅でもしたいと思ってこの村に来たのだ。そこでこの紅達と出会った。出会いは散々だったがな」
全くその通りである。そしてうまく所々をごまかしている。
「そういうことだな。で、ディオンのやつは今どうしてる?」
「ディオンはこの一年くらいそこらじゅう連れまわしたからね。言ったでしょ、今はシュルツの街で羽を伸ばしてるって」
話を聞くと、ディオンさんは水の国の出身らしい。
それじゃあ、パーティ皆違う国の出身だったのか。
「そういえば皆さん歳はおいくつなんですか?」
「私は数百年は生きているぞ。お前たちの大先輩だ」
これには突っ込んではいけない。
「俺は今年で34だ。そういえば歳は話さなかったな」
「僕は18です」
あれ、あともう一人いるぞ!
「ったく失礼ね!! 女性にストレートに歳を聞くなんて信じらんない! そんなんだからモテないのよ」
グサッ。俺の胸に、太ッい氷柱が突き刺さる。
ああ、そうだよ。俺はモテないよ! 「ったく失礼ね!!」はこっちのセリフだわ! それでも一応彼女はいたことあるんだぞ!
ガルクスさんは密かに耳打ちをして、フィルドさんの歳を教えてくれたが、俺はすっかり取り乱してしまっていた。
『やだ~魔法使いが許されるのは小学生までよね!』
そんな声が聞こえたような気がした。
***
家に戻ると、シルフィが今日も釣りをしたいと申す。
「釣り」という未知の言葉にフィルドさんは関心を示し、天気もいいので、皆で釣りをすることになった。
それよりも聞いて! 奥さん!
フィルドさんったら18なんですって!
見た目、老けてません? ね、そうよね!
あらやだ! 私ったら……。
「ねぇ、紅! 聞いてるの? 本当にこんなので魚が獲れるの?」
はっと気付くと、快活げな顔を訝しそうにしている。俺のせめてもの反撃をしっかりと受けてくれただろうか。
「獲れますよ、少なくとも家の前の川では爆釣ですよ」
そう、家の前の川ならの話である。
現在俺たちは、シルフィの導きによって森の中へと歩みを進めている。なんでも、シルフィお勧めのポイントがあるのだとか。
俺も気になっちゃうぞ。
「爆釣、なにそれ? まあいいわ、今日は森林浴でもしてゆっくりしてたいわ。旅で疲れも残ってるし」
疲れが残ってるなら決闘なんて申し込むなよと抗議したいところであるが、地雷を踏むといやなので口には出さない。
「それと、同い歳なんでしょ? なら敬語はいいわ、なんか気持ち悪いから」
「そうですか? じゃ、なくてそう? 分かった、お互い敬語は無しね」
シルフィの時とは事情が違うので、あとは慣れの問題だ。
それにしても、シルフィのおススメのポイントとはどこなのだろうか。森を進んでもう20分は経つ。
「シルフィはよくそんなポイントを知っているな。旅人なんだろ?」
「ああ、そうだ。ここへ来る途中、少し道を外れてしまってな。そのとき見つけたんだ」
これはおそらくウソだろう。涼しい顔をしているが、この森の神故に知っていたというところか。
さらに数分歩くと、俺たちの目の前にひっそりとした沼が姿を現した。
水は深緑で、結構水深はあるらしい。土手には控えめに草が生え、枯れ木が所々に水面から顔をのぞかせている。そして、周囲は背の高い木々が沼を俯瞰し、ひっそりとした秘境を形成していた。
『すごい……』
しばらく一同は、姿を現した秘境に見入っていた。
***
「こんなところあったのか。村の連中もここは知らないはずだぞ」
ガルクスさんがぽつりとこぼす。たしかに俺も耳にしたことは無かった。
そうとなれば竿を垂らすだけである。今日は、いきなりのフィルドの訪問で人数分の竿を作ることはできなかったので、交代で釣っていくことにする。
俺は最初3人に竿を譲ると、沼の周囲を散策することにした。
土手を踏みしめる俺の足音に続き、何者かが我先にと水中へと飛び込む。おそらく両生類だろう。
そして、顔をのぞかせる枯れ木の陰にも、沼の住人が住まっている。大きな魚を先頭に子分共が続いていく。やがて、深い底に消えてゆく。
一周するのに5分も掛からなかった。
しかし、ひっそりと静みかえる沼は、生物の楽園だった。確認できただけでも、マスの一種と、地べたを這いずる大型の魚、日向に臨む小魚達、そして枯れ木で休むカメなどなど。他にもたくさんいた。
そのとき、沼にヒットの言葉が木霊した。
「なんかきた!!」
叫び声を上げるのはフィルドである。ビギナーズラックとは言うけれど、筋がいいのかもしれない。
「なんだ! そう、竿を立てろ!」
ガルクスさんとシルフィさんも参戦する。後ろで自分の獲物のようにせき立てている。
「よし! よし、上がった!」
フィルドさんの声と共に、なんとも珍妙な魚がお目見えした。
いや、これは魚と言うよりも……。
シルフィがつぶやく。
「ほう、こいつは私も見たことがあるぞ。キュルク。立派な使い魔となるやつだ。」
『使い魔?!!』
***
一同は、シルフィの言葉に驚く。俺を除いて。
「使い魔って、召喚!! ってやつですか?」
俺はポーズを決めて自信満々で問いかけるが、どうにも違うようだ。
「召喚? それは知らんが、キュルクは古来より水の神の眷属だということで大切に扱われてきた。近年は魔物被害が多くなっているのだろう? その影響かも知れんが、キュルクの数はめっきり減ったと聞く。お前たちが知らぬのも無理はない」
「どこかで見たような気がする……」
「俺もだ」
話についていけなさそうになったので、俺は再度畳みかける。
「で、使い魔ってなんなんです?」
「使い魔というのはほぼそのまんまだな。知性のある魔物を人間が従わせることで使い魔になる。魔物は本来、討伐・間引きの対象だが、使い魔は畏怖の念を持って見られる。使い手もな。だが知性のある魔物は珍しいし、強力で、なおかつ人里にはめったに姿を現さない。だから使い魔を従える者も少ないってことだ」
さらに続くガルクスさんの話によると、使い魔や使い魔になりえる魔物の売買は厳しく罰せられるという。悪用を恐れてのことらしい。
「それでこの子はどうするの?」
足元で、大きい版のウーパールーパー君が目をぱちくりしている。
「もう針は外れている。だが逃げないとなると、さて、どうしたものかな」
森の神も、この子の処遇には迷っているらしい。
全員で1匹ずつ獲物を釣りあげると、まだ近くでこちらの様子をうかがっていた。
それから一同は、シルフィを中心に、困ったその子の身の振り方を話し合っていたのだった。




