来客と果たし状
ガルクスさんの家に着くと、なにやら中が騒がしい。村の人でも招いているのだろうか。
「おはようございまあす。今日もいい天気ですねぇ」
俺は朝の挨拶と共に、来客の確認をする。
「おう、紅か。おはようさん。こいつは前に言ってた、ハンターのフィルドだ」
「あら、おはよう」
そこには、燃えるような赤い髪の女性がいた。
「あ! おはようございます。えっと、僕はここでガルクスさんにお世話になっている紅です、望月紅。後ろは同じく旅人のシルフィードです」
「シルフィードだ。ガルクスには世話になっている。よろしくな」
「フィルドよ。ふぅん? あなたたちがヴァルグを倒したの?」
小首を傾けると、若干癖のあるセミロングの髪が、ふわっと利発そうな目元にかかる。
「そうですよ。運が良かっただけですけどね」
「私はまだ信じられないわ。あなた、剣士でもなければ、魔法も最近覚えたのよね? いくら偶然とはいえ、ヴァルグはそんなに甘い奴じゃないわ」
そう言われても困るな。俺一人で倒したのではないし。強いて言えば、飛行魔法のおかげだろうか。
「まあまあ、その話は後でいいじゃないか。ほら、朝食にするぞ! 紅は手伝ってくれ」
そこへガルクスさんが割って入る。正直ありがたかった。
今日の朝食はマスとキノコの蒸し焼きである。
取っ手が木のフライパンに、マスとキノコを他の野菜とともにぶち込む。調味料と水を混ぜ合わせた後、10分程蒸し焼きにしてしばらく待つ。再度調味料を加え、最後にサッと白野菜を散らす。これで出来上がり。今回はそれほど難しい調理ではなかったので、ガルクスさんと交代で行った。
「できたぞ~。今日はマスとキノコの蒸し焼きだ。この辺で獲れたものばっかりだ」
「良い匂いだな。私はキノコが大好物だ」
「相変わらずガルクスは料理上手ね。いただくわ」
今日は食卓がにぎやかだ。家族が増えたようで顔がほころぶ。
「うん、新鮮なマスね! 美味しい」
「だろう? これは裏の川で獲れたんだぞ。昨日獲れたもんだからそりゃ新鮮だ。ん、美味い!」
フィルドさんとガルクスさんが舌鼓を打つ。シルフィは無言でガッツいている。俺もいただく。
「うん! 全然臭くなくて美味しいですね。キノコにも味がしみてる」
いつもはちょっとした手伝いをするだけだが、今日は自分でも調理したから、余計に美味しく感じる。
「で、これからどうする?」
ガルクスさんの言葉に皆が顔を上げる。
「私は何でもいいわ」
「村の様子がきな臭くてフィルドを呼んだんだけどな、おそらくヴァルグが元凶だったんだろう。あれ以降魔物の被害は確認されていない。目撃情報も無いしな。となるとフィルドには気の毒な事をした」
「無駄足だったってことよね? まあ、ディオンも今頃街で羽を伸ばしてるだろうからいいか」
「あれ、ディオンのやつも来てたのか? ってかまだパーティ一緒なのか?」
ディオンって誰だろう。ガルクスさんの知り合いか?
「そうよ。ガルクスが落ち着きたいからってパーティを抜けた後、私たちはずっと行動を共にしてるわ。まあ色々あったけど」
「あの、ディオンさんってどなたですか?」
たまらず俺は口を挟む。
「昔ね、ガルクスと私とディオンっていうのと男2人女1人でパーティ組んでたの。それからガルクスが抜けてね」
「そうだったんですか。それよりも、フィルドさんが落ち着いた人でよかったです。ガルクスさんの話だと苛められるんじゃないかってヒヤヒヤしてましたよ」
「なっ! ガルクス、何吹き込んだのよッ!!!」
俺の言葉に、フィルドさんは顔を茹で上がらせ、ガルクスさんの耳を引っ張り抗議をする。
「いててて!! ほら、やっぱり俺の言った通りだろ?! 痛ッ!」
全くその通りだった。
(俺は人を見る目が無いんだな……)
「ふん! 私だって、あれからガルクスが抜けた後成長したんだからね!」
「ああー……痛かった。まあ確かにこれでも昔よりは随分と丸くなったってもんだ」
これでかよ……。沸かしたやかんの如く急沸騰だもんな、今度からは気をつけよう。
そのあと黙々と料理を平らげるシルフィの横で、俺は2人の会話を聞いていた。変に口を出すとこっちにトバッチリがきそうなので耳だけ傾ける。
それによると、ガルクスさん、フィルドさん、ディオンさんは、1年くらい前まではパーティを組んでいたらしい。現在フィルドさんとディオンさんはCランクで、Cランクになるまでガルクスさんに面倒を見てもらっていたとのことだ。しかし、ガルクスさんと別れてから、ディオンさんと共にパーティを放浪し、色々と苦労をしているようである。
お互いの近況報告を終えると、早速フィルドさんが俺に手合わせを申し込んできた。
「ヴァルグを倒しったっていう実力、見せてもらえない? 私も手加減しないわよ」
「あの~、今度にしませんか? 旅を終えてお疲れなんでしょうし……」
「心配は無用だわ! 全力で来なさい!」
俺は早速、この爆弾娘に絡まれたのだった。
***
今日もお空が綺麗。風に乗って、鳥があんなに高く舞っている。
森の広場には風がサーッと吹き抜け、優しく俺の頬を撫でていく。こんな陽気のいい日には、沢で水遊びとでもしゃれ込みたいところである。
だがしかし、俺の目の前にはやる気まんまんのお転婆お嬢が仁王立ちしている。そのお手手には物騒な短剣らしきものが握られている。あんなので斬られたら、俺の指はお空にサヨナラである。
なぜこうなったのか。あのとき爆弾を踏んでしまったからなのか。いや、ヴァルグのことで絡んできたのだから、こうなるのは必然だったに違いない。
「なにボーッとしてるの? 言っておくけど、手加減する実力も無いんだからね」
それは残念なこった。
俺は相棒のホウキに跨ると、対面するフィルドさんはそれを訝しげに見る。
「そんなのじゃまともに闘えないわよ? ……いいのねッ!」
そう言うと、フィルドさんは身をかがめて独特の構えをする。
「紅、すまない……。魔物がいないとなって気力が有り余ってるんだ。危なくなったら止め手に入るから許してくれ」
ガルクスさんがすまなそうにそう言う。
ガルクスさんのせいではない。きっとこうなるのは決定事項だったんだ。日頃の行いは良いのに!
「紅、まあご愁傷さまだ。だが自信を持て、ヴァルグを倒したのは偶然だけじゃないぞ」
シルフィが俺を励ましてくれる。若干、傍観気味なのが気になるが、俺は嬉しくて禿げ上がりそうだ。
「二人とも準備はいいか? 怪我は避けろよ。それじゃあ始め!!」
ガルクスさんの合図とともに、二人は動き出す。
最初に動きを見せたのはフィルドさんだった。
低い姿勢から、躊躇なく一気に間合いを詰める。目線は人間の急所を捉えている。
俺はと言えば、真っ向から勝負してもまず勝ち目はないと思ったので、一呼吸遅れて上空へと舞い上がる。あんな物騒なモノは刺激が強過ぎるのである。
俺は10mほどの高さで静止すると、即座に下の様子を確認する。
フィルドさんは渾身の一撃を外されたことで体勢を崩したが、すぐに再度俺に相対する。
とっさの機転は見事であったが、今はぽかんとした顔をしている。
「な……」
ははん、ガルクスさんから飛行のことを聞かされても信じてなかったな。まあ無理もない。ホウキに跨り滞空する俺は、正真正銘の魔法使い(・・・・)なのだから!
そうやって呑気に自画自賛していると、なんとフィルドさんは短剣を俺に向かって投げつけてきた。
『ヒュンッ』
日光に反射して、ギラつきながら接近する刃に俺は失禁しそうになるも、なんとか間一髪でそれを回避した。ヴァルグの一件が無ければ、今の投擲は避けきれず、脇腹に深手を負っていたに違いない。
「危ないじゃないですかあっ!!!」
俺の悲鳴が木々に木霊する。
武器を失ったフィルドさんは、しばらく臨戦態勢を崩さなかったが、やがて諦め座り込む。
それを「参りました」の意と俺は判断すると、一応ちらちら様子を窺いながらも、ゆっくりと地面に降り立っていった。




