スラハ村とガルクスさん
10分もすると視界が開けてきた。そして展望する。
「うわぁ……!」
ああ、ああ、やはり。ここは異世界なのか。
背の低い石造りの薄いレンガ色の家が、半径300mくらいの範囲に弧を描くように点在している。整然と言うよりは、いくつかの範囲に集中して集落を築き、それが点在しているようだ。
(なんだろう、真ん中の方に一際大きい建物がある)
「ふぅー、着いたか。ようこそスラハ村へ!」
そう言うと、ガルクスさんは勇んで、石で舗装された道を進んでいく。獲物を仕留めたから足取りが軽いのかもしれない。
***
綺麗に石で敷き詰められた道を歩いていく。
中央道路はこの有り様であるが、左右に広がる畑の畔道は黒い土がむき出しになっている。大豆畑だろうか。青々とした葉っぱがサーッと吹き抜ける風に揺れている。
森の中は蒸し暑かったが、こうして頬に風が流れると、とてもさわやかだ。
しばらく歩いていると、バスケットに果物をのせた女性とすれ違う。油色を基色とした、落ち着いたローブを着ていた。
鍬を片手に提げる男性ともすれ違った。こちらはカーキ色の脚丈の短い貫頭衣を着ていた。これらもやはりエキゾチックで、日本生まれ日本育ちの自分にとって珍しいものだった。
「ちょっと待っててな」
ガルクスさんはそう言って、展望した時に見えたひときわ大きな建物の中に入ろうとする。屋根は赤炭色で、異国情緒漂う。
「あの。ちょっと待ってください。ここって何なんですか?」
「うん? ここはさっき言ったギルドだ。何処もこんな感じだ。紅の村には無かったのか?……ああ、ハンターも見たことないって言ってたもんな」
「はい。ギルドは初めてです」
ギルドといっても、かつての中世都市の商業ギルドとは違うのだろう。もっとこう、ファンタジーな響きを感じる。
「そうか。一緒に入ってもいいんだが、ハンターってのは血の気が多い奴が少なくなくてな。紅みたいにほっそりしてると、そういう奴らに絡まれないかと思ってな。気は悪くない奴らなんだが、まあそんな訳だ」
「あ、えっと、僕の事は良いですからどうぞ行ってきてください」
「おう。ちょっと待ってろ」
そう言い残して、ガルクスさんは無骨なドアの中に消えていった。
紅は徐に空を見上げる。太陽が活発に照りつける空は、どこまでも青い。どこからかプ~ンといい匂いがしてくる。
(そっか、そろそろ昼食の時間だっけ)
そんなことを考えていると、自分の今の身の上も頭に浮かんでくる。
(五感でこんな別世界を感じられるんだから夢じゃないよな。そういえば何で言葉は通じるんだろう? そう、そうだよ。日本じゃないのにこれはおかしい)
そう思いキョロキョロと見回すと。
「あ……」
向かって右の商店っぽい建物のやや上部に「Suraha Yakuzai Shouten」とある。ローマ字表記である。
(ローマ字だ……。え、でも石と医師とかってどうやって区別するんだろ……)
不毛な事を考えている向こうでは、気の良さそうなおばさんが商店から手を振っていた。
「よう、待たせたな」
10分くらいそうやってボーッとしているうちに、ガルクスさんがギルドから出てきた。なぜかニンマリと恵比須顔である。
「いえ全然ですよ」
「そりゃよかった。ほら!」
そう言うと、手にぶら提げた袋、おそらく革袋の中をゆすってみせる。ジャラジャラジャラと金属を打ち付ける音がした。もしかして、硬貨だろうか。
「お金……ですか?」
「そうだ! イノシシの魔物を片付けたろ。あの報酬だ。今日は奢るぞ!」
なんて気さくな人なんだろう。ここの人は皆こうなのだろうか? ここはご馳走になりますと言うべきか。
「遠慮すんなって! 魔物の討伐の報酬は結構高いんだぞ。どうってことねぇよ」
そうだ、ここは好意に甘えよう。この人の気持ちに応えたい。
でも……。
「ありがとうございます、じゃあ喜んでご馳走になります。その前に話しておきたいことがあります」
「お、何だ? そんなに改まって。なんか食いたいもんでもあるのか?」
俺は静かに、深呼吸をしてから告白する。
「実は、僕は異世界から来てしまったみたいなんです」
***
ああ、言ってしまった。
どうして俺はこんな途方もないことを、さっき出会ったばかりの人に打ち明けたのだろう。自分の常識とかけ離れた世界で疎外感を感じていて、それから逃れたかったのだろうか? こうして打ち明けることで、異質な自分をガルクスさんに受け止めてもらいたかったのだろうか。おそらく、両者ともに正解だろう。ガルクスさんの気さくな人柄に触れ、何もかも吐き出したかったのかもしれない。
「ほへえ? 異世界? 異世界ねぇ……。異世界ってあれか! こっから一番遠い地の国か?」
あれ、絶対、何言ってんのっていう顔で引かれると思ってたんだけど。
「いえ、その…日本っていう、国です。とにかく、全然違うところから来たんです! 文化は全然違うし、魔物なんていう生き物はおとぎ話の世界だったんです。でも、言葉はこうやって通じて……。文字もわかるんですけど、とにかく、違うんです!」
最後の方は自分でも何を言ってるのか分からなかった。
今度こそやってしまった。絶対引かれる。
でもいいんだ、打ち明けた結果がそれなら。
「わりぃ、その、俺は難しい話はあまり得意じゃなくてな。その……」
ほら見ろ、案の定引かれてしまった。どうしよう、これはのたれ死ぬしかないのか。よりによってあんな化け物が闊歩する世界で……。
「訳ありだとは思っていたんだが、そうか異世界か……。髪も黒いしな……そうかもしれないな。魔物と対峙して記憶が飛んだ可能性もあるな。まぁ、なんだ。とりあえず色々落ち着くまでこの村にいたらどうだ? 俺の家の脇にあばら屋があるから、なんだったらそこに住んでもいいぞ」
「あ゛、えっと……いいんですか?」
予想だにしない反応に思わず面喰ってしまい、情けない声が出てしまった。
「ああ、いいぞ。ただし畑の開墾をちょっと手伝ってくれ。最近になって始めたんだが、俺一人ではどうもな。もちろん耕し方は教える。飯も出すぞ」
「ああありがとうございます! 俺、俺、本当に違うどころがらきだんでず! でも、ごん゛などころぉで一人では生きでい゛けないし!! ありがとうございます、ありがとうございます!!!」
いきなり泣き出してかけよる俺に、今度は本当に引きながらも、ガルクスさんはそんな俺を優しく受け止めてくれたのだった。




