決戦の後で
ヴァルグを倒した俺に受付嬢が顔を近づけて迫る。
(顔、顔近いって!!)
するとそこへ、カウンターの奥から初老の男性が姿を現した。
「おい、リリシア。ハンターさんが困ってるだろう。お前も仕事をしろ」
「あ、支部長! 凄いんですよ!! このハンターさん達がたった二人でヴァルグを倒してきたんです!」
「それは分かった。いいからカウンターに戻って手続きをしなさい」
「はぁい……」
そう言うと、リリシアと呼ばれた受付嬢はふてくされてやっと俺の前から離れていった。
(はぁ、助かったぁ……。あんまり魔法使いを苛めないでくれよ)
男性はまた奥へ戻り、俺たちはカウンターに呼ばれた。
「まずですね。換金部位をお引き取りします。証明部位は必要ありません。そして換金部位は肩と頭のそれぞれ2本ずつの角です。目立った傷もなさそうなので全て一応お預かりします」
「ガルクスさん、証明部位と換金部位ってなんのことですか? なんとなくは分かるんですが」
換金部位はベルマーの一件でなんとなくは分かるが、証明部位は何のことかわからない。
「証明部位は対象を倒したことの証明となる部分だな。それを持って受付に行くと、対象のものだと認められた場合は報酬が支払われる。報酬は依頼主が普通払うが、存在しない場合は相当金額をギルドが支払う。換金部位はそのまんまだな。特に需要がある箇所はギルドが引き取って買い取ってくれる」
「なるほど。じゃあ角を買い取ってくれるんですね」
ガルクスさんが頷くので、シルフィードさんと俺とガルクスさんで協力して魔人から剥ぎ取った。
角は非常に鋭利で、しかもとても丈夫そうだ。
「はい、じゃあこれお願いします」
「かしこまりました。お引き取りしますね。ちょっとお待ちを」
周りの人たちにヴァルグを倒したときのことを聞かれたので、さっきよりも事細かに話してやった。
しばらくすると、もっさり何かが入った革袋が2つ運ばれてくる。
「ではこちらが4本の角の換金額となります。金貨にして200枚です。状態が良かったので、1本あたり50万リルの換算です。ちなみに革袋の返却は後日にでもお願いします」
「そしてこちらが討伐報酬ですね。金貨100枚です。あわせてご確認ください」
(金貨200枚、100枚……。合計300枚……)
俺は腰が抜けるかと思った。
金貨1枚は10000リルだから、合計金貨300枚は300万リルである。いくら強敵だったとはいえ、しばし呆然とした。
そんな俺の隣のシルフィードさんは平然としている。さすが神である。本当に神はお金に頓着しないようだ。
「さすがに物騒だから、今回はギルドに戻して口座に入れてもらえ。あ、ハンター登録は必要になるがな。この際それもいいだろう」
俺はコクコクと頷き、金貨を5枚だけいただいて革袋をカウンターにお返しした。
「口座となりますと、ハンターとしての登録が必要になります。登録なさいますか?」
受付嬢は何故かご機嫌である。俺も平常心を取り戻して登録する旨を伝える。
「では、こちらの欄に記入をお願いします。記入の際はなぞるだけで結構です」
前に見た薄い金属板である。上からお名前、出身地、備考と書いてあるのも同じだ。
お名前と備考欄はともかくとして、俺は出身地の扱いに戸惑った。なにせ、異国とかそういうレベルではなく、俺は異世界人なのである。
ガルクスさんに目配せをしても誇らしそうな顔をするだけなので、仕様がなく日本と書いてやる。すると、なぞる指に合わせ、文字が発光しながら浮き上がる。
「確認しますね。お名前は望月紅様。出身地は日本。備考:手とり足とり教えて。これでよろしいですか?」
「はい、大丈夫です。それでお願いします」
この瞬間、俺は晴れてハンターデビューをしたのだった。
***
ヴァルグを倒した後は本当に大変だった。
あの後すぐに村長の家に呼ばれて、感謝の旨とありがたいお言葉と昔話に永遠と付き合わされた。
日が落ちてからは、駐在ハンター全員と村の人たちが大勢酒場に集まって、ビールを何杯もつがれて酔い潰された。料理はすごく美味しかった。しかしビールはあまり口に合わないので、雰囲気を台無しにしないよう、注がれた一杯を飲み干すことでいっぱいいっぱいだった。
そして今、川に対面していてる俺は二日酔いである。美味しくない酒でこんな目に合っているので、段々と罰ゲームのような気がしてくる。ちなみに、飲酒は成人をしてからである。読者諸君は俺を罵って欲しい。
ヴァルグの残りの部分は、上等な皮を残して村長さんにあげてしまった。村長はいたく感激し、俺はこの村の名誉村民を授与された。なんでも、魔人はそもそも珍しいのだが、その全身は色々なことに余すことなく使われるらしい。全身を売ればかなりの額になるという。それを売ったお金で村の発展に役立てるそうだ。
「なにボーッとしているんだ? ほら、引いているぞ」
シルフィードさんのその言葉に、俺は急いで竿をしゃくった。
今俺は、ガルクスさんとシルフィードさんと川で釣りをしているのだ。昨日の騒ぎの後、急いでもう1セットの釣り道具をこしらえた。シルフィードの神様にせがまれたのだ。
「お、俺も引いてるぞ! ん゛ぐぐぐ!!」
ガルクスさんは急いで竿を立てる。すると水面から斑点の鮮やかなマスが姿を現した。
「よぉおおしッ!! 釣れたぞ! しかし、本当にこれで簡単に魚が獲れるんだな。最初はこの竿で突くのかと思ったぞ」
ガルクスさんくらいの怪力なら、もしかして突くこともできるかもしれない。
マスは10cmくらいの小ぶりなサイズだった。しかし天然モノなので、色合いが実に優美である。
「私はまだ釣れないぞ。なぜだ、私はこの森の守り神であるというのに」
釣りを始めて30分ほどだが、シルフィードさんはまだ一匹も釣れていない。ちなみに俺はマスを二匹釣っている。
「はは、嬢さん冗談上手いな。たしかにそのナリなら守り神かもしれないな。ハハッ!」
頬を膨らませて貧乏ゆすりをするシルフィードさんの隣で、ガルクスさんは景気の良さそうな顔で話しかける。獲物が釣れている釣り人はそういうものなのである。
「それにしてもあのウィンドフィッシュは化け物サイズでしたよね。あんなのその辺にもいるんですか? 30cmがひとつの上限だって聞きましたけど」
「私もこの森では、あれほどのものは見たことがないぞ。あの大きさだと10年は生きているのだろう。よくも獣の餌食にならなかったものだ」
「俺もこの国に来てから聞いたことがないぞ。あれは小ぶりだから余計に身は貴重なんだ。だがあのウィンドフィッシュは凄かったな。家族全員でつついても腹いっぱいになるんじゃないか? だから王族御用達の商人共に目をつけられるんだ」
言い忘れていたが、ハンター登録の後、ウィンドフィッシュも同時に引き取ってもらった。なんでもウィンドフィッシュ専門の依頼まであるらしい。それがたまたま依頼にあり、あの騒動に居あわせた王族に縁のある商人が名乗りを上げた。依頼主の商人とは師弟関係らしい。前金として金貨30枚をよこし、急いでウィンドフィッシュを持って王都に飛んで行った。
「最近お金が入ってきて懐が暖かいですね。それにしてもガルクスさん水臭い、ベルマーの報酬金を僕がハンター登録するときに渡してくれるように頼むなんて」
「まあそう言うな。ここで暮らしてる分には金には困らせないしな。ハンターを始めるにあたって金貨15枚はちょうどいいと思ったんだ。許してくれ」
いつかのベルマーの討伐報酬が金貨15枚だった。これはガルクスさんに預けておいた。
「金はいくらあっても困らないからな。ハンターになったのだろう? 装備を色々そろえるのにちょうどいいじゃないか。私もこれでは心もとないので頼むぞ」
「分かってますよ。シルフィードさんはお金に関心がないから報酬金も全部よこすんですもん。でも普段少しは持ってた方がいいですよ。欲しいものがあった後じゃ遅いですからね」
「ハハっ、私は身軽な方がいいのさ。欲しいものと言ったら……獲物くらいだな!!」
そう吐きつけると、勢い良く竿先を川に放り込む。
落下にあわせ、魚が食いつく。
シルフィードさんは待ってましたとばかりに竿をたぐり寄せたのだった。




