魔人と神様(自称)の襲来
『ギュォォオオオオオ』
魔人は大木に頭をぶつけた拍子に、自慢の角が突き立ってしまったようだ。
これ幸いと、杖に跨る俺は体勢を整えて上空15mくらいまで飛び上がる。
魔人はすぐに幹ごと角を抜きとる。
上空高く浮かぶ俺を仕留めるのは無理だと思ったのか、怒りのなりを消した。
やがてその場で仁王立ちすると、俺の目を射抜いて体毛を逆立てる。
<オマエ オレト オナジ ニオイガ スル オマエ ニンゲン ト チガウ オマエ デモ ニンゲン>
頭を割るような痛みが襲う。耳鳴りと共に、頭の中に声が反響した。
(なんだ、これ……。うぐぐぅ……)
そして何事かわめき散らすと、再び興奮してその辺の木や石を俺に投げつける。
頭痛にかまけていた俺は、それをすんでのところで避けた。次々と投げつけてくるのでかわしているのが精いっぱいだった。
やがて魔人も疲れたのか、肩で息をしてこちらを睨みつける。逃げるなら今である。
しかし俺は逃げなかった。自分でも不思議だが、この森にコイツを野放しにしていてはいけないと思ったのである。
(なんとかしなきゃ……。でもこうやって空中でバランスとるので精いっぱいだぞ。これじゃあ何もできない……)
やがて魔人はまた動き出す。
なんと今度は、木を根元からへし折ってそれを振りまわすのである。木は10m程もあり、魔人の体長と手の長さが相まって俺にギリギリのところまで迫ってくる。
薙ぎ払い、返す手でもう一薙ぎ払いをかますと、今度は鬼の形相で両手で振りまわしてその手を加速する。
何事かに気付いたときは、もう遅かった。
目の前に木が回転しながら迫り、俺に死刑宣告を言い渡した。
「ウワァアアアァアアアアアア!!!!!!!!!」
もう、ダメだと思った。
走馬灯が走り、懐かしい情景が思い浮かぶ。パソコンの合格発表を前に、両親は俺の手を取って抱きしめてくれた。俺は大学試験の自信がなかったから、両親に代わりに見てくれるよう頼んだのだ。
ああ、俺は合格できたんだ。両親の期待にこたえられてよかった……。あぁでも、せっかく……。
「死ぃにたくなァいッ!!!」
俺はたまらず叫んだ。
まだ死ねない。
せっかくこの世界の住人に拾ってもらったんだ。ここまで俺を育てた両親にせめてでも報いるため、生きることだけは諦めたくない。それが、唯一、俺にできる親孝行なのだから。
その瞬間、魔人の横から巨大な緑の刃が押し寄せ、俺の目の前の巨木も、淡い翠の軌跡を描きながら、勢い良く吹き飛んでいった。
それが、俺が最後に見たこの世の景色だった。
***
「って、最後でタマルカァァァァアアアアアい!」
「おおい、いきなり吃驚させるな」
「あ……へ? どなた、ですか?」
目を開けると、そこには跪いた美しい女性がいた。髪と瞳は深い翠色で、どこかはかない雰囲気の女性だった。
「私はこの森の神だ」
(でた、あれか。えっと、自称神か!)
「えっとー……その……?」
「お前のおかげであいつを倒すことが出来た。礼を言う」
自称神の御言葉によると、あの魔人を排除しようと思ったが力及ばず、俺に助けられたというのだ。
「あ、もしかして、最初と最後に戦っていた方ですか?」
魔人を見つけたとき、視界の端に何かが見えた。そして巨木をお見舞いしたときにも緑の一閃が見えた。あのときこの人が戦っていたのだろう。
「そうだ。見つけ出したはいいが、あんな化け物でな。逆にこっ酷くやられてしまった。そしてお前が木を跳ね返すときに、チャンスだと思い一矢報いてやったのだ。それで運良くあの様だ」
指さす方を見ると、魔人の胸をささくれ立った巨木が見事に貫通している。俺の悪あがきが運良くあいつを倒したのか。
「あいつは木を避けようと思っていたが、私が横やりを入れてだらしなく尻もちをついた。そこにお前の一撃がお見舞いした訳だ」
(偶然に偶然が重なってあいつを倒すことが出来たのか……)
俺一人だったら今頃ミンチになっていたかと思うと、途端に背筋が寒くなる。
「なるほど……。運が良かったんですね。助かってよかったです。あ、僕ですよ」
「そうだな。あいつを前にして無事とは大した人間だ。褒めてやろう。そして再度礼を言う」
神は俺の失言も大目に見てくれるらしい。
「あの~、で、本当に神様なんですか? 神様なら人知を超えた力であいつをねじ伏せられなかったんですか?」
「それなんだがな。神と言ってもこんな小さな森の神だ。それに私は知らない間に神になぞなっていた。それ以前の記憶は私にはない。そこでお願いがある」
「えぇあぁ、はいなんでしょう?」
神のお願い事なら、俺に選択権は無いのかもしれない。
これは内容が問題だ。それにいやな予感がする。
「私が何者であるかを思い出すのを手伝ってもらえないか? お前の力は私よりよっぽど強大だ。そんなお前についていけば、当座の見通しは立つ」
ほらきた。そんなの嫌だ。自分のことで精いっぱいなのに、自称神様の記憶探しなんて、とてもじゃないがやってられないって。
「お断りさせていただきます」
「な! 即答か……。そうだな、まあ人間のお前には荷が重いかもしれん。だが頼む。この通りだ! この森で閉じこもっているのはもう御免なんだ!」
そう言いながら、自称神様は地面に顔を擦り付ける。
ああ、そんなことしたら綺麗なお顔が台無しになってしまう!
「ああ、もう! 止めてくださいよ! 分かりましたよ……。それよりもあれ、どうするんですか?」
「いいのか!! そうか、恩に着るぞ! ん、あれか? あれはほったらかしておけば、そのうち鳥にでも啄ばまれておさまるよ」
20mほど先の広場に、あのおどろおどろしい魔人が未だデーンと巨体を転げているのだ。
「いやいや、そうじゃなくて。ギルドの換金証明のことですよ」
「ギルド? 換金証明? ……ふむ、私はそんなもの知らんぞ。適当にやっておけばいいんじゃないか?」
自称神様はそう仰る。
いや、そう仰られましてもね。人間の私にはお金は切実なんです。
「いやいやいやいや、それじゃ駄目なんですよ。あんな強敵ですもん、絶対大金もらえますよ」
「ああ、金の問題か。私は金になど頓着しないからな。気にしなくてもいい」
この神様は何にも分かっちゃいない。ここまでくると、わざとやってるのかと勘繰ってしまうぞ。
「そうじゃなくって!! もう! ……そのね、記憶探しにも色々とお金がかかるんですよ。それで必要なんです!」
これなら自称神様のオツムでも分かってくれるだろう。
「ほう、なるほどな。それならあいつが必要だな。ふむ……。して、どこに持っていけばいいのだ?」
やっと分かったくれた。そうだよ金が必要なんだよ。
「あんな巨体ですもん、二人でも丸ごと持っていくのは無理ですよ。でも換金部位も知らないですから、手立てがないならいったん村に戻りましょう」
「その必要は無い」
ああ、やっぱり分かってくれなかったのか……。はあ、俺一人でもこれから村に戻ろう……。
そう思ってスタスタ歩く神様を眺めていると、目玉が飛び出るかと思った。
なんと、あの巨体をよっこらしょっと持ち上げて見せたのである。そしてソイツを手に掲げると、またスタスタとこちらに戻ってくるのだ。
俺はしばらく開いた口がふさがらなかった。口を開け過ぎて顎が外れるかと思った。
ああ、この自称神様は……。
「あのう、本当に神様だったんですね」
「そうだ。私が嘘を付くわけがないだろう。ほら、さっさと行くぞ」
この奔放な自称神様は、この奔放な女性は、マジモノの神様だったのだ。




