薬草採集と吉凶
ずんずんと森に入っていく。
お目当てのケリールは、森の中の日陰に根を張っているらしい。片手で掴めるくらいの束で1500リルというから、そこそこの小遣い稼ぎになる。消毒はハンターに必須で需要も高いので、メジャーな薬草だと言える。
「お、あれかな?」
日陰になっている木の根っこを中心に、シソに似た緑の草が群生している。近寄ってみると、茎には薄く産毛が生え、葉っぱの一枚一枚も分厚かった。およそ15cmの背丈だ。
「よいしょっと。ん、結構根が強いな。ん゛ぐぐぐぐ!」
群生しているおかげで地下に根が強く張っているらしい。踏ん張る。
「っしょーと。 採れたー! 思ったよりキッツイな~」
1束で1500リルというから良い小遣い稼ぎくらいの認識だったが、なるほど値段に見合うだけ骨が折れるらしい。
30分程で、根っこの周りのケリールを7割くらい摘み取った。少し残しておかないと枯れてしまうのだ。
「うわ、手、青臭ッ! うげえ。でも、採れた採れた」
籠から掴み取ってみると、4束くらいある。占めて6000リルだ。
「半分はガルクスさんにあげよう。これだけあれば当分持つもんね」
疲れたけど、良い小遣い稼ぎになった。今度買い物に行くしな。
一休みすると、次はミバシリを探しに行く。滋養強壮というが、リポビ○ンDより効果はあるのだろうか? 俺はあれで効いたことがない。
ミバシリ草はケリール草より背丈の高い、長細いツボミが特徴の薬草である。葉も滋養強壮効果が期待できるが、土の下の球根はかなり強い効果があるらしい。森の中の比較的日あたりのいい場所に生える。ちなみに土壌が豊かでないと球根は育たないという。
森深くに進んでいくと、葉の隙間からちょくちょく日差しが差し込むようになってくる。草木の緑が映えて美しい。
「あれだ!」
特徴的なツボミですぐに分かった。かなり背が高い。ひょんひょんと30cmくらい伸びている。
それだけ大きいと葉の数も多く、摘み取るのも骨が折れる。これも4割くらいの葉を残すと、やわらかそうなところを摘んでいく。すると、独特な辛い匂いが鼻をつく。これが滋養強壮にいいのかもしれない。
点在して生えるミバシリ草を、山菜を採るような気持ちで探し回る。半径50mほどの範囲を探したところで休憩にする。
「ふぅ疲れたー。ここで休もう」
腹周りの二倍はある木にもたれかかる。どっかりと腰を下ろすと、選別を始めた。
収穫は、ケリール草4束とミバシリ草6束である。ミバシリ草の球根も10個程採れた。これは玉ねぎよりも2周り程小さいが、強烈な辛い匂いがする。頗る効果がありそうだ。
「ケリール草の値段は聞いたけど、ミバシリ草のは聞かなかったな。これだけあるしそこそこにはなるか。球根は帰ったら1個齧ってみよう」
選別作業を終えると軽食を取る。ガルクスさんは朝食を食べてすぐに出かけてしまったから、適当に道路沿いの雑貨屋で買ってきた。今日の昼食はパンと干し肉である。
「あ、食べるものばっかり気にしてたら飲み物忘れた……。いいや、あとで沢で水飲もう」
パンはガルクスさんの家でも毎日食べるが、干し肉は初めてである。そのことを雑貨屋の店主に話したら不思議がられたが、それもそのはず、この世界では普段の食卓にも並ぶらしい。旅人にとっては頼もしい相棒だとか。ガルクスさんは毎度、手間をかけて料理を作ってくれるので縁がなかったのだ。改めて、ガルクスさんに感謝しなければならない。
「それじゃあ、いただきまあす」
パンを持つ手はちょっと青臭かった。飲み物がないので、飲みこむのもちょっと辛い。
続いて手のひらサイズの干し肉にかじりつく。
(あれ、案外美味い)
塩が揉みこんであって全然臭くない。前ジャーキーを食べたことがあるが、肉臭くて口に合わなかった。今回はリベンジのつもりだったのだが、これは美味い。噛めば噛むほど味わいがある。
昼寝をした後、少し道を外れて沢に行く。川幅は狭いが、この沢が村の川に繋がっているのだ。いわばここは上流である。ウィンドフィッシュはここにもいるのだろうか。
足を取られないよう、浅瀬を慎重に歩いて行く。流心を見つめる目は真剣そのものである。若干口元が緩んでいるが。
「お! 今なんかいた!! ほらまた!」
ピカっと何かが光った。たぶん小魚だろう。あれも今度釣ってみたいものだ。だが今の俺の獲物はこいつじゃないのである。
水を手酌で飲むと、さらに数分川を上っていく。この辺はレキがごろごろと転がっていてマイナスイオンがいっぱい出ていそうだ。時折行く手を阻む枝を分けて行くと、開けた淵に、ソイツはいた。
レキの先に広がる淵の水面から、巨大な緑の背びれがゆらゆらと揺れている。昼食後の惰眠をむさっぼっているのだろうか。いや、俺じゃあるまい。誘っているのだ。
そう、いつかのウィンドフィッシュである。しかしサイズは25cmなんてもんじゃない。ここからでも見える背びれから推測すると、ゆうに40cmは超えているだろう。ガルクスさんはウィンドフィッシュは15~30cmの珠玉の魚だと言っていたが、あれは化け物サイズである。
俺は全身武者震いをしていた。
そ~っと、そ~っと近づく。
そう、こんな感じ。あいつは食後で油断をしている。そ~っと……。
「ホワッシャァァァアアアアアアア!!!!」
俺は限界まで近づくと、勢い良く水中にダイブした。
『ビチビチビチビチッビチビチッ』
抱え込んだウィンドフィッシュは必死に抵抗する。俺も必死で抵抗する。水深は30cmくらいだから、もんどり打って俺たちは死闘を繰り広げる。
「いい加減大人しくしろってッ!!! な! ほらほら!! あっダメ、ダメ、そこはダメ!!」
背びれがピンと立ったかと思うと、捉えられぬほどの速さで俺の股間を直撃した。思わずソコもピンと抗議する。
「よしよしよしよし、良い子だ、なッ!!」
ついに俺は捕獲に成功した。死闘のお陰で全身はびしょ濡れだが、森を歩いているうちに乾くだろう。
改めて獲物を確認する。なんと、手のひら3個弱であるから、50cm近くもあるらしい。30cmが上限だとするとまさに化け物サイズだ。
俺はしばらくその美しい体表に見とれていていた。
***
思わぬ獲物をゲットした俺だったが、今日はビクを持ち合わせていない。そこでその辺にあるデッカイ葉っぱを4,5枚もぎ取ると、3枚を薬草の上に重ね、そこに魚を横たえてさらにまたその上に葉っぱを重ねる。これなら薬草に問題がないし、魚の鮮度も少しは保てるだろう。
午後からも少し薬草採集をするつもりだったが、ウィンドフィッシュの鮮度を心配して岐路に着く。俺はご機嫌で、視界の邪魔する枝を根元からへし折って杖にした。
何分程歩いてきただろうか。
ふと、周囲の違和感に歩みを止める。
一見何の異常もない。しかし、五感には引っかからないナニカを肌で感じるのである。俺は覚えている。これは……。
『グォォォオオオオオオオオオォオオオ』
空気がビリビリと震えた。
その振動は踏みしめる大地にまで届く。ざわつく林はその異物に悲鳴をあげているようだった。
近づいては殺される。間違いなく殺される。
なのに俺は、背中の籠を放り出して、走り出していた。
魔物だ。
少し開けた広場で、丸太のような腕をぶんぶんと振りまわしている。周囲の木々を根こそぎなぎ倒し、それでもなお飽き足らず怒り狂っている。
魔物は2本足である。そう、まるで人間のように。3mを超える肉体には、肩からおぞましいほど先が尖った角が生え、ねじれて天を仰いでいる。頭にも同様の角が剥きだし、目は血走り狂人を彷彿させる。例えるなら、魔人である。
(な、なんだこいつ……)
数秒、あまりの凶悪さに足がすくんで突っ立っていた。しかしソイツがこちらをギロリと舐め付けたことで、俺は覚悟を決めた。
『グゥウゥウウウォオオオオ』
クチャリと舌なめずりをした後、漆黒の巨体を放り出してこちらに突進してくる。そこで気がついたが、ところどころソイツの体はスッパリと皮がめくれて血がしみ出ていた。
俺は生命の危機を感じ、片手にぶら提げた即席杖を強く握りこむ。そしてほぼ同時にそれを自分の肢体に挟み込んだ。
「飛べぇぇえええええッ!!!」
ブワッと体が浮遊する。間髪いれず、足のすぐ下を鋭い風音が通り過ぎる。
間一髪だった。魔物の熾烈な突撃をぎりぎりかわしたのだ。
ソイツは勢い余って、よろけた先の大木にぶつかった。
その瞬間、視界の端にちらりと何かが映ったような気がした。




