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異世界情調紀行<凍結>  作者:
風の国編-はじまりの村
14/46

平和な日々

 三日後、俺はウィンドフィッシュの買い取り価格を聞いて危うくまた失禁しそうになった。


 なんでも、定期的にやってくる街の行商人が買い取ってくれたという。俺はせいぜい日本円にして三万くらいかと思っていたのだが、ニンマリとしたガルクスさんの言葉に驚愕した。


「え゛ッ!! 五十万リル!!? 単位一つ多いと違うんですか!!」


 この世界は「リル」を使って価格を表す。いつかの薬剤商店におつかいして分かったのだが、ほぼリル=円と思ってもらって問題ない。すると、五十万リルのぼったくり価格にお気づきになるだろう。


「はっは! たしかに小物のならそれくらいだが、あれだけの大物で傷も無いとなると、数十万はくだらないぞ! もっとも俺も、いいとこ三十万くらいかと思ってたが」


 三十万でも十分ボッタクリである。いくら希少とはいえ、たかが三十cmくらいの魚に五十万だと? どこの世界にも物好きってやつはいるんだな。とはいえ、大金に目がくらんでくる。


「僕は十万リルでいいですよ。あとはガルクスさんが貰ってください。仕掛けもガルクスさんからもらったので作ったものですし、それにお世話になりっ放しなので」


 食事の手伝いは、具材を切ったり皿を洗ったりするだけで、畑仕事も午前だけである。十万でも十分過ぎるというものだ。


「バカを言え、あれはお紅が釣ったもんだ。道具も紅が作っただろ? 俺は仲介手間賃五百リルで十分だ」

「それはダメです。ガルクスさんにはいろいろお世話になってます。もとは学生ですし、そんな大金持ったら何しでかすかわからないです」

「自由にパーっと使ってもいいんだぞ?……じゃあ四十万は預かっておくよ。必要になったら渡すから言ってくれ」


 それからいくらか押し問答を続け、最終的にはガルクスさんが十万受け取ることになった。


 そして俺は三万リルを手元に残し、残りの金額は預かってもらった。


「蓄えはハンター時代にかなり稼いだからな。だから生活には困ってない。しかし、これだけの臨時収入となると久しぶりに買い物にでも行きたいな」

「買い物ですか? どこで?」

「もちろん街でだ。ここからもうひとつ村を越えたところにある。今度行くか!」

「はい!! 一緒に行きます!」


 異性同士の買い物は色々と辛いが、同性での買い物は楽しい。懐の暖かい野郎二人で買い物もいいかもしれないと思ったのだった。


***


 あれから俺は、魔法の練習もしっかり続けている。練習のおかげで滞空もなんなくできるようになった。


 問題は最終段階である。


 一度やってみればお分かりかと思うが(できないだろ!)、滞空の最中は滅茶苦茶怖いのである。人間は、二本足でしっかりと地に足を付いているからこそ、なんなく移動が出来るというものなのだ。


 そして、空中となると話は別である。むちゃくちゃ怖い。失禁ネタはいい加減飽きたと思うので、練習中での度重なる失禁話は割愛させていただく。


 とは言え、牛が歩く速度くらいには飛行できる。滞空に合わせて同時進行で加速するのは難しかったが、数日練習するとできるようになった。


 そして俺は今、その練習の真っ最中である。


「よしよしよし……。いいぞ……。この調子この調子ッ!」


 ……ぐらんっ。


 ヒュォォォォオオオオオオオ。

 

 やばい。まずい。調子に乗ってバランスを崩したところに、強い追い風が吹きつける。


『ギャアアアアアアアァアアァァアアアアアアアアア!!!!!』


 絶叫をまき散らす俺だが、魔法の練習において、ピンチがヒントになるのは重々分かっている。


 生い茂る木々の葉に不時着してからそれに気づく。


 ああ、また失禁してしまったようだ……。


「ふぅ……。あんな高さからまともに落ちたら絶対死んでたよな。いやよかった。そして分かったぞ!」


 鼻息荒く俺はごちる。この際、体勢があんなことやこんなことになっているのは気にしない。


「バイクに跨った気分でホウキの後ろから粒を噴射してたけど、さっきの追い風みたいに背中を押すようにすればいいのか」


 200ccのエンジンをぶっ放すように、後方から勢いよく一点方向に噴射していたが、どうやらそれが良くなかったらしい。でも、皆まずはフカしたいだろ? 俺もそうなんだ。


「さてと、そろそろまた始めよう」


 日は傾いているが、まだ練習する時間はある。俺は勤勉なのだ。


 今度は後方から広い範囲に体を運んで行くように調整する。


 ヴォォォオオオオオオオオ。


 ホウキに跨り風を切る。時速にして三十kmは出ているだろうか。上半身がもろに風に当たるので呼吸が辛い。


「ウヴォオオ、息、苦しい! スピード、下げなきゃ!!」


 噴射を少し自重し、半分ほどに減速する。これくらいになると自転車で飛ばしているときくらいか。


 いや、でも結構速いよ!


「フホォオオイ! 気持ちいいッ!! 俺今、空、飛んでるっ。フファァアアイ!」


 どこのマルフ○イだよと突っ込みたくなるであろうが、そんなことより俺の胸は今、解放感に満ち溢れている。


 ライト兄弟もこんな気持ちだったのだろうか。きっとそうに違いない。


 こんなにも、世界は広くて、自由なのだから。


 それから空の旅をひとしきり堪能した後は、いつもように夕食を手伝って、いくらかの余韻を残して早めに眠った。


***


 今日も天気が良い。顔を洗って朝食に向かうと、ガルクスさんは一枚の便箋を手に取って見ていた。


「お手紙ですか?」

「ん、ああそうだ。前に言ったフィルドからだな。最寄りの街に着いたらしい。そこで一日疲れをとった後に来るそうだ。予定よりもかなり早かったな」


 二十日って言っていたから、それからするとかなり早い。村のことが心配で急いで来てくれたのだろうか。


「それはいいですね。まだ何かあるかもしれないですし。僕は今日は薬草でも採って来ようかと思います」

「お、薬草か。この辺はとくに豊富だから色々あるぞ。滋養強壮のミバシリ、消毒のケリール、他にもたくさんある。薬剤屋の姉さんが薬草事典を売ってるからそれを買うといい。この辺のは一通り載ってるからな」

「わかりました。それと明日は釣りにでも行きませんか? 仕掛けも二人分ありますよ」

「そりゃいいな!! 今日はちょっと隣の村に用があるが、明日は一日暇だぜ。今から楽しみだな!」

「はい! きっと明日も晴れますよ」


 ガルクスさんとの会話を終え、籠を背負いって一応一万リルくらいを持って家を出る。


 薬剤屋というとスラハ薬剤商店だったか。あれ、でもお姉さんっていう若い人だったっけ? いや、いらぬ詮索か……。


 歩き慣れた道を下りて中央道路を進む。このところ天気のいい日が続いているので、カラッとした陽気である。気分も爽やかだ。


「あったあった」


 一度おつかいに来ているので迷う事は無かった。というのも、ギルドのすぐ近くなのだ。


「どうも、こんにちは。薬草事典ってありますか?」


 奥ですり鉢を引いていたおばさんが、気の良さそうな顔をのぞかせた。やはり、期待していたようなお姉さんじゃない。


「薬草事典かい? 5000リルだよ。ちょっと高いけど便利なものさ。ハンターには必須だよ」

「5000リルですね、じゃあください」


 いつまでも落ち込んでいても仕様が無いので、徐に懐から1000リル銀貨を五枚出して手渡す。


 ちなみに一リル、十リル、百リル、千リル、一万リルと、10倍ごとに五つの硬貨が存在する。一リルと十リル硬貨は銅貨、百リルと千リルは銀貨、一万リル硬貨は純度は低いが金貨である。価値の違う同じ材質の硬貨は、金属の含有量と重量で差別化しているらしい。


「はいよ、じゃあこれね。あんたハンターになるのかい?」

「あ、いえ、そういうわけじゃないんです」


 俺は少しはにかんでかぶりを振る。


「これから森にちょっと入って薬草でも摘んでこようかなって。ガルクスさんが偶に必要みたいなので」

「へぇ、ハンターになるんじゃないのかい。でも前の魔物はあんたが退治したんだろ? ならハンター申請するときに融通が効くんだと思うよ」


 そういえば、前に受付のお姉さんが言っていた。でもどうしようか。


 ……帰って来てから決めよう。


 俺はおばさんに会釈をし、買った薬草事典を眺めながら森へ向かった。事典は説明の脇に手書きのイラストが添えられており、見ているだけでも面白い。ガルクスさんが言っていた薬草もすぐに見つかった。


 事典を眺めているのも飽きた頃、目的の森に到着した。便利そうな消毒用のケリールは、少し中へ分け入った所に群生すると事典にある。なのでそうすることにする。


(あれ……? 今日ちょっと森の中静かじゃないか? 鳥の鳴き声もそうだけど、虫の鳴き声も聞こえないって)


 森の中は、しん、と静まり返っていた。


 多少不気味に思いながらも、俺は、こんな日もあるかと深く考えず奥へと進んでいった。


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