俺とピピの実とピクニック
ホウキに跨りフワっとはいくようになった俺だが、数日するとある壁にぶち当たっていた。
それは、滞空と飛行の問題である。飛行機が離陸だけでは空を自由に飛び回れないのと同じように、魔法使い(・・・・)の俺も、例外ではなかった。
ふわンッ……ドサっ
「はあやっぱりダメか。せっかく浮けるようになったのにな。コツってないのか」
雨がぽつぽつ降る外を窓から眺めていると、なんだか気分が沈んでくる。今日は雨だからこんなやって家で練習しているが、明日晴れたら外に繰り出そう。
最近になって、やはり魔法は空気中にある素を取り込むことによって発動すると実感する。
なぜか。
それはこうやってホウキに跨ってアクセルを踏むと、途端に周囲から翠の粒子が押し寄せるからである。押し寄せた粒子はいったん自分の胸部に吸い込まれ、一瞬遅れて跨った尻と股から吹き抜けるのだ。
誤解はしないでほしい。決して、メタンではない。
(ガルクスさんはああ言ってたけど、やっぱりどう考えても、いったん空気中から素を取り込んで魔法が出るんだよな)
たいして違いはないが、実感としてはそうなのである。
さすがに家に籠ってひたすら魔法の練習をしていると疲れたので、今日はここまでにして夕食の準備を手伝いに行った。
今日の夕食は、肉と野菜のクリーム煮である。俺は肉を食べやすい大きさに切り分け、菜っ葉を縦に薄切りするのを担当した。肉は何かの切り落としだった。
「これ、初めて食べましたけど、モグっ、美味しいですね! 全然粉っぽくない」
クリーム煮は初めて食べる。
ガルクスさんの調理する様子を後ろから眺めていると、若干粉っぽそうであったが、そこはさすが熟練の料理人である。全く粉っぽくなく、サッパリとしていてコクがある。
「お、そうか? 紅はそうやっていつも美味しそうに食べてるくれるから腕が鳴るってもんだ」
ガルクスさんは、まだ少し熱いシチューをスプーンで転がしながら言う。
「そりゃよかった。こう見えても、旅してたときは料理担当だったんだぜ」
男性にしては料理がすごく巧いとは思っていたが、まさか料理担当だったとは。ハンターの腕が立つ、料理の腕も立つとなると、さぞかしモテるのだろう。これは俺も見習いたい。
「そうだそうだ。すっかり忘れてた。あ、食べながら聞いてていいぞ。旅で思い出したんだが、今度俺の旅人時代の仲間がくる。あと二十日くらいだな」
「へぇ、モグもぐッ、仲間の人って、ガルクスさんと同じハンターの方ですか?」
「そうだ。パーティ組んでてな、一緒に色んな仕事をこなした仲間だ。俺はこうやってここに落ち着いたが、そいつは街で今でもバリバリだ」
「どんな人か楽しみです」
ガルクスさんの昔の仲間となると、炭鉱夫をやっているような屈強な人だろうか。それはちょっと怖い。
「ははっ、まあ良くも悪くも奔放な奴だ。俺も随分と昔は振り回されたな。最近このあたりに魔物が出没したろ? その保険だな。フィルドって女だ」
「あれ、女性の方なんですか?」
「そうだ。しばらくここにいてもらう予定だ。仲良くしてやってくれ」
「はい、わかりました」
女性でハンターなんてさぞかし豪傑なのだろう。苛められないように気を付けよう。
その日の夜は、しとしと土に滲みこむ雨の音を聞きながら眠りについた。
***
翌日の朝早く、俺はがばッと訓練された兵士のように目を覚ました。
最近は、午前中に畑仕事を終え、午後から魔法の練習をして、夕食後することもなく早めに寝る生活をしているので、いつの間にか朝早くに目が覚めるようになったのだ。
「ふわ~。お、今日はいい天気だな」
起きたばかりの目の隙間から、日の光が眩しく差し込む。
開きそうで開かない瞼を擦りながら顔を洗うと、草葉に浮かんだ朝露が眩しそうに揺れている。
今日はいい天気になりそうだ。
朝食後に、今日は畑の草むしりかと考えていると、ガルクスさんが籠を片手にやってきた。
「今日は畑の方は俺一人でやるよ。紅は森でこれに、ピピの実を摘んできてくれ」
「いいですけど、ピピの実ってなんですか?」
ガルクスさんによると、ピピの実とは黄緑色で小石くらいの実らしい。採集場近辺の木に豊富になっていて一目でわかるそうだ。酒場で出るスラハの果実酒に必要とも聞いた。なんでも、スラハの甘い果肉だけではあのようなサッパリとした後味にならず、そこにピピの実をすり潰して入れるのだとか。
「本当なら家の女たちが採ってくるんだけどな。しかし最近、ここらは魔物騒ぎで物騒だろ? 生憎と村のハンター共は出払ってるしな。そんなわけで、たまには1日羽でも伸ばしてこい!」
どうやら昨日、ガルクスさんは採集場の辺りをかなり広い範囲で見回ってきたらしい。それで危険がなかったために俺に頼んだということだ。
「ありがとうございます。じゃあ日が暮れる前に帰りますね」
ガルクスさんが作ってくれたお弁当を持ち、籠をヨイショと担いで外に出る。
昨日と違って今日は天気が良くて気持ちがいい。
ガルクスさんに教えてもらった話だと、ここ風の国は1年中ほぼこんな気候らしい。雨も程良く降るので、緑が豊富で薬草の宝庫とも聞いた。
軽い足取りで中央道路に降り立つと、陽気の良さにつられてスキップをする。片手にはお弁当をぶら下げているから、周りからは子供の遠足に見えるかもしれない。
「おーい、そんな張り切ってどこ行くんだー?」
呼びかけに気付いて足を止める。
向こうでは、日焼けをした気の良さそうなおじさんが畑からこっちを見ている。
この人は覚えてるぞ。川に落っこちたときに助けてくれた人。
「どうもー。今日は森でピピの実を摘んで来ようかと思いまして」
「あんまり深入りはするなよ! まだ魔物がその辺にうろついてるかもしれないしな!」
おじさんは手を振ってくれたので、俺も空いた片手でぶんぶんと応えたのだった。
***
蒸す森の中を進んでいくと、15分程で採集場に到着する。
ここまでは意外と頻繁に人が通るらしく、ガルクスさんに言われた通り、踏み固められた道なき道を歩いてきた。
昔の俺ならそこそこ疲れたはずだが、畑仕事が効いたのか疲労感は無い。
「さってと。早速モごうかな」
なるほど最近は例の一件で摘む人も少ないらしい。手の届く範囲に黄緑の実がかなりなっている。
弁当を日の当らないところにそっと置くと、プツプツと俺は実をもぎ始めた。
「疲れたー。うわ、いっぱい採れたな」
かれこれ三時間はモぎにモいでいた気がする。
籠には甘酸っぱい香りの青青しい実がたくさん転がっている。両手で抱えてもずっしりと重いので、中から一つひょいと拾うと口に運んだ。
「う゛げ! っぺッペッ!! 何だこれ!」
このあと美味しい果実酒に変身するはずの実を齧ると、口がそごむ程酸っぱかった。ホントにこれがピピの実なのだろうか。
「まっずい゛! あーあ、これ、そのままじゃ食べられないのかあ。でもこの実しかなってないしな」
ピピの実には間違いない。どうせそのままじゃ食べないのだし、食い意地をはったところで仕方があるまい。
(そうだ、そろそろお昼にしよう)
気を取り直してどっかりとピピの木に腰を下ろす。
そして風呂敷を解いてお弁当のお披露目をする。何が入っているのかドキドキするのは、子供の時から相変わらずだ。
「うっふァ! なにこれ、美味しそう!!」
中にはどーんと、鶏の照り焼きが陣地の半分を占領していた。もう半分は雑穀だ。ちなみに、白米は今のところまだ見たことがない。
「うわ、いい匂い。いただきまーす!」
ハムッ ハフハフ、ハフッ!!
う、美味いっ。
まず余分な脂身がない。そして全体によくソースがしみている。雑穀は単品で食べると、白米に比べて若干匂いがきついが、照り焼きと一緒に口に放り込むことで、濃いめの味をうまく包み込んでくれる。
いや、箸が進む。美味しい空気を吸いながらピクニック。すごく贅沢だ。
しばらく俺は、無駄に深呼吸をしながら箸を進めていたのだった。




