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救急箱  作者: ともかlabo
7/7

interlude 1-2

小笠原主任は社会人になって初めての先輩だ。本人は名字で呼ばれるのを嫌がるが、今は別部署で部下のいる立場である。普段は「小笠原主任」と呼ぶようになった。でも、仕事時間が終われば、「小笠原主任」はブライダルにいたときと同じ「理恵子ちゃん」に戻る。


どつぼにはまって、自分の机でほおづえをついてしまっていたところに、理恵子ちゃんのふわっとした声が耳に入った。


「ゆんちゃん、いるー?」


矢島くんの頭にハテナマークが並んでいた。

そうだった。彼はこの呼び名を知らない。理恵子ちゃんは「ゆい」というのが呼びにくいから、ゆんちゃんだね~と名付けてくれたのだ。その声に、気持ちがゆるんだ。救いの船がやってきた。


「理恵子ちゃーん!!ほんっとうにごめん!!」


思わず理恵子ちゃんにハグしてしまった。ますますハテナマークが並んだ矢島くんが、私たちを呆然と眺めていた。彼が入ってから、理恵子ちゃんが来たのは初めてだったか。


「どういう仲なんですか、お二人は?」

「えっとね、不倫関係。」

「は?」

「違います。理恵子ちゃん、新人が困るでしょうが。」


理恵子ちゃんがいてくれてよかった。落ち込んでいた私の気持ちや、周りにまき散らしていた空気がゆるんだ。理恵子ちゃんは的確だ。その場その場の空気をよく読んでいる。それなり仕事が片付いて、上がれそうな時間を予測して来てくれたそうだ。矢島くんには田澤くんのフォローをお願いしにきたそうだ。


「ゆんちゃん、成長したね」

久々に一緒の夕食で、私に理恵子ちゃんは言った。


「何が?」

「ちゃんと言えるようになったんだね。背中だけじゃ伝わらないこともある、身についてきたんじゃないの?」

「そうでもないよ。まだまだ、まだまだ修行が必要」


その後も、あれこれ聞いてもらった。


「ゆんちゃんは、3年前に仕事を選んじゃった段階で、悩みの種を拾っちゃったってことか」

「でもね、樹くんの言葉はすごくうれしかったんだ。だから…プロポーズ断るなんてことになっちゃったけどね、後悔はしてない。それからいろんな人に出会えた。理恵子ちゃんには助けてもらってばかりだけどさ」

「いやいや、こっちも助けてもらったりしているから、お互い様でしょうが」



あれから、3ヶ月。田澤くんの中で、私はちょっと怖い人だったそうだ。


「かわいい」か。


異性にかわいいって言われたのは何年振りだろう。たぶん、樹くんに言われたのが最後だ。だから、3年ぐらい、縁のなかった言葉だ。ここ最近、かわいいと言うことはあれど、言われるのは私ではない誰かだった。あまり思い出したくないことだけど、大げさに言えば、樹くんと別れたあの時、私の運命が分かれていたのかもしれない。


仕事か、結婚か。


仕事を選んだ自分を否定しない。でもその時に「かわいい」と言われる機会を置いてきたと思っていた。


「かわいい」か……


本当は、ちょっとだけ、いやそれなりに、うれしかった。


「また誘ってね」は嘘のない言葉だけれども、田澤くんからすれば社交辞令なのかもしれない。こっそりでも、ばったりでも、何でもいい。またご飯できたらな、おしゃべりできたらな、と純粋に思った。女子高生でもあるまいし、なんて思いつつも、あったらいいのにと思ってしまった。


単純だけれども、それだけ嬉しかった。それだけでも、ちょっと元気が出た。明日からも頑張ろうって、そう思えた。

読んで頂き、ありがとうございます。

まだまだ続きます…

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