interlude 1-1
あの日の私は、やはり怖かったのかもしれない。
自分で言うのもおこがましいが、普段私はおだやかだ。理恵子ちゃんからは、鳴らないやかんと言われるぐらいに。沸騰していても、顔にも態度にもあまりださない。
心がすさむことも当然ある。人間だから、怒りたくなるときもある。大学卒業して、社会人になって、今年で6年目。仕事にせよ、プライベートにせよ、それはそれなりにいろいろある。
ブライダルの仕事は楽しい。お客さまと接すること、よりよい式にするためにサポートすること、やればやるだけ、発見があり、この仕事にやりがいを感じている。
ある一点を除けば。
なんだかんだで、あっという間に20代の終わりを認識する年齢になってしまった。周りは結婚してたり、してなかったり。そして、職場は結婚して続けるという意識が薄いのか、辞めていくケースがほとんどだ。
その日も、心底がっかりしてしまっていた。
最近結構頑張っていて、成長したな、と感心していた後輩が3か月後に結婚退職すると聞かされた。
いろいろ教えてあげたいこと、あったのに……。
退職について、彼女の意思は堅かった。準備したいこと、今までできなかったこと、新しいことを始めたい……幸せ気分と申し訳ない気分が入り交じっていた。なるべく笑顔で聞いていたけど、途中、ひきつっていたかもしれない。
「鹿島さん、時間です。そろそろ来ますよ」
「あ、そうだった。資料……用意してあるね。さ、行きますか」
矢島くんが声をかけてなかったら、忘れていた。自分のタイムスケジュールが吹っ飛ぶくらい考え込むなんて、明らかにまずすぎる。感情に引っ張られ過ぎだ。カップに残っていたお茶を飲み干して、片付けをして、ミーティングスペースに向かった。
研修は、現場を見てもらったり動いてもらうものではなく、とりあえず概要説明だ。来てもらうんだし、サクサクと終わらせようと思った。勉強になるだろうからと、矢島くんも入るよう上司からお達しがあった。
矢島くんは入って間もないけど……いつか、ここから、別部署に行ってしまうのだろうか……よぎらないわけではないが。
説明そのものはスムーズに進んだ。
一緒に来ていたのが小笠原主任だったのもあり、実際のケースの話を交えていろいろ説明できた。営業の新人くんも真面目に聞いてくれて、質問もいろいろしてくれたり、やりがいがあった。
ただ……気になってしまった。普段だったら、他部署の新人だし言わないだろうけど、気になって気になってしかたなくなり、言わずにおれなくなった。
「では、研修は以上ですが……田澤くん、だったっけ?」
「はい。」
「真面目に聞いてくれて、質問もできていいんだけどさ……ちゃんと聞いてた?」
「え?」
「メモ取るのはいいんだけどさ、対面で話すなら、メモに集中しすぎないようにね。相手の表情だったり、声のトーンだったり、その場にしかない空気をつかむのも大事だからさ」
「……はい、すみません」
言ってしまって、しまった、と思ったが……遅かった。
「よし!おしまい!ありがとう、鹿島さん」
小笠原主任の終了コールがかかった。やらかした、私……彼の上司は私じゃない。その指摘は私の仕事じゃない……
席に戻る短い間、私はうまく笑えなかった。むしろ、穴を掘って埋まりたかった。
「今日の鹿島さん、いつもと違いましたね。するどかった。普段どこに刃を隠してたんですか?」
答えるより先に、愚痴が出た。
「矢島くんは、人の話をよく聞いてるけど、メモ取らないからしょっちゅう忘れる。田澤くんを見習いなさい。」
「すみません……って、今日、俺、なんかやらかしました?」
はっと気づいた。当たり散らしてどうするんだ……
「ごめん……指摘する前に私が感情のコントロール出来てない……」
「いや、言ってもらえた方がいいこともありますよ。きっと、田澤も、反省してるかと…」
「反省してるかと思うと、ますますつらい…」
どつぼにはまっているところに、小笠原主任がきた。いや、理恵子ちゃんが来てくれた。
interludeでは、視点が修→結にスイッチします。まだもう少し続きます。