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救急箱  作者: ともかlabo
3/7

scene 2-1

その頃の俺は、よく分からない「足りない」意識にかられていた。何が、という具体的なものが浮かばないけれども、足りないのだ。よく分からない焦り。


仕事もだいぶ覚えてきた。営業としての立ち位置、ブライダルや宴会場関係の現場サポートに入るタイミングも分かってきた。


プライベート的なものは……「彼女」はいない。確かに足りないといえば、足りない。ただ、縁に恵まれていないが、一人の時間を上手く過ごせている。


「それってさ、焦るとドツボにはまるような、なんかよく分からないけど、面倒くさそうだね。そうだな……なにも考えず、離れてみたら?」

「離れる、ですか。例えば……」

「仕事と関係なく、何かに埋もれる。」

「埋もれる?」

「そう。体動かすの好きそうだから、走るとか運動系じゃなさそうだな、って思った。」


小笠原主任は的確だ。確かに、休日にジョギングしたり、軽く体を動かすようにした。でも、そこに答えを見出だせなかった。そう、気分は切り替わるものの、足りない「何か」に働くわけではない。ただ、一時的に離れることによりまぎらわすのみだった。


「そうだな……映画観るとか、本読むとかしてみたら?」

「確かに……あまりしないですね。オススメとかあります?」

「そうだな……」


主任は映画と本をいくつか紹介してくれた。古いし渋いけど、埋もれるにはいいと思う、と。図書館なんてほとんど行かない俺に、買えとは言いづらいけど、図書館で借りるならタダだし、よかったら試してみたら、と言われた。


「ちょうど明日、休みだし行ってみます」


先輩のアドバイスをありがたく頂戴し、図書館に行ってみることにした。


平日休みはこういう時にありがたいのかもしれない。平日午前中の図書館は静かで空いていた。ゆったりした時間が流れていた。


小笠原主任の教えてくれたいくつかの本の中から、きれいなタイトルだな、と思った本を探してみることにした。「あかね空」というタイトルからして、サクッと読めそうなのかなと思った。


しかし本が思いのほか厚い。読書に対する慣れがあまりない俺に勧めるにはどうなの?という考えがよぎった。ただ、「埋もれる」にはちょうどいいかもしれない……そう思い、本棚の側の椅子に腰掛けて、読んでみることにした。


読みはじめて、埋もれる、の意味したことが分かってきた気がした。タイトルに反して、意外とずっしりした物語だった。


十まで読んで、少し目を閉じた。

そして、小説の舞台である江戸時代の街を想像してみた。


しかし、慣れないことをしたからか、少し寝てしまったらしい。


バサバサっと本が落ちた音で目が覚めた。


「うわっ。ご、ご、ごめんなさい!起こすつもりはなかったんだよ!」

「はい。いや……えっと……」

「じゃ、じゃあ、失礼!」


手元には開きっぱなしの「あかね空」と、見覚えのないメモと飴玉があった。メモに目を走らせて思い出した。本を落としたその人が、恥ずかしそうに小走りで去る前につかまえたかった。


「すみません!待って!」

「……はい」

「ブライダルの鹿島さん!」


少しこわばっていたが、笑顔で振り向いてくれた。


「ごめんね。休みの日に仕事に戻して」


俺とその人、こと、鹿島さんがゆっくり話した最初は、こんな始まりだった。





お楽しみいただけましたでしょうか。話はまだ続きます。

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