ハート
そう遠くない未来。
この世界ではほとんどの労働がロボットによって行われていた。
ロボットは感情を持たず人間によって管理され働き、使えなくなったら別の金属製品として再利用される。
この制度が開発されて以来数十年、世界では何事もなく穏やかに時が流れていた。
とある鉄工場。
ここでも大勢のロボットが昼夜を問わず働いている。
その中に奇妙な二体のロボットがいた。
誰にも命令されていないにも関わらずその二体は常に一緒に行動するのだ。
仕事をする時も、夜の充電に向かう時も二体はいつも隣にいた。
システムの故障かとも思われたが、ただ一緒に行動するというだけで仕事は問題なくこなすので、工場の人間達はそのままにしておいた。
「しかしおかしな奴等だな……」
工場長は首をかしげる。
外装は他のロボットと全く変わらず、設計上感情を持つ事も有り得ないのだ。
それなのに二体は毎日一緒にいる。
まるで恋人のように。
その内工場の人間達は二体に「アダム」と「イヴ」という名前をつけた。
もちろんロボットに性別などないのだが、人間達は面白がってそう名付けた。
二体は毎日働き続けた。
一日も休む事なく一緒に。
そんなある日。
「アダム」と名付けられたロボットが急に動かなくなった。
原因は心臓部分のシステムの故障と診断された。
こうなってしまっては手の施しようがない。
「アダム」はすぐにスクラップ工場に送られた。
その様子を一体のロボットが静かに見つめていた事に気付く者はいなかった。
次の日また一体のロボットが動かなくなった。
今度は原因が分からなかった。
システムにはどこにも故障は見つからず、外装にも傷一つ付いていない。
そのロボットはまるで自分の意志で動くのを拒んでいるかのように座り込んでいる。
困り果てた工場長は仕方なく「イヴ」と名付けたそのロボットをスクラップ工場に送る事にした。
スクラップ工場に送られたロボットは一度高温で溶かされ、また別の金属製品として作り替えられる。
修理が不可能な状態になったロボットは毎日大量に運ばれてくる。
溶解炉に向かうベルトコンベヤの上を流れる大量のロボットの中に「イヴ」はいた。
指一本動かす事なく静かに横たわり、最期の時を待っている。
ゆっくりゆっくり流れるベルトコンベヤに身を委ねながら。
「イヴ」の体が溶解炉に落ちる瞬間、彼女の目の部分から涙がこぼれた。
実際には高温の溶解炉から出る水蒸気が水滴となり流れ落ちただけなのかもしれない。
しかしその一滴は確かに彼女の目からこぼれたように見えた。
数日後、町外れの小さな教会で結婚式が行われた。
若い新郎新婦は少し照れた様に、しかし幸せそうに微笑んでいる。
「それでは指輪を交換してください。」
神父が促す。
二人は懐から結婚指輪を取り出し、互いの左手の薬指にはめた。
先日二人で選んだ指輪だ。
シンプルで何の装飾も施されていないが、どこか温かみを感じ一目見て気に入り購入した。
二人は誓いのキスを交わす。
その時二人の左手の薬指が微かに光った様に見えた。