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三つの御願い

作者: 海崎 正義

小さな麦畑に、台風がやってきた。

その台風は規模が大きく、そして強かったので、やっと実り始めた麦は今にも根元から抜き取られんばかりに揺れていた。

すると、この麦畑の持ち主である男がやってきて麦にシートをかぶせ始めた。

強風が吹いているので作業は順調に進まず、男はずいぶん長い間シートを持って風と格闘していた。

すると、突然風が止み男の目の前に悪魔が現れた。

悪魔が目の前に現れたわけでも声を聴いたわけでもないが、一人で夜道を歩いているときに後ろから感じる恐ろしさを百倍強くしたようなものを、男は目の前から感じていた。男はこれは悪魔だろうと直感した。

「私は悪魔である。」

男の予想通り、男の前にいるのは悪魔だった。

「私はお前の願いを三つだけ叶えてやる。だからお前が死ねばお前の魂を私に寄越しなさい。」

悪魔は言葉が不自由なようだった。

男は素直な農夫であったが都会から田舎に移り住んだタイプの農夫であったため疑り深い性格をしていた。

なので男は最初にこう願った。

「この台風を止めてくれ。」

今現在男は風の唸りも雨が体を打つ感覚も感じてはいなかったが、男は自分のすぐ横で強風が吹き、車軸を流すような雨が降っているのが見えていたので、これで悪魔の力を試そうとしたのだった。

「いいだろう。」

悪魔の気配は不敵に微笑んだかのように思えた。すると次の瞬間には空を覆っていた厚い雲は晴れ、目の前の雨に濡れた麦畑は太陽に照らされて見事に輝いていた。

これはどうやら本物らしい。男は自分の感覚を大事にするタイプなのでこの悪魔とやらは本当に言ったことを叶えてくれると信じることにした。

「さぁ、次の願いはなんだ?」

少し気が短いのか、悪魔は男に質問をした。

男は少し悩んだあとこう言った。

「次は何を叶えてほしいというわけではないんだが、これからするいくつかの質問に答えてほしい。」

気配は少し凶悪さを増して答える。

「いいだろう。」

「まず、本当にどんな願いでも叶えられるんだな?」

「無論。私に叶えられない願いなどない。」

「じゃあ、どんな願いでも叶えるのか?」

「聞けども叶えずなどと狭量なことは言わぬ。何なりと願うがよい。」

この悪魔は言葉が不自由なのではなくキャラクターが安定していないのだと男は気づいた。

「願いを増やす、という願いでも?」

「あぁ、そんなつまらん願いは叶えんぞ。無間に願われては骨が折れる。」

この悪魔は自分の言葉に責任を持たないうえにわがままなのだと男は思った。

「では、あいまいな、例えば俺を幸せにしてくれとかの願いは?」

「叶えてやろう。」

「望んだかたちで?」

「望まないかたちで叶えた願いは叶えたとは言えないだろう。」

ふしぎなところで常識のある悪魔だと男は思った。

「願わない。という選択肢はあるのか?」

「それもない。叶えてから魂をもらわなければ釣り合わない。」

「そもそも、お前はなぜ俺の前に現れたんだ?」

「お前がそこにいたからだ。」

「お前は誰の前にでも現れるのか?」

「そういう訳ではない。何人かに一人の確率で気まぐれに現れるようにしている。」

男は頭が痛くなってきた。

男は慎ましく妻子と暮らす農夫に過ぎない。彼の暮らしには小さな困難と大きな喜びが適度に混在し、充実した日々を送っていた。物欲や出世欲などはなく、今の生活が守れればそれで十分だし今のところ暮らしに陰りはない。

男は長考のあと、こう言った。

「俺には特にこれと言って叶えてほしい願いはない。」

悪魔が少し微笑んだように思えたが、気にせず男は神妙な顔で続ける。

「俺は幸せだ。でも、世の中には苦しんでいる人、悲しんでいる人がたくさんいる。俺はそういう人たちにこそ幸せになってほしい。お金とか、モノとか愛とか友情とかそういう言葉にできるものじゃなくてもいい。小さな幸せを毎日感じていてほしい。だから。」

いつの間にか男は拳を握りしめて悪魔に力強く語りかけている。

「この世界から悪という悪を全て無くしてくれ。」

男の演説を受けて、悪魔の気配は小刻みに震えていた。

しばらくしてから悪魔は弱弱しい声でこういった。

「お前、鬼だろ。」

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