携帯アドレスと電話番号
雨の降る日、僕は携帯電話の画面を見つめていた。まさに今、1つのアドレスを消去しようとしている。そのアドレスには、『ラブ』やら何やら、恋人を想像させる単語がたくさん入っていて。その、『恋人』というのは、1週間とちょっと前までは嘘じゃなかった。1週間とちょっと前から、嘘になってしまったのだ。
『ごめん、付き合っていく自信無い…』
その一言で、僕の恋は終わった。別れた理由は、なんと彼女側の浮気。なのに、彼女にふられた。どうせなら自分から別れを告げたほうがスッキリしたと思う。てか、僕はただの遊び相手だったわけね。確かに、彼女(元)の本命は僕よりずっとカッコイイ。同性の僕から見てもカッコイイんだぞ?勝てたら奇跡だっての…。
…そんな感じで、結構ヒドイ彼女だったんだけど…。なんだろ?アドレス消せない。もちろん、電話番号だって…もっとも、電話番号なんてそらで言えるけど。…電話番号、自然に覚えるくらい電話してたんだな、僕。…遊ばれてたのに、馬鹿みたい―…。
『ねぇ、付き合わない?』
『何それ、本気?』
僕が笑って返すと、彼女はにっこり。
『いつでも傍にいてくれるような…そんな彼氏が欲しかった』
『僕がいつでも傍にいてくれると思ってるの?』
『女の子には優しいもん。だから、いてくれるはず』
彼女はそう言って、僕の顔を覗き込んだ。
僕は告白されたのも、女の子と近くにいるのも(ほぼ、だけど)人生初めてで、不覚にも
『僕も、可愛い子は大好き』
なんて事を返してしまったのだ。
今思うと…あの時から僕はだまされていたんだろうな。だって、一緒に帰ってもくれなかったし。言ってみただけー、みたいな、軽い感じだったんだろうな。
それでも、消せない。アドレスも、電話番号も。…あんなひどいふられ方したのに、まだ好きなのかな…僕。
『もしもし?』
『あっ、どうしたのー?』
僕は毎日、部活が終わると彼女に連絡していた。
帰宅部の彼女とは、どうも話す機会がなかったのだ。
『部活、ご苦労様』
『うん、疲れたよ。あーあ、勉強する気出ない』
『あっ、それじゃあ明日宿題見せてあげようか?』
『マジ? 助かったぁーっ』
こんな毎日を繰り返すのが楽しくて。
いつの間にか、電話番号を目をつぶっても押せるようになってしまった。
無理、だよ。僕にアドレスを消す事は。だって、心のどこかできっと思ってるから。彼女からの電話を、メールを。消してしまったら、自分でそれをあきらめてるような気がして―…。
ピリリリリリリリリリリ〜…携帯電話の、メール着信音が鳴った。
もしかしたら、もしかしたら…。期待している。彼女からじゃないかって。興奮を抑えきれないまま、僕はメールの差出人を確認した。
『サヤカ』
彼女の名前じゃ…ない。ただのクラスメイト…。
何期待してんだろ?もう別れたくせに。本当にいつかはアドレス消さなきゃ…。いや、その前にメールを読まないと。せっかく送ってくれたんだから。
『よっ、失恋男! でもさ、アタシがいるからねー。泣きたいときはいつでもおいでよ、幼馴染の失恋ボーイ君』
サヤカ…いい人だな。サヤカがいたら…もしかしたら、アドレスを消す事が出来るかな?
『慰めてくれんの』
たったそれだけ返信した。1分もしないうちに、それに対する返信がまた送られてきた。
『うん、なんならアタシが恋の相手になってやろうか? あ、これちょっとマジメ』
…何て返信しよう?やっぱりここはさ、
『じゃあ、よろしく。僕ら恋人同士だよ』
僕がサヤカの電話番号を完璧に覚える頃には、携帯から彼女(元)のアドレスが消えてるかな?
いつか、主人公とサヤカの恋話をかきたいと思っています!いつか、いつか、ですけど…。