真実
俺は店を出て無我夢中で走りある場所を目指した。
父さんはゆっくり口を開きこう言った。
「菜々穂の苦しい恋の相手は俺だ。」
いい終わると父さんは目線を俺からはずした。
「菜々穂さんは、父さんに片想いをしてたってこと?」
菜々穂さんは昔父さんを好きだった。
でもそれがどうしてここまで父さんを苦しめてるのが俺にはわからなかった。
父さんはゆっくりと首を横にふった。
「片想いじゃない。付き合っていた、菜々穂と。」
咄嗟に俺は立ち上がった。
菜々穂さんが父さんと出会ったのはバイトを始めたとき、今から17、8年前。その頃父さんは…
「菜々穂と不倫をしていた。」
弱弱しく父さんが言う。立ち上がった俺を健吾さんがそっと座らせた。
「お前が母さんのお腹にいると知った日、俺は菜々穂に別れをつげた。次の日、一条ハルキは死んだ。」
父さんが話す言葉を俺はただ聞いた。
なぜか父さんへの怒りや菜々穂さんに対する憎しみなんて持たなかった。ただ、俺を見る菜々穂さんの表情やつらそうに、俺に教える父さんの気持ちが理解できた。
何も言わない俺に父さんが言う。
「菜々穂は待ってるそうだ、お前と一昨年あった一条ハルキの眠る場所で。」
それを聞き俺は立ち上がった。座る父さんを見て何か声を掛けようとしたが、何も言葉はでなかった。
健吾さんを見ると黙ってうなずき、軽く俺の背中を押した。
俺はうなずき、店を飛び出した。
一度しか行っていないけど、迷わずそこにたどり着けた。
彼女は寂しそうにお墓を見つめていた。俺の存在に気付くと、彼女は泣きそうな笑顔を見せた。
「こんにちは。」
俺はうまく声が出せず、頭を軽くさげた。
「前はごめんなさい…、何も知らないあなたを混乱させてしまって…。」
俺は大きく首を横にふる。
確かに彼女があんなことを口にしなければ、何も知らずに日常を過ごしていたかもしれない。でも、俺は知ってよかったと思っている。知ったから彼女とまた会えた。
「責める言葉は見つかった?」
自虐的な笑みを見せる彼女に俺は近付いた。
彼女はつらそうな顔を見せたが、決して目線をはずさなかった。
「俺…」
彼女が息を飲むのがわかった。
「俺、あなたを責めに来たわけじゃありません。」
彼女は目を見開いて俺を見た。驚きが隠せない表情で。
「な…んで…?」
泣きそうな顔で彼女が聞く。
「俺、父さんもあなたも責めようとは思わない。」
彼女の目から涙がこぼれた。
「驚いたけど、なんとも思わないって言ったら嘘になるけど、責めようとかそんな気にはなれなくて。ムカつかないわけじゃないけど、でも…」
俺にそこまでの怒りは生まれなかった。
俺の言葉をさえぎり、彼女はすわりこんで泣き崩れた。
ときおり聞こえる言葉は、「なんで?」や「責めて」だった。
そして気付く。
彼女は責めてほしいんだと。きっとずっと誰かに責められたかったんだろう…。
俺は泣き続ける彼女に呼び掛けた。
「菜々穂さん」
彼女はゆっくり顔を上にむけ、俺を見た。
「あなたが、少しでも俺に罪滅ぼしをしたいと思うなら、教えてもらえませんか?」
小さく彼女が首をかしげた。
「一条ハルキという人のことを。」
見開いた彼女の目から涙が止まった。