冬の夜
「「お帰り。」」
俺が店に戻ると父さんと健吾さんが笑みを見せて俺に言った。
「俺のとこまでわざわざきてくれてたんだって?いれ違いだったな。」
「うん…」
父さんは彼女とどんな話をしていたんだろう…
俺が彼女を責める権利があるなら、父さんも彼女を責める権利があるのだろうか…
「寒かったろ?」
そう言って健吾さんは俺に暖かいコーヒーを渡してくれた。俺はお礼を言って素直に受け取る。
カップがすごく熱く感じることで自分の手の冷たさを知る。
「お前、マフラーしてたっけ?」
健吾さんが聞いてきたので俺は黙って首をふる。
「借りた…」
「誰に?」
父さんが聞いてきたので、俺は素直に答える。
「菜々穂さん。」
2人は少し驚いたようだが、すぐに冷静になるのを感じた。
「菜々穂、何か言ってたか?」
緊張したように父さんが聞いてくる。
俺は小さくうなずく。
「菜々穂さんを責める権利が俺にあるって…。」
父さんが後悔した顔を見せる。
「どういうこと?俺、意味わかんないよ…」
まっすぐ俺を見据えた彼女の目が忘れられない。
「父さんは今日、彼女を責めに行ったの?父さんにもその権利があるの?なんで俺にはその権利があるの?」
父さんは何も言わずに俺と目を合わせないようにした。
俺が父さんに詰め寄るのを止めたのは健吾さんだった。
「ハルキ、落ち着け。」
「でも!!」
なんで父さんが黙るのか、俺と目をあわせないのか、なんで、なんで父さんは悲しい表情を見せるのか…
俺には全くわからなかった。
「ハルキ…」
呟くように俺の名前を父さんが呼んだ。俺は返事をせずにただ父さんに目線をむける。
「まだお前には話せない…、いつかちゃんと話すから。菜々穂の言った意味も、何もかも全て。だからそれまで…」
「それいつ!?」
父さんの言葉をさえぎり俺は言う。
父さんは首を横にふった。父さん自身もいつかがわからないのだ。
「必ず話す、だからそれまで待ってくれ。」
真剣な父さんの顔。
さっきの菜々穂さんとかぶって見えて、俺はうなずくしかできなかった。
その後、俺は店をあとにして家に帰った。
「ただいま」
玄関を開けると家の中は甘い匂いで満ちていた。
「お帰りなさい。」
満面の笑みで母さんは俺を迎えてくれた。
毎年作られる母の手作りケーキ、優しい母の笑顔、暖かいこの空間。
でも、今俺を暖かくするのは首にまかれたマフラー、それだけだった。
母さんは菜々穂さんのことを知っているのだろうか…?
父さんがあんな顔をみせる理由も。
聞いてみようかとも思ったが、やめた。それを聞くことで、何かをなくす…そんな漠然とした不安をもったからだ。
俺は不自然にならないように母に笑顔を見せ部屋に向かった。
部屋に入り着ていたコートをぬぎすてマフラーをつかみ、ベットに倒れこんだ。
つかんだマフラーをただ茫然と眺める。
なんでこんなにも彼女が気になるんだろう…?
俺より20も年上で、しゃべったのも数分くらい。
なのになぜ…?
初めて会ったとき、俺はまだ小さくて、なのに、なぜか彼女の驚いた表情と寂しそうな笑顔が忘れられなかった。
今日も彼女は驚いて寂しそうな笑顔を見せた。
そしてあの意志の強い目…
また会いたい
会って今度こそ話がしたい。
父さんが話すのがいつかはわからない。でも、いつかきっと…
気付くと部屋は真っ黒だった。下から母さんの呼ぶ声が聞こえ、俺はリビングに向かった。
いつのまにか父さんが帰ってきていて、いつものように自分のイスに座って俺を迎えた。
母さんが楽しそうに作った物を次々と並べる。
俺も普段通りを装い席に着いた。
いつものように笑顔で、家族で料理をかこむ。
美味しい料理、暖かい部屋。
ふと思う。
菜々穂さんは今、暖かい場所にいるのだろうか…?
と