本等の気持ち
「あの日、部屋を出て行くときに、“本、読んでくれ”って言われたのに・・・」
「どういうことですか?」
一条ハルキはちゃんと彼女に本を渡したんだろ・・・?
発売日前日。
だったら誰よりも最初に読んだのは菜々穂さんのはずなのに・・・」
「あの日は、全てに混乱してた。
突然の別れ、ハルの行動の意味・・・
私は・・・本を読むことができなかった・・・
そして次の日、バイト中にハルの死を知らされた・・・」
もしあのとき本を読んでいれば
そんな菜々穂さんの声が聞こえたような気がした。
もし一条ハルキの気持ちを知ることができていたら
もし答えることができていれば
もし答えていれば
そんな“もし”に菜々穂さんはずっと苦しんできたのかもしれない。
でも、どれだけ考えても、願っても“もし”は“もし”でしかない・・・
「私はただただ突然なことに呆然として、気付くとハルのお葬式の日になっていた。
一度も泣くことのないまま・・・」
「・・・・」
今、目の前で涙を流し、俺の前で泣いていた菜々穂さんが一条ハルキの死に涙を流さなかった?
俺にはそれが信じられなくて、ただただ菜々穂さんを見つめる。
「お葬式の日、長塚さんが会場に来たの。
そして長塚さんは、ハルの本を私に渡した。
“お前はこの本を読まなきゃいけない、絶対にだ”
そう言われた。
あの日長塚さんに言われなければ、私はまだハルの本を読んでなかったかもしれない。
私にとってあの本を読んでしまうことは、本当にハルを失くしてしまうような気がしていたから・・・」
でも、父さんは断固として譲らなかった。
それだけ真剣だったと菜々穂さんは言う。
父さんはどんな気持ちで、あの本を菜々穂さんに渡したんだろう・・・
どんな気持ちで、一条ハルキに会いにいったんだろう・・・
「本を読み終わった後、初めて泣いた。
そばにいるはずのハルはいなくて・・・
いつも私をなぐさめてくれたのはハルなのに・・・
そのときやっと気付いたの。
私はハルが好きなんだって・・・」
父さんが俺にくれたあの本。
あれの最後のページには丸い染みがあった。
あれは、菜々穂さんの涙だったのかもしれない・・・
「あんなに側にいたのに、誰よりも隣にいたのに、私の想いはハルには届かないの・・・」
どこかあきらめてしまった顔。
好きなのに、好きと言えなかった一条ハルキ。
好きなのに、それを伝える相手がすでにいない菜々穂さん。
誰よりも近かった2人なのに、伝わり合うことができなかった2人の気持ち。
俺は何も言えなくて、涙を流す菜々穂さんを見つめることしかできなかった・・・
もしここに一条ハルキがいたら、どんな言葉を彼女にかけてんだろう・・・?
俺に彼女を笑わせることができればいいのに・・・
心の底からそう思った。