気持ち
「俺、帰るね。」
立ち上がり健吾さんに言うと健吾さんは大丈夫か?と聞いた。
俺は笑ってうなずく。
「さっきも言ったけど、俺、父さんを責める気なんてないよ。だから、普通に家に帰る。今日、誕生日だから家族と過ごさなきゃ。」
健吾さんは新しいタバコに火をつけ笑った。
「よくできた子供だな。」
「俺が責めなくても、十分すぎるほど2人とも罪の意識あるみたいだから。」
今日まで2人とも思い出してはつらい気持ちになったのだろうと考えると、もう十分だった。
実際、俺は責める気持ちはない。
ただ、一つ気になるのは…
「健吾さん、母さんは知ってるのかな?」
健吾さんは黙って首をふった。
「知らないはずだ。」
「そっか。」
たった今、俺は2人と共犯になった。
「じゃぁ、また。」
「気をつけて帰ろよ。」
「ありがとう。」
俺は店を出て父さんと母さんの待つ家に急いだ。
玄関のドアを開けると、父さんが急いで出迎えてくれた。
「ただいま。」
「…お帰り」
泣きそうに笑い、父さんは言う。
父さんに肩をだかれ、俺は暖かい家に入った。
夕飯は俺の好きな物が並んでいた。誕生日プレゼントは高校生になったこともあり、現金で渡された。
嬉しいけど、少し寂しくも感じた。
食後にケーキを食べ、一息ついてから俺は風呂に入る。
今日一日がすごく永く感じた。
知りたかったことはほとんどわかった。
次に菜々穂さんと会うのは来月の中旬だ。
はやくきてほしい。
きっとその日がくるまで、今日以上の永さの一日一日を過ごしていくんだろう…
部屋にもどり寝る準備をしていると、父さんが部屋に入ってきた。
「よく帰ってきてくれたな…」
声がうわずっていた。
「俺、父さんも菜々穂さんも責める気ないよ。何とも思わないわけじゃない、でも、父さんはずっとつらい気持ちを抱えて過ごしてたんだろ?」
父さんはうなずこうとはしなかった。
「菜々穂さんにさ、責める気ないって言ったら泣いてた。責めてって言ってた。」
父さんの表情が曇る。
「責めないかわりに、俺、菜々穂さんに頼んだんだ。」
父さんは微かに首をかしげた。
「一条ハルキのことを教えてほしいって。」
父さんも菜々穂さんや健吾さんと同じように驚いた表情を見せた。
「そうか…」
それだけ言い、父さんは俺の頭をぐしゃぐしゃになでた。
「父さん、一つだけ聞いていい?」
「ああ」
落ち着いた声で父さんが言った。
「菜々穂さんのこと、本気で好きだった?」
俺の質問に一瞬泣きそうな顔をし、笑って答えた。
「好きだったよ、本気で。」
おやすみと言って、父さんは俺の部屋を出ていった。
素直に好きだったと答えた父さんを羨ましく思えた。