表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/9

明日があるさ【第五話】

押しかけ女房世話焼き攻(年下)×自己肯定感低め天然社畜受(年上)の社会人BLコメディです。

 徹夜、二日目。白くなる空に明日葉の目は遠くなった。本日の脳内バックミュージックは某有名男性アイドルグループのギリギリでいつも生きていたいやつ。そう自分はいつもギリギリで生きている。別にギリギリで生きていたいわけでもないのに。

 手には高カフェイン飲料を握ったまま、明日葉はデスクに突っ伏していた。

 棚卸の差異調査が終わった。入荷分の棚入れも終わった。が、新たな問題が発生した。棚卸の差異――――返品処理が原因と判明したが、いくら探しても伝票はあれど薬品本体がない。まずい。すごく。明日葉はため息をついた。

(どうして――――返品処理は愛染さんがいる時からおれが担当していたのに……現物どこ行った……)

 自分がどこか違う場所に無意識に置いたのだろう。思い出すにも怒涛の日々に記憶が埋もれていて、無理だった。重石のついた肉体をゆっくりと起こす。

 時刻は6時50分――――一旦家に帰ってシャワー浴びて来よう。明日葉はそう決意すると帰り支度を始めた。作業着からスーツに着替える。財布、財布は……とポケットを探っている内に、2階に続く詰所の扉が開いた。

 見ると、そこには――――

「…………おはようございます」

 瞳を眇めた亜笠が立っていた。明日葉は思わずビクッとした。

「おっ――――はようございます……」

「明日葉さん」

「はい」

「まさかとは思いますけど」

「はい」

「会社に泊まったんですか」

「いや? 今来たところだよ」

 すっとぼけるが、ボサボサの髪にクマ、よれたYシャツ、カフェイン飲料の空き缶が転がるデスク――――どう見ても徹夜明けだった。ちょっと苦しいかな、と明日葉は思った。実際はちょっとどころではなかった。

 案の定、亜笠にものすごいため息をつかれてしまった。

「っていうか、亜笠さん出勤早くない?」

 一応始業は8時15分からだが。明日葉は首を傾げた。

「なんで――――」

「明日葉さんの様子を見に」

「え」

「どうせこんなことだろうと思っていたので」

 目の前に紙袋が差し出される。

「何これ」

「おにぎり握ってきました」

「え」

「それ食べて、一旦家に帰ってください。荷受けと検品は僕がやりますから」

「何でおれん家近いこと知ってるの?」

「昨日櫟さんと帰りが一緒だったので、聞きました」

 櫟め……人の失敗談だけでなく個人情報まで……。

「いや、でも悪いよ」

「いいから」

「いや」

「口に突っ込まれたくなかったら自分で食べて下さい」

「……はい」

 そんなやりとりをしていると早速トラックの運転手が詰所の受付に顔を出した。亜笠が颯爽と対応する。明日葉は横目で見つつ紙袋を開けた。アルミホイルに包まれた三角のおにぎりをかじる。

「――――うまっ」

 思わず呟いた。中身はツナマヨだった。一口目からわかるくらい、具がたっぷり入っている。

(ああ~誰かの手料理食べるのなんか何年ぶりだろう……)

 ちょっと泣きそうだった。おにぎりを頬張る自分を、亜笠は倉庫から見ていた。目が合ったのでジェスチャーで「ありがとう」と両手を合わせると、亜笠の眉間の皺が少しだけほどけた。

 おにぎり2つを平らげ、明日葉は自宅へと向かった。明日葉の自宅は会社から徒歩15分圏内にある。シャワーを浴びても余裕で会社に戻れる。

 着替えも済ませて会社に戻ると、亜笠がハンディスキャナーを持って難しい顔をしていた。

「荷受けありがとう、亜笠さん」

「改めておはようございます、明日葉さん」

「オハヨウゴザイマス……」

 ちょっと後ろめたい。明日葉は亜笠の手の中にあるものを指差した。

「ハンディ?使い方わかる?」

「いえ、さすがにこれは使ったことがないので」

 教えてもらえませんか?と言われる。明日葉は自分が作成したマニュアルを探して、亜笠に差し出した。

「とりあえずこれマニュアルね、一通り見てみて。今来た荷受け分朝一で入荷登録するから、その時に一緒にやろう」

「わかりました」

 明日葉はハンディスキャナーを充電スタンドに差し込んだ。

 二人揃って2階に上り、朝礼に参加する。大柴はすでにいつもの位置に立っていた。その隣に亜笠と共に並ぶ。朝礼は恙なく終わった。

 詰所に三人で戻る、と、何やら倉庫で配達員――――今宮と泉が深刻そうに話していた。詰所から出て声をかける。

「おはようございます」

「おはよう、明日葉さん」

 眼鏡で恰幅の良いの壮年男性、泉がこちらに向き直る。

「おはよう明日葉くん」

 背の高いがっしりとした体つきの女性、今宮もこちらを見た。いつもなら笑顔の今宮が、今日は少し暗い顔をしていた。

「今宮さん、大丈夫ですか?」

 体調悪い?と聞くと今宮は気まずそうに口を開いた。

「その――――さっき保育園から連絡が来て、うちの子熱があるって」

「ああああ……なるほど。事務長には?」

「まだ言ってないの。代替の人も捕まらなくて」

「わかった。おれ行きますよ」

「えっ、だって明日葉くん、新人さんがいるでしょ」

「優秀な人だから、おれがいなくても全然大丈夫。早く帰ってお迎え行ってあげてください」

 今宮は心配そうに帰っていった。さてと、と明日葉は必死でつくった笑顔をひくつかせた。ヤバい、このままでは今日も宿泊ルート確定だ。

「亜笠さん!」

 詰所に戻り事情を話す。亜笠は案の定眉をひそめて聞いていた。

「その配送、僕が行った方がいいんじゃないですか」

「ダメ!」

「どうして」

「青梅病院ルートだから!安斎先生がいるから!」

「…………明日葉さん」

「とりあえずザッとハンディの使い方教える。入荷登録とピッキング、お願いできますか!?」

「わかりました」

「午後便は代替の人来てくれるみたいだから、午前中だけ何とか頑張って!」

 本当にごめんなさい、と謝る。

「謝らなくていいです。気を付けて行ってきてください」

 はい!と返事をしてハタと気付く。これじゃ本当にどっちが教育係かわからない……。折コンを配送車に詰め込みながら、そう思った。





 結局――――途中急配も2件ほど入り、午前中いっぱいが潰れた。12時過ぎ、ようやく戻ってこれた明日葉はデスクに突っ伏した。

(やばい……何も教育できていない……)

「お疲れ様です、明日葉さん」

 目の前にお茶が置かれる。あたたかいほうじ茶。喉に沁みる。

「ありがとう……って、え、何」

 お茶以外にも弁当箱が置かれて明日葉は驚いた。

「食べて下さい」

「なんで」

「お昼なので」

「いやそうじゃなくて」

 相変わらず無表情で感情が読めない。どういう気持ちで会社の先輩にお弁当を作ってるんだ?こいつは。

「あ、お母さんが作りすぎちゃったとか……?」

「僕が作りました」

「…………」

「自分の分のついでです」

 断るとまた口に突っ込むとか言われそうなので、明日葉は渋々と受け取った。

「ありがとう……」

 悔しいことに、めちゃくちゃ美味かった。

 顔が良く仕事も出来、その上料理上手。わあ女子が放っておかなそう。明日葉は上品に甘い卵焼きを食べながらそんなことを考えていた。

 無表情なのがもったいない。笑えばもっととっつきやすくなるだろうに、とか。

(まあそれは余計なお世話か……)

 自分だって愛想笑いが引き攣る方だ。

「そう言えば入荷登録は? 大丈夫だった?」

「今朝も教わったし、明日葉さんのマニュアルがあったので、スムーズにできました」

 と言っても半分程度しか進められませんでしたけど、と亜笠。明日葉の目が輝いた。

「半分も終わらせてくれたの!?」

 すごい、天才だ。天才が来てくれた。今回はバカ……社長の人事に心底感謝だ。

「ありがとう……亜笠さん本当に辞めないでいてね……」

 先輩にお弁当を作ってくる、ちょっと変わった奴ではあるけど。彼が新人として来てくれて助かっているのは事実だ。

 亜笠は黙ってコーヒーを飲んでいた。眉間に皺。もしかしたら、あんまり自分は好かれてないのかもしれないけどね、と心の中だけで付け加えた。

「ごちそうさまでした。めちゃくちゃ美味しかったよ」

15分で食事を済ませて、手袋を嵌める。腰のホルダーにハンディスキャナーをセットすると、亜笠の視線とかち合った。

「もう行くんですか?」

「明日の1便目のピッキング始まる前に入荷登録終わらせなきゃ」

「…………」

 沈黙する新人。相変わらず表情が読めないな、と思いながら明日葉は「いってくるね」と詰所を後にした。

 亜笠がその背中をずっと見ていたことには、気付かなかった。

読んでいただきありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ