明日があるさ4【第六話】
飛鳥を連れ立って席に戻ると、亜笠は驚いていた。
そりゃそうか、と明日葉は思った。
「明日葉さん、そちらは……」
立ち上がりかける亜笠を制止して、事情を話す。
「中学の時の同級生の飛鳥さん。たまたまそこで会って、少し話そうってことになったんだ」
カフェラテのカップを持った飛鳥が、頭を下げた。
「ごめんなさい、急に」
「いえ……良かったら僕、外しましょうか」
気を利かせてそう言ってくれる亜笠に、明日葉は首を振った。
知り合いとは言え、飛鳥に会うのは十数年ぶりだ。同級生と言ってもろくに会話をしたことはない。
――――だが、なぜ呼び止められたのかも何となくわかっていた。
できれば亜笠に傍にいて欲しかった。
「とんでもないです、私の方こそお二人の邪魔しちゃって」
飛鳥も明日葉と同じく、首を振った。
「飛鳥さんこそ、今日は誰かと一緒に来たんじゃないの?」
「私は今日一人で来たから、全然平気。明日葉くんも今日里帰りしてたんだね」
明日葉は亜笠の隣に座り、飛鳥に向かいの座席を勧めた。
飛鳥は一言断って席に着いた。
三人の間にしばらくの沈黙が流れた。
やがて――――明日葉と飛鳥が同時に口を開いた。
「あの」
「あのさ」
二人で目を丸くする。
「あ、明日葉くんからどうぞ」
「いや、飛鳥さんから」
頭を掻く明日葉に、飛鳥はじゃあ、と言って言葉を続けた。
「あの、そちらって――――」
明日葉は亜笠の紹介をすっかり忘れていた。飛鳥と亜笠を交互に見る。
「あ、ごめん! こいつ、おれの同僚の亜笠って言うんだ」
「明日葉さんの婚むぐっ!」
慌てて亜笠の口を塞ぐ。
「福島に来たことないって言うからさ!」
あはは、と乾いた笑いを漏らすと、飛鳥が遠慮がちに言った。
「あの……実は、知ってた」
「え」
「実は私、半年前から青梅のファーマみらいで薬剤師してて」
「は!?」
えへ、と笑う飛鳥に、明日葉の心臓が飛び出しかけた。
明日葉の脳裏に、阿部の背後でお茶を噴きだしていた女性薬剤師の姿が蘇った。
「あ――っ! あれ、飛鳥さんだったのか!」
「前々から、明日葉くんだよなーって思ってはいたんだけど……声かけるきっかけがなくて」
何回か明日葉くんと電話でやりとりもしたよ、と言われて明日葉は申し訳ない気持ちになった。
「ごめん――――おれ仕事してると、全然周り見えなくって」
「いいの。亜笠さんとも、配達の時に一回会ってるよね」
亜笠を見ると、彼は口を塞ぐ明日葉の手を外して冷静に答えた。
「はい、先月お会いしましたね」
「気付いてたなら言ってよ!」
「口を塞がれてたので」
明日葉と亜笠のやりとりを見て、飛鳥はどこか迷うように視線を泳がせたあと、意を決したように顔を上げた。
「あのっ、二人って」
嫌な予感がした。
「付き合ってるって本当!?」
明日葉はコンマ0・1秒で考えた。今ここですぐにでも否定しなければ、また隣の男が爆弾を落としかねない。瞬時に判断し口を開いた。
「付き合ってなむぐっ!」
が、隣に座る亜笠の手によってあえなく妨害される。完全に考えが読まれていた。仕返しとばかりに、亜笠がにっこりと笑った。
「本当です。結婚を前提にお付き合いしています」
「やっぱり……!」
両手で口を覆って、飛鳥が身体を後ろに引いた。
「実は私、ちょっとだけ――――明日葉くんと再会できたの、運命かなぁって思ってたんだよね」
「へぇ…………」
明日葉の口を覆う亜笠の手に、ちょっと力が入った。明日葉は青い顔に冷や汗をにじませた。亜笠は笑顔こそ崩していないものの、かすかに怒気を纏っていた。
そんな亜笠の様子もどこ吹く風で、飛鳥は続けた。
「けど、阿部さんが二人は付き合ってるからって言ってて……」
本当だったんだね、と言われて明日葉は違うと否定した。否定したが、亜笠の手によって口が塞がれているため、むぐぐっ!としか聞こえなかった。
飛鳥の突然の好意の告白と、亜笠の爆弾発言と嫉妬と、明日葉はどれも受け止めきれずに軽いパニックになった。
もがく明日葉に、飛鳥はふふっと笑った。
「仲良しなんだね」
どこが、と思ったが、飛鳥がふと真剣な表情になったので明日葉は口を閉じた。亜笠も明日葉から手を放す。
ぽつりと、飛鳥が言った。
「明日葉くん、あれから学校に来なかったんだね」
しばらくの沈黙の後、明日葉も口を開いた。
「……飛鳥さんこそ」
飛鳥は困ったように微笑んだ。
「教室がさ、怖くって。行けなくなっちゃったの。あ、でも高校には何とか無事に通えたんだけどね」
明日葉の脳裏に、中学時代の飛鳥の姿が蘇る。
「おれのせいで――――いろいろ、言われたでしょ」
飛鳥は急に声を張り上げた。
「明日葉くんは何も悪くないよ!」
そう言って、ここがどこか気が付いたように慌てて自分の口を押さえた。
「ずっと謝りたかったんだ」
飛鳥はカフェラテのカップを両手で包み込んで、しばらく視線を落とした。店内には食器の触れ合う音と、小さな話し声だけが流れている。
やがて意を決したように、彼女はゆっくり顔を上げた。
「ごめんなさい――――私のせいで、暴行事件起こしたって言われてたんでしょ……私が何も言わなかったせいで」
明日葉は何も言えなかった。
しばらくの沈黙の後に、隣の亜笠がふと手を上げた。
「あの」
遠慮がちに口を開く亜笠に、明日葉は首を傾げた。
「良かったら、お二人に何があったのか聞いても構いませんか」
カップを置いた飛鳥が、慌てたように両手を胸の前で振った。
「あっ、いやそうだよね! いきなりこんなこと言われても、何なのってなるよね!?」
困ったように笑う彼女に、明日葉は眉を寄せて言った。
「いや、無理しなくても――――飛鳥さんが言いたくなかったら」
デリケートな話だ。思い出して嫌な思いをさせたくなかった。
「ううん、ちょっと話したい……かも」
そう言って、飛鳥はカフェラテを一口飲んだ。
「自分の中で整理もつけたし」
大きく息を吐く。飛鳥はしばらく考え込んだ後、躊躇いがちに口を開いた。
「私と明日葉くんが、中学二年の頃だったんだけど――――」




