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序章・錬金術に憧れて

 世界には、数えきれないほどの“法則”が存在する。


 火は燃え、水は流れ、

 そして錬金術は――理論に従って形を変える。


 誰もがそう信じている。


 だからこそ、そこに“例外”は存在しないはずだった。


 けれど。


 もしも、歌うことで世界が応えたとしたら――


 それは奇跡か、異端か。

 あるいは、まだ誰も知らない“もうひとつの理”なのか。


 これは、ひとりの少女が抱いた小さな憧れから始まる物語。


 何度失敗しても、諦めなかった想いと。

 ただ“好き”という気持ちだけで紡がれた、ひとつの歌の物語である。





 風が、やさしく草原を撫でていた。


 小さな丘の上。

 まだ幼いラレシィエンヌ――アルルは、ひとり空を見上げていた。


「……できるかなぁ」


 手のひらの上には、拾ったばかりの小さな石。

 村の大人たちが話していた“錬金術”という言葉を思い出しながら、彼女はぎゅっと目を閉じる。


「えっと……まぜて、こうして……変わる、んだよね?」


 見よう見まね。理論なんて知らない。

 それでもアルルは、わくわくした気持ちだけで石を握りしめる。


 ――何も起こらない。


「……うぅ」


 少しだけ唇を尖らせる。

 でも、すぐに顔を上げた。


「そっか、まだ足りないんだ」


 その瞳に浮かぶのは、悔しさよりも期待だった。


 遠くの村では、錬金術師が薬を作り、人を助けていると聞いた。

 壊れたものを直し、新しいものを生み出す、不思議な力。


「いいなぁ……」


 ぽつりとこぼれたその声は、やがて小さな歌になった。


 言葉にならない、ただの旋律。

 誰に教わったわけでもない、アルルだけの歌。


 風に乗って、その声は広がっていく。


 すると――


「……あれ?」


 手の中の石が、ほんのり温かくなった気がした。


 気のせいかもしれない。

 でもアルルは、ぱっと笑顔になる。


「やっぱり、できるかも!」


 その日からだった。


 彼女は毎日のように丘に通い、

 歌いながら、何度も何度も“錬金術ごっこ”を繰り返した。


 成功なんて、ほとんどしない。

 それでも彼女はやめなかった。


 だって――楽しかったから。


---


 やがて時は流れ、アルルは成長する。


 村の中でも、彼女の“錬金術”は有名だった。

 ただし、それは決して良い意味ではない。


「また爆発したのか、あの子……」

「やめさせたほうがいいんじゃないか?」


 失敗ばかり。

 煙を上げる釜、焦げた材料、しょんぼりしたアルル。


 それでも。


「……今度こそ、上手くいく気がするの」


 彼女は笑う。


 諦めるという選択肢を、最初から持っていないかのように。


---


 ある日。


 村に一人の錬金術師が訪れた。


 白衣をまとい、整った道具を携えた“本物”の錬金術師。

 子どもたちは目を輝かせ、大人たちは敬意をもって迎えた。


 アルルもまた、その輪の中にいた。


「……すごい」


 目の前で行われる錬成。

 無駄のない動き、正確な手順、安定した魔力。


 それは、アルルの知る“それ”とはまるで違っていた。


 ――これが、本物。


 胸が高鳴る。


 同時に、少しだけ怖くなる。


(わたしのやってるの、全然ちがう……)


 ぎゅっと手を握る。


 でも、その瞬間。


「興味があるのかい?」


 声をかけられた。


 顔を上げると、あの錬金術師がこちらを見ていた。


「え、えっと……その……」


 言葉に詰まるアルル。


 けれど、次の瞬間には叫ぶように言っていた。


「わたし、錬金術師になりたいです!」


 静まり返る空気。


 村人たちのざわめき。


 それでもアルルは、まっすぐに彼を見つめていた。


 錬金術師は少し驚いたように目を見開き、

 やがて静かに微笑んだ。


「いい目だ」


 そして、続ける。


「なら、王立錬金術学院に行くといい」


「学院……?」


「本気で学びたい者が集まる場所だ。君のような子には、きっと合っている」


 その言葉は、アルルの世界を一変させた。


---


 その夜。


 丘の上で、アルルはひとり空を見上げていた。


「学院、かぁ……」


 遠い場所。知らない世界。

 怖くないと言えば、嘘になる。


 でも。


「……行きたい」


 胸の奥から、確かな想いが湧き上がる。


 彼女は目を閉じる。


 そして、いつものように歌い始めた。


 小さく、けれど確かに響く旋律。


 風が揺れ、草がさざめく。


 その中で――


 彼女の前に置かれた小さな石が、かすかに光を帯びた。


 ほんの一瞬。


 それでも確かに、“変化”は起きていた。


 それは、まだ誰も知らない“才能の片鱗”。


 歌とともに紡がれる、未知の錬金術の始まりだった。




 こうして少女は旅立つ。


 失敗だらけで、未完成で、だけど誰よりもまっすぐな想いを胸に。


 王立錬金術学院へ――


 世界を変える歌を、まだ知らないまま。


序章をお読みいただきありがとうございます。


 この物語は、「才能があるから成功する」のではなく、

 「好きだから続けた結果、誰も知らない形に辿り着く」という流れを軸にしています。


 アルルは決して器用ではありません。

 むしろ、錬金術という分野においては明確に“落ちこぼれ”です。


 それでも彼女が持っていたもの――

 それは、誰にも否定できない“好き”と“続ける力”でした。


 そしてその積み重ねが、やがて“歌唱魔術”という形で現れます。


 まだこの時点では、それがどれほど特別で、どれほど危ういものなのか、

 アルル自身はまったく理解していません。


 けれど物語はここから、少しずつ広がっていきます。


 学院という新しい舞台で、

 仲間と出会い、衝突し、認められ、そして――


 世界の“常識”に触れていくことになります。


 次章から、いよいよ本編が始まります。


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