城をつなぐ国~迎え女官③~
一面琥珀色をした部屋に通されたアナベルは、緊張のあまり今にも倒れそうだった。本山の大門を超えたときからほとんど記憶がない。城に入場したことも覚えていない。それほどまでに追い込まれている。理由は気慣れない鬢胡の正装に身を包み国の代表として、この国の姫君に謁見し生涯を共にする臣下と認めてもらわねばならないのだ。しかも、鬢胡の国にまで当代一の美女として有名なあの末姫である。
本当に、私で務まるのであろうか
鬢胡の貴族として生まれ育った彼女の生い立ちは、迎え女官になるには問題はない。しかし、彼女の家は伯爵といえど貧しかった。弟妹の多いアナベルは兄が必死に生計を立てているのを見て、迎え女官に立候補したのだ。少しでも家のために役に立ちたい。迎え女官になるということは、未来の皇后の教育係のようなもの。同世代から選ばれるため、その教養が問われる。迎え女官に決まってからは毎日今まで以上の努力をした。迎え女官になるということは公私の分別なく姫の傍に使える。他国では結婚をした人もいるようだが、新興国のこの国に初めて結城の姫を迎え入れる。自分の幸せは二の次として考えるように鬢胡の皇帝陛下からはくぎを刺されている。その分、迎え女官の養成が始まったころから実家には父親と兄の二人の収入を足してもおつりがくるほどの金額が渡されている。当然アナベル本人にもだ。未来の皇后の隣にいるのに相応しい人であるように、そのお金が物語っている。
この琥珀の間に通されてどれくらいたってあろうか。もう手の感覚はないほど冷たい。このまま、逃げてしまいたい。そう思っていた時だった。扉があき、すかさずアナベルは頭を下げた。
衣擦れの音がする。鬢胡の正装とは異なる和装束である。何人もの人物の気配が止まった。すると一人のお傍付きの女官のような声がする。
「面を上げ、名を名乗られよ。」
冷たいような、理知的な声であった。
はっとして慌てて顔を半分起こしてアナベルは名乗りを上げる。
「鬢胡の国、オニキス伯爵家のアナベルと申します。ご尊顔を拝し恐悦至極にございます。」
一気に言った後、一度息を整えて再び話始める。
「この度の我が鬢胡との縁組、殿下のお力になれますよう何卒…」
話していると、ふふふと笑い声が聞こえる。
「堅苦しい挨拶はもういいわ」
明るい女性の、いや少女の声がした。アナベルは恐る恐る更に顔を上げる。
「遠く鬢胡からご苦労であるわね。アナベル。」
そう言っているのは、間違いなく大きな中心の椅子に着座した少女である。この女性が天下に名を轟かすあの照鈴君なのか。とまじまじと見入ってしまっていると
「そなた、無礼であるぞ」
と、先ほどの冷たい声の持ち主から叱責される。
「おやめなさい サアカ。これから共にするものにそんなに言ってはダメよ。」
たしなめる様に再び中央の少女が扇で口元を隠しながら言う。
「申し訳ありません。あまりにお美しい殿下に見惚れてしまいました。」
深々と謝罪のために首を垂れるアナベルに 優しく少女は続ける
「わたくしの名前の鈴はあなたの名前のベルと一緒だからきっと上手くいくはずよ。これからよろしくね。」
見惚れるのは当然といわんばかりの表情を浮かべながらそう優しく言った。
この方が、末姫様。確かに美しい。美しいが、幼い。そして、この世の者とも思えないほどの美しさかと言われると、正直それはわかなかった。異国の人間だからなのか、それはわからないが鬢胡にまで伝わってくる美女では明らかにない。まぎれのない美少女ではある。確かに十代半ばの年頃の姫君がそんなわけがないのに。と独り歩きした噂に恐怖さえ感じる。
「生涯を共にしてくれるアナベルに、私から名前を授けるわ。受け入れてくれるかしら。」
姫君は、そう言って扇を閉じた。
結城の王族は、信頼できる臣下に自分の名に所縁のかる名前を宮廷名として授けることが慣例となっている。
初日に名をもらえるということは、とりあえず第一関門はクリアか。とアナベルは安堵した。
「あなたの家は、縫殿にお勤めの方をよく輩出していたと聞いているわ。鈴の文字はあげられないから、鐘の文字をあげる。だから織鐘と名乗りなさい。」
この国で、これから自分をアナベルと呼んでくれる人はこれでいなくなった。そうかみしめながら深々と頭を下げる。
「ありがたき幸せでございます。」
そういうと、扇を織鐘の肩に置き
「これからよろしくね。オリガ」
そう言って笑って見せた。その笑顔が更に幼く見えて。織鐘は更に身を引き締めていこうと思うのであった。




