一匹狼のささやかな施し
いつの間にかうたた寝をかましていたことに気づいたのは、セツが再び俺の上でくるくる舞い始め、その弾みで喉元を思いっきり踏まれたからだった。
小さく呻いてから瞼を持ち上げれば、不来方が荷物をまとめていた。
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
「……いや、俺の方こそ寝ててすまん」
「いいよ。無理に喋る必要がなかった分、ある意味気が楽だったし」
淡々と言って、自身のバッグを肩にかける不来方。
俺はソファから起き上がり、スマホを開いて時計を確認する。
現在の時刻は十八時過ぎ——思ったより眠っちまってたな。
「起こすのも悪いと思ったから、書き置きだけ残して帰るつもりだったんだけど……やっぱりこの子に気づかれちゃったね」
「セツは人の出入りとかにマジで敏感だからな。出かける気配を察知しただけでそわそわしだすくらいだし」
今だって悲しげに瞳を潤ませて、行かないで、と不来方に目で訴えかけている。
本当にうちのお嬢様は甘えん坊というか寂しがりというか……でもまあ、そういうところが可愛くもあるんだけど。
「はいはい、今日はもうバイバイしような」
セツの背中をぽんぽんと撫でながら言い聞かせる。
俺個人としてはセツの要望に応えたいところではあるが、流石にこれ以上は無理に留まらせるわけにはいかない。
帰るのがあまりに遅くなると向こうの親御さんに心配かけることになってしまう。
……それを言ったら、大して仲が良いわけでもない男の家に居させてる時点でどうなのかと思わなくもないが、今は置いておくとしよう。
今にもくんくん鳴き出してしまいそうなセツを宥めていた時だった。
ぐぅ、と俺の腹の音が鳴った。
「あ」
——凄え変なタイミングで鳴るんじゃねえよ。
微塵も空気を読む気のない自身の体にツッコミを入れる。
どうやら不来方にも聞こえていたようで、怪訝そうな眼差しを俺に向けていた。
「はは、悪い。いつもこんくらいの時間に飯食ってるから」
「それは別にいいんだけど……ねえ、一つ聞きたいことがあるんだけど」
「ん、なんだ?」
「ご飯って、まさかあれで済ます気なの?」
言って、不来方がキッチンに視線を傾けた先には、カップ麺と栄養ゼリーが入ったビニール袋が置かれてある。
俺が学校から帰宅する際にコンビニで買ってきておいたものだ。
「そうだけど」
「そうだけど、って……」
不来方から大きなため息が溢れる。
明らかに残念な物を見る目で俺を見下ろすと、不来方は暫し考え込むように一点を見つめてから、肩に掛けたバッグを床に降ろした。
「……ちょっと冷蔵庫とキッチン借りるよ」
「お、おう……」
俺が頷くと同時、足早にキッチンに向かう不来方。
迷いなく冷蔵庫の扉を開けると、卵と長ネギ、それと冷凍庫から冷凍うどんを取り出した。
彼女が我が家の冷蔵庫の中身を把握しているのは、前に部屋を掃除した時に食材を腐らせてないかチェックしていたからだろう。
ちなみに消費期限が切れた食品とかぱっと見で悪くなった野菜とかは、そのタイミングで捨てておいた。
「あとは乾燥わかめが棚の中にあったような……うん、あった」
「えっと、これから何をしようと……?」
セツを抱えながら俺もキッチンに移動し、不来方に訊ねる。
「何って……見ての通りかけうどんを作るところだけど」
「それは分かるんだが……何故に?」
俺が分からないのは、どうして作ろうと思い立ったのか、だ。
まさかここで夕飯食っていく……ってことじゃないだろうしな。
理由に見当をつけられずいると、不来方はスカートのポケットから取り出したヘアゴムで髪をポニーテールに結えながら答えを続けた。
「……別に大した理由なんてない。ただ、アンタの終わっている食生活が目も当てられなかったから。それだけ。アンタ、お父さんが家を出てからずっとインスタントとかコンビニのお弁当ばかりで食事済ませてたでしょ」
「おう、大正解。よく分かったな」
「前に溜まっていたゴミを見れば、それくらい誰だって分かる。結局、今日だってカップ麺とゼリーだけで済ませようとしてたわけだし」
今度は小さく嘆息を漏らすと、不来方は、
「そんな不摂生な食生活を送って体を壊しでもしたら、誰がその子の面倒を見るわけ?」
「大袈裟だな。これくらいでどうこうなるとは考え——」
「そんな風に自分は大丈夫だって油断してると簡単に足元掬われるって言ってんの」
言い切る前にぴしゃりと遮られた。
声を荒げているわけでもないのに、彼女の声音がやけに感情的に聞こえた。
……なんでそんなに気にするんだ。
セツのことを想っての発言なのだろうが、だからってここまでしてくれる必要は不来方にはないはずだ。
疑問に思うも、今更止めるのもなんだか申し訳ないし、俺自身としても久しぶりにちゃんとした飯にありつけるのは有難かったので、黙って言葉を飲み込むことにした。




