来訪者は突然に
不来方が家にやって来てから三日が過ぎたが、セツを保護してもらった恩返しは未だにできていなかった。
俺にどうして欲しいのか決めるのはゆっくりでいいと言った手前、変に急かせるのも違う気がしたし、元より気長に待つつもりではあった。
だとしても、まさか金曜日の朝になっても一向に返事がないのは想定外だった。
(さてと、どうしたもんか……)
無論、俺としては絶対になあなあで話が流れるなんてことにはしたくない。
となると、向こうが動くのを待つのはこの辺りにして、いい加減俺からアクションを起こすべきだろうか。
でも、帰り際にセツに対して「またね」って言っていたわけだしな……。
適当言うようなやつでもないだろうし、もう少しだけ様子を見ておくべきか……?
なんてつらつら考えつつ、相変わらず教室の端で他人を寄せ付けないオーラを発しながら、つまらなそうに窓の外を眺めている不来方に視線を傾けていれば、
「よっ、将道。なーに難しい顔してんだよ」
教室に入って来た慶司に後ろからポンと肩を叩かれた。
「おう、慶司。ちょっと考え事。つっても、そんなに大したことじゃねえけど」
「なんだ、部屋散らかしすぎたせいで気づかずに犬のうんちでも踏んじまったとか?」
「そこまでくだらなくはねえよ」
つーか、セツはトイレはちゃんとシートの上でしてくれてるし。
前に家から脱走したり、不来方の膝の上でイヤイヤしたりこそしたものの、基本的にはお利口さんだからな。
「あと部屋の汚なさ問題はひとまず解決したぞ」
「は!? マジで!? 自分のロッカーすらまともに整理整頓できないお前が!?」
「うっせ。……ちょっと色々あってな。つっても、綺麗になったのリビングだけだけど」
言って、再び不来方を一瞥する。
——まだ伏せておいた方がいいか。
きっと素直に言った方が彼女の為になるとは思うが、本人が望んでもないのにそれをやるのは、お節介超えて普通に迷惑だろう。
少なくとも周りに公言するタイミングは今ではない。
(今ではないけど……いつかはこの状況をどうにかしたいよな)
なんで自分から孤立するような態度を取っているかは知らないが、本来の彼女は周囲が思っているよりずっと良い奴であることは確かだ。
だって、そうじゃなきゃわざわざ迷子のセツと一緒にいてくれたり、大して仲が良いわけでもない俺の家のリビングを掃除してくれた理由に説明がつかない。
それに帰り際に見せた、あの柔らかな笑顔——。
(……でもまあ、これに関してはちょっとずつ様子を見ながら、か)
どうこうしようにもあまりにも彼女のことを知らなすぎる。
仲を深めるまでとはいかずとも、せめて人となりくらいはちゃんと把握できるようになりたい。
なんて思っていると、
「おーい、すまん陸奥! ちょっと提出物運ぶの手伝ってくんねー?」
「おう、いいぞー!」
黒板の近くに立っていたクラスメイトに呼ばれたので、「ちょっと行ってくるわ」と慶司に一声かけてから席を立つ。
その際、一瞬だけ不来方がこちらを見たような気がしたが、振り向いた時には既に顔を逸らしていたので、気にせずクラスメイトの元に向かうことにした。
* * *
結局、不来方とは何もないまま放課後を迎えた。
もしかしたら、今日こそは向こうから話しかけてくれるかもしれない。
念の為、一日様子を見ていたのだが、案の定と言うべきかそんなことはなかった。
まあ、半ば分かりきっていたことではあったので、別に驚きとか落胆は一切なく、だろうな、という納得感しかなかった。
とはいえ、これ以上待つのは得策ではなさそうだ。
土日休みが明けたら流石にこっちから確認を取ろう。
そう決意を固めて、セツの散歩から帰って来て程なくした時だった。
セツの足を拭き終え、リビングに入ろうとしたタイミングで、リビング内に設置してあるインターホンから電子音が聞こえてきた。
——誰だ?
ネットで何かを注文した覚えはないし、親父からも何か届くというような連絡も受けていない。
となると、莉音か……いや、でもだとしたら車の音がしてるはず。
じゃあ、だとしたら一体誰が——?
考えがまとまらぬまま、玄関の扉を開ける。
「はーい、どちらさま……っ!?」
瞬間、思わず俺は目を見開いた。
目の前に立っていたのは——不来方だった。




