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飼っていたワンコが脱走したら、クラスのコワモテ一匹狼が家に入り浸って俺の世話を焼いてくるようになった  作者: 蒼唯まる


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2/6

一匹狼と再び橋の下で

 翌日、散々走り回った反動が来たのだろう。

 俺の両脚は、絶賛筋肉痛に見舞われていた。

 

 おかげで階段の昇り降りはおろか、席に着こうとするだけで太ももに痛みが走る有様だ。


「ゔぎ!? いでででで!!」


 購買から教室に戻ってきた後、椅子に座ると同時に顔を歪ませれば、級友の岡崎慶司が眉をひそめた。


「おい、将道。朝からうるせえぞ」


「んなこと言われても、痛えもんは痛えんだよ……!」


 睨み返しながら反論するも、慶司は気にも留めずけらけら笑う。


「軟弱者め。てか、なんで帰宅部のお前がいきなり筋肉痛になってんだよ」


「飼ってる犬が脱走して二、三時間くらい探しに走りまくってた」


「うわ、マジかよ。確か最近、飼い始めたばっかだったよな」


「おう、まだ一ヶ月くらい」


 きっかけは、親父が知り合いに引き取ってくれと頼み込まれたことだった。

 細かい経緯はよく知らないが、どうせ何かと理由をつけて押し切られたのだろう。


「一人暮らし始めたばっかだってのに災難だな。それで、無事に見つかったのか?」


「まあな。親切な人が保護してくれたおかげでどうにか」


 言って、俺は窓際を一瞥する。

 視線の先では、ワイヤレスイヤホンを耳に嵌めた不来方がつまらなそうに外を眺めていた。


(相変わらずの仏頂面だこと)


 朝から誰とも口を利いていない彼女を見て、改めて思う。


 昼休みで各々が好きにグループを作っているのもあるが、まるで見えないバリアが張られているみたいに不来方の周辺には人が居なくなっている。

 それがある種の聖域のようでもあり、何だかとても物寂しくもあった。


 別に”親切な人”で濁さずに不来方の名前を出しても良かったのだが、何となくそれは彼女が嫌がりそうな気がして、それは控えた。

 礼をしようとしてもにべもなく拒絶して速攻で帰るようなやつだし。


 ——でも、なんか勿体無いよなあ。


 ふと胸の内にもやもやとした何かが込み上げる。

 そんな俺の心情をよそに慶司は、


「ふーん。じゃあ、その親切な人には感謝だな。ちなみに何が原因で脱走されたんだ?」


「……鍵閉めないどころか、ドアちょっとだけ開いた状態で家出た」


「てめえの不始末が原因かい。だったら災難でもなんでもねえな。ったく、ちゃんと反省しろよ、ダメ飼い主。今、犬の面倒見れるのお前だけなんだからよ」


 貶し混じりに慶司が俺の背中をばんと叩いてくる。


「い゛っ!?」


 普通におもくそ痛えんですけど。

 もっと加減しろ馬鹿。


「……ああ、分かってら」


 とはいえ、言っていることは正しいので、ぐっと言葉を飲み込んで短く頷く。

 もうあんな心労と疲労のダブルパンチでゲボ吐きそうな目に遭うのは絶対御免だしな。


 今朝、家を出る際、いつもより念入りに戸締りをしたことを思い出しつつ、俺は今し方買って来た菓子パンの袋を開けた。




   *     *     *




 放課後になっても当然脚は痛いままで、できることならさっさと横になって休みたかったが、セツがいつになく散歩をご所望だったので、疲弊した身体に鞭を打って日課の散歩に繰り出していた。


 昨日あんだけ動き回ってたのにまた外に出たいとか元気有り余りすぎだろ。

 けどまあ、日中はずっと家に一匹だけで留守番させてるわけだし、これくらいは付き合ってやらねえと。

 動物を飼うってことは、自分の生活や諸々の都合をそいつに捧げるってことだしな。


 ただ、それはそれとして筋肉痛の影響は残っているわけで。


「ぐぎぎぎ……っ!!」


 ずっと悲鳴を上げる太ももに耐えながら、河川敷沿いの道を歩いていく。

 どうやら昨日の脱走で道を覚えたらしく、気の向くままに歩かせてたら自然とここに足を運んでいた。


 二日連続で来たがるなんて、よっぽど気に入るようなものがあったのか。

 でも、この先って何もなかったような気がするが……。

 つーか、心なしかいつもよりセツの歩くスピードが速いんだけど……!


 などとつらつらと考えながら、どうにかセツの弾む足取りに歩調を合わせていれば、やがてセツを見つけた橋が見えてきた。

 その直後だった。


「え、ちょ、おセツさん!?」


 いきなりセツが橋の下に向かって勢いよく走り出した。


「っ、いづづづづ!!」


 急に全力ダッシュをさせられたものだから太ももに激痛が走る。

 ついつい情けない叫び声を上げながらどうにかセツに付いていけば、程なくして高架下にぽつりと地面に座る人影が見えた。


「っ、あ——」


 正直、なんとなく予想はしていた。

 視線の先には、透明感のある黒髪をなびかせた少女の姿があった。


 ぼんやりと目の前の景色を見つめていた彼女は、こちらに視線をやると、露骨に顔をしかめながら付けていたイヤホンを外した。


「……よ、よう」


 とりあえず声を掛ければ、不来方は冷めた眼差しをこちらに向けてくる。

 けれど、俺の足元に視線を落とすと、少しだけ鋭い目つきと刺々しい雰囲気が和らいだ……ような気がした。


「……今日はちゃんとリードしてるんだ」


「そりゃな。もうあんな目に遭いたくねえし。……つーか、今日もここに来てたんだな」


「だったら何?」


「別に他意はねえよ。純粋にそう思っただけ」


 なんで連日こんな人気のない場所に一人でいるのか、その理由が全く気にならないといえば嘘になるが、だからといって踏み込んで確かめるほどのことでもない。

 そもそも訊ねたところでちゃんとした答えが返ってくるとも思えないので、この話はこれでおしまいだ。


 ——それに用があるのは俺じゃないしな。


 俺が言い終えたすぐ後、セツが尻尾をぶんぶん振りながら不来方へと歩み寄る。

 ……までは良かったのだが、そのまま彼女の膝に乗ろうとしたので、


「あっ! おい、セツ……!」


 慌てて制止をかけようとするも、


「いいよ、別に」


 素っ気なく言って、不来方はセツを受け入れた。


(……めっちゃ懐いてんじゃねえか)


 立ち上がって不来方の頬を軽く舐めた後、そのまま膝の上で気持ち良さそうに丸くなるセツを見て、思わず内心でつっこむ。

 確かにセツは、人の膝の上で眠るのが好きな甘えん坊ではあるが、だからと言って誰に対してもやるほど警戒心が薄いわけでもない。


 となると、昨日の一件がよっぽど響いていると考えるのが自然だろう。


 ——やっぱ、周りが言うほど嫌なやつじゃねえよな。


 壊れ物に触れるみたいな優しい手つきでセツの背中を撫でる不来方を見て、俺は改めてそう思う。


 確かにお世辞にも性格が良いとは言えないが、本当に評判通りの人物であれば、こんなにもセツが懐くとは考えにくい。

 眺めているうちに昼間にも抱いたもやもやとした感情が再び込み上げてくる。


 だからこそ、俺は彼女に対して自然と口をつく。


「……なあ、ちょっといいか?」


「なに?」


「やっぱりさ、昨日セツを助けたお礼をさせてくれないか」

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