控えめ委員長のちょっとしたお悩み
不来方に家の合鍵を渡してからというもの、特段これといった変化はなかった。
時折ふらっとやって来ては、セツの遊び相手になり、頃合いを見て俺の飯を作って帰るだけ。
変わったことは精々、彼女が家の中に入ってくる際に俺が玄関に行く手間が省けたことくらいか。
まあ半ば強引に押し付けたようなものだからな。
彼女としてもまだ遠慮している部分があるのだろう。
それから数日が経過して。
放課後、俺は学級委員長の榎本叶乃子と一緒に体育祭の実行委員会の為に三年生の教室に足を運んでいた。
これから体育祭までの間、各クラスの実行委員が集まって準備を進めていくらしい。
今日は一回目の委員会ということもあり、簡単な自己紹介と活動内容の説明だけですぐに解散となった。
……つっても、集まった人数が人数なので、その自己紹介が長かったわけなんだけど。
「あー、やっと終わった。実行委員会って思ったより長えんだな……」
これから部活がある生徒たちが足早に教室を後にする中、椅子に寄りかかりながら大きく背伸びをすれば、隣で榎本が少し申し訳なさそうな表情で言う。
「ごめんね、陸奥くん。大変な役回りを引き受けて貰っちゃって」
「いいって、こんくらい。それを言うなら榎本の方が大変だろ。学級委員の仕事だってあるっつーのに」
「大丈夫だよ。学級委員なんて名前だけで実際に仕事と呼べるほどのことはあまりないし」
「……なら、いいけどよ」
体育祭の実行委員は各クラスから二名選出する必要があり、一枠は俺が引き受けたわけだが、もう一人が中々決まらなかった。
最終的にくじ引きで決める流れになったのだが、その直前で榎本が手を挙げて今に至っていた。
彼女とはまだ知り合って間もないが、押しに弱いタイプであることはなんとなく分かる。
確か学級委員長になった時も担任に指名されて半強制的になったようなものだし。
担任曰く、クラスの中で一番入試の成績が良かったから、というのもあるが、真面目で控えめな性格をしているのも彼女が指名された一因だろう。
「ま、同じ実行委員になったんだ。なんか困ったことがあったら気兼ねなく言ってくれよ。相談くらいはいつでも乗るぜ」
席から立ち上がりながら言えば、榎本は何やら考え込むように俯いた。
それから徐に俺を見上げると、おずおずと口を開いた。
「……それじゃあ、お言葉に甘えて。一ついいかな?」
教室を出て、昇降口に向かうまでの道すがら、榎本は若干躊躇いがちに話を切り出す。
「話っていうのは、その……不来方さんのことなんだ」
「不来方の?」
これまた随分と意外な名前が出て来たな。
思いつつ訊き返せば、榎本はこくりと頷く。
「不来方さん、入学してからずっと一人でいるでしょ。佐々木先生からは、東京から来たばかりでまだクラスに馴染めていない不来方さんのことをフォローしてやってくれって頼まれてるんだけど、私から声をかける勇気が出なくて……どうしたらいいのかなって」
「なるほどな……まあ、確かに話しかけづらいよな。あいつ、いっつもこっち来んなオーラ出してるし」
ついでに目つきもかなり鋭いから、榎本みたいなタイプの人間は見られるだけで萎縮してしまってもおかしくない。
……セツに対してはあんなに優しい瞳になるのにな。
ちなみに佐々木先生というのは、担任の名前である。
学級委員長の役目といい、榎本に面倒ごとぶん投げ過ぎだろ。
内心、担任に呆れながら俺は榎本に訊ねる。
「ちなみにさ。榎本は、不来方のことどう思ってるんだ?」
「私は……えっと、その——」
適切な表現が見つからないのか。
もごもごと言いあぐねる榎本に俺は冗談半分で言ってみる。
「怖くて出来ればこっちからは近づきたくないやつ、か」
「うへっ!? ちょ、ちょっと、陸奥くん! そんな言い方は良くないよ……!」
慌てふためきながらも、榎本は指を丸めて俺を咎める。
そのことに内心安堵しつつ、俺はくつくつと笑ってみせる。
「冗談。勿論、冗談だ。決めつけは良くないもんな。……それで話を戻すけど榎本自身は、あいつと仲良くなりたいと思ってんのか?」
「……うん。できることなら」
僅かな沈黙の後、控えめに首肯する榎本。
態度を見るに、どうやら嘘や建前で言っているわけではなさそうだ。
(これは余計なお節介になるか……?)
歩きながら思い悩む。
きっと彼女は、クラスの輪の中に入ることを望んでいない。
それは理解しているつもりだ。
——だとしても、いつまでも独りぼっちのままでいて欲しくないと思ってしまう自分がいる。
これが俺の自分勝手なエゴでしかないことは重々承知している。
だとしても、その上で俺は——、
「そうか。だったら……うん、俺も協力するよ」
「え、いいの?」
「おう、乗りかかった船だからな」
にっと笑って答える。
——自分の意志を貫くことにした。




