日常を遠巻きに
あれから一週間ほどが過ぎ、俺の食生活はかなり改善された。
数日おきとはいえ、不来方が家に来るたびにさっと料理を作ってくれるおかげだ。
その時にある食材で作るので基本的に特段凝った品ではないものの、それでも毎日インスタントorコンビニ弁当生活を送っていた俺にとってはまさに天の恵みのような施しだった。
それと定期的に不来方による監視の目が入るようになったことで、リビングの景観も綺麗な状態を維持できていた。
これに関しては俺の意識が変わったわけではない。
掃除をサボってると不来方が圧の籠もった眼差しで俺を見てくるので、それを避けるべく掃除に勤しむようになったというだけだ。
まあ、そんなわけで俺の生活環境は大きく変わっており、その影響はどうやら傍目から見ても感じ取れるようになっていた。
「そういやさ、将道。最近なんかあったか?」
昼休みに購買で買ったコロッケパンを食べていれば、慶司にまじまじと見つめられながら訊ねられた。
「別にいつも通りだけど。急にどうした」
「なんつーか、お前が一人で暮らし始めた時よりも顔色が良くなったような気がしてさ。それに、前よりロッカーが綺麗になった気がするし……つっても、まだ全然汚ねえけど」
「一言余計だ」
「事実だろ。……で、実際なんかあったりしたのか?」
慶司の質問に暫し逡巡してから、
「まあ、あったっちゃあったけど」
言って、俺は教室の隅にいる不来方をちらりと見遣る。
相変わらずつまらなそうな顔でイヤホンで音楽を聴きながら、一人で弁当を食べている。
「……うちのお嬢さんがきっかけではあるか」
「お嬢さん……ああ、将道んとこの犬か。確かに変わり始めたの脱走されてからだしな。あれから元気でやってんのか?」
「おう、バッチリ。ここ最近は、もう超絶ご機嫌よ」
——主に不来方のおかげで。
あいつが家に来た日は、セツの機嫌がすこぶる良くなるんだよな。
単純に遊んでくれる相手が増えて嬉しいっていうのもあるんだろうが、それ以上に不来方のことが気に入っているんだと思う。
ぶっちゃけ本当の飼い主である親父よりもずっと懐いていそうだし。
可哀想ではあるが、セツを引き取ってからすぐに出張になったせいであまり一緒の時間を過ごしていないから仕方ない。
もしかしたら親父よりも不来方の方が一緒に過ごした時間が長いかもしれない。
……いや、流石にそれは盛ったか。
とはいえ、この調子だと本当にそうなるのも時間の問題だろう。
今度のゴールデンウィークも帰ってくるかどうか怪しいからな。
悲しき社畜の父を憐れみつつ、コロッケパンを全て食い終わった時だった。
「陸奥、すまん。次の授業、先生に頼まれて運ぶものがあるからちょっと手伝ってくれないか?」
日直のクラスメイトに声をかけられた。
「ああ、いいぜ。貸し一つな」
「サンキュー。シャー芯一本でいいか?」
「もっとマシなのがあるだろ。つーわけだから、ちょっと行ってくるわ」
「おう、いってらー」
席から立ち上がり、慶司に見送られながら教室を出る。
その際、不来方がこちらに目線を傾けていたような気がしたが、実際に目が合うことはなかったので、きっと俺の勘違いなのだろう。
——そう思っていたのだが、その後も度々不来方からの視線を感じることがあった。
例えば、来月の体育祭に向けたLHRの最中のこと。
「ありがとう、陸奥くん。このまま決まらないかと思ってちょっとひやひやしてたんだ」
「まあ、こん中で暇人は俺くらいなもんだしな」
なかなか実行委員が決まらず学級委員長の榎本が困っていそうだったので、しょうがないな、と手を挙げた時。
こういう面倒な役回りを引き受けるのはあまり柄ではないのだが、なんだかんだ他の生徒よりは時間を持て余してる側の人間だったし、こうした方が色々と丸く収まると思ったまでだ。
ただその際、不来方が普段よりも怪訝そうな表情をしていたのが妙に気になった。
他にも放課後、
「むっつーマジ!? 掃除当番代わってくれんの!?」
「おう、急ぎなんだろ」
「うん、急にバ先で欠員出ちゃったから店長に急ぎで出てくれって頼みのメッセージが来ちゃってさ。ったく、アタシが器量好しだからって人使いが荒いっつーの。それはそうと、マジさんきゅーな!」
急遽バイトのシフトが入ったギャルの掃除当番を引き受けた時。
足早に教室を出て行こうとしていた不来方だったが、俺がギャル——水宮と話し始めると、一瞬だけ足を止めていた。
とまあ、不来方が俺に視線を向けていたのは、共通して誰かの面倒ごとを請け負った時だった。
共通点が分かれば、何故なのか理由はなんとなく想像がつく。
そして案の定、セツと戯れに家に来ている時にふと訊ねられた。
「……ねえ、なんでアンタってそんなお人好しなわけ?」と。




